「やったことの記録がすこぶる取りやすいリストアプリ」のように、テキストを扱えるように

かれこれ10年近く、タスクシュートを実践しています。

  • 「これからやる仕事のリスト」と「ここまでやった仕事のリスト」を一元管理する
  • 「1分以上かかること」はすべて管理する
  • すべての仕事の「見積もり時間」を出しておく
  • 「本日1日分の仕事」がすべて終わったら何時になるのかの予測を自動算出することで、常に仕事の終わる時間(または就寝時間)をリアルタイムに把握する

『なぜ、仕事が予定どおりに終わらないのか?~「時間ない病」の特効薬!タスクシュート時間術』(佐々木 正悟(著)大橋 悦夫(監修))

最近はそこまでこだわることなく、日々のルーチンはたすくま(タスクシュートをiPhoneで実践できるアプリ)に全て登録しておき、朝の仕事場に出発するまでの時間と、帰ってきてから寝るまでの時間をたすくまに帆走してもらいながら過ごしています。
やったことを記録しつつ、起きてから寝るまで過ごす。見積もり時間や終了予定時刻もあいまいな感じで算出していますし、たすくま上に並んでいるタスクをまるっと消してしまうこともあったりします。
やったことは記録してはいますが、記録を見返すことはほとんどなくなりました。
ほぼ、日々のルーチンを確認し、やったことを記録するためだけにたすくまを使っている感じです。

そこで感じるようになったのは、「これは『たすくま』を使う必要はあるのか?」という疑問。
タスクシュートを実践するために作られたものなので、確かにタスクシュートは実践しやすい。たすくまは、タスクシュートを実践する上では間違いなく便利なんです。
ただ、仕事中はObsidianに書き出したタスクリストをもとに何をするか定めていっているので、たすくまを使っていませんし、Obsidianにて作成したデータはiPhoneでも確認・編集できるところが魅力的でして。
じゃあ、たすくまをずっと使い続けている理由、どこが便利なのか?を考えてみると、

  • やったことの記録がすこぶる取りやすいから
  • リストアプリだから

という結論に行きつきました。

  • やったことの記録がすこぶる取りやすいから
    • やったことの記録を取るためにはやったことを入力しなければいけないが、あらかじめ「やること」が記入されているので、やるときにいちいち入力しなくて済む
      • 記入されている「やること」の中から、今から取り掛かるものを選択するだけでいい
    • 完了のチェックができ、開始・終了を自動的に、もしくは素早く入力できる
  • リストアプリだから
    • 行の削除ができる
    • 行の順番の入れ替えができる

以上が使い続ける理由なわけで、これらが満たされていれば他のアプリを利用しても、それこそObsidianや1Writer上でも現状たすくまでやっているようなことが実現できるのではないか、と考えました。

仕事中はたすくまではなく、Obsidianのデイリーページ上にタスクを書き出し、順番を入れ替えたりしながら実行していってます。
それぞれのタスクに見積もりを設定してはいませんし、なので終了予定時刻も算出されません。
一つ、守っていることは、やったことは全て書き残していくことと、終了時刻を入れること。
それでも、仕事に支障をきたすことはなくなってきたので、見積もりや終了予定時刻にはこだわらず、とにかくやったことと時間を記録していくことに集中してみよう、と。

そこでまず着手したのが、1テキストをリストのように扱えるように、Writerをカスタマイズすること。
行の削除、行の移動、行のコピー・ペーストの実装です。
1Writerはjavascriptが使えるので、テキストを色々といじるアクションを作成することができ、なおかつそのアクションをカスタムキーボードに設定することができます。
なのでせっせとjavascriptを組み、上記機能を実装することができました。

残りの課題は、どうやってやったことの記録をすこぶる取りやすくするか。
テンプレートを使う前提になっていきそうですが、極力手間なく記録を取っていけるような環境を作ることができればな、と考えています。

長い付き合いのたすくまは一度休憩して、他のツールで模索してみようかな、という試みをはじめてみたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

情報カードと、本と思考のカードボックス

「情報カード」をご存知でしょうか。

情報カードは、簡単に言うと「ちょっとコシのある、一定の大きさの紙」のこと。
大きさは名刺サイズの小さいものから、B6サイズのものまで色々あり、大きさによって使い分けることになります。

『知的生産の技術 (岩波新書)』(梅棹忠夫)を読んでから興味をもち、A6サイズのものをけっこう長い間使ってみたり、5×3サイズをガッツリ使ったり、はたまた名刺サイズをメモを捉える用として常備したりと、色々と試してみました。
今はもう情報カードを使ってはいないのですが、何かしら書かれたA6サイズ・5×3サイズの情報カードは結構な枚数が机上に鎮座していたり、ほんの一言を書きつけた名刺サイズの情報カードが箱に収まっていたり、情報カードを使った形跡が今も机上には残っています。

今は基本的にはObsidianを使っており、情報カードのようなアナログなツールは使っていないのですが、でもやはり情報カードには魅力があります。
情報カードの「操作のしやすさ」は、最強じゃないかと思うんです。
何かしら書きつけたカードを机の上に並べ、近しいものは束ねたり、そういう操作を通してわかったことをデジタルに書き換えたり。

カードの書き方の基本は、1枚1テーマでまとめていくこと、というか、大きさの制約上、1枚にいくつものことを盛り込むことができないので、自然と1枚1テーマになる感じです。

情報カードを大量に使うようになると、書いたカードをしまっておくためのボックスが必要になってきます。
情報カードに何か書いたら、それをカードボックスにしまう。
カードの大きさにもよりますが、ふとしたメモやちょっと考えたことをまとめた物などを書き残していくと、どんどん情報カードボックスは増えていき、手に負えない感がありました。
とはいえ、書いたカードはボックスにしまうという基本方針が、カードを使っていく際に重要ではないかな、と感じます。


基本的に情報はObsidianに書くようになってから、読書メモや読んだ本の感想、ふと思いついたことをまとめた物などは、1日の色々を書きつけていくデイリーページから切り出して、個別に1ページを与え、個々に置いておくようになりました。
ページごとに分割されていてリンクで繋げることができるアプリは、1ページ1テーマを保持しやすいので、Obsidianも1ページ1テーマに保ちやすい。なので、書く時の作法として、1ページ1テーマを心がけて内容をまとめていっています。

そして、先に述べたように、情報カードも1枚1テーマで書きつけていくことを基本とします。
Obsidianの1ページ1ページは、情報カードの1枚1枚と似たところがある、というか、情報カードの利用法を真似てObsidianを使っています。

よって、Obsidianは情報カードボックスである、と言えそうです。


日常的に、かなりヘビーにObsidianを使うようになり、ObsidianPublishの機能を使って一部のページを公開するようにしました。Obsidianには、好きなページをブログのように公開する機能があるんです。
Obsidianにはいろいろなことを書いているのですが、その中でも、本を読んだ感想を書いたページや、考えたことを1ページ1テーマでまとめているものをPublishする、という方針で公開しています。
つまり、情報カードの利用法を真似ているものに関して公開していることになります。
また、先にObsidianは情報カードボックスである、と言え流ことを確認しました。

以上より、本や考えたことを書いたページ、情報カードのように運用しているページを公開しているので、Publishしているサイト名を

とすることにしました。
今はまだいろいろとどういう形がいいか模索している段階ですが、是非是非訪れてみていただければと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

ボトルネックは「別のページを開く」

ぼくは、手帳が好きだ。
毎年手帳の季節になると、店頭に並ぶ手帳を見てまわる。今は手帳として世に売られているものに関しては使っていないので、買うつもりはあまりないのに、どんな手帳があるのかな、と見てまわる。
以前は色々と手帳を試したりしていた。でも使ううちに、自分独自の手帳が欲しくなり、分厚いノートを購入して手帳として使うことが多くなった。で、今はほぼデジタルで管理している。Obsidianにて連用手帳を実践して。


手帳がすごい好きな割に、ちゃんと使えてない感がいっつもあった。
ノートを使うにしろ手帳を買うにしろ、基本はデイリーのものを利用していた。1日1ページ手帳。
1日1ページのようなデイリーの手帳であれ、必ずマンスリーページは存在する。ノートを手帳がわりに使う時も、必ずマンスリーページを作成していた。
でも、それをろくに使えない。
デイリーページはそれなりに書くことがあり、日々使う。けど、マンスリーがうまく使えない。

Obsidianに手帳の役割を持たせるようになり、なぜマンスリーページをうまく使えていなかったのかに、ようやく気づいた。

自由に好きなページを画面に並べることができるのは、Obsidianの大きな利点で、画面構成を自分の望むようなものにできる。
そこでぼくは、基本的に中央には今日の日付のデイリーページを表示し、サイドにマンスリーページを配置することにした。
それからというもの、タスクもスケジュールもいい感じにこなすことができている。デイリーページに加え、マンスリーページもうまく使うことができている。

マンスリーをうまく使えてなかった時と何が一番違うかというと、「常に表示されているか否か」という点。
紙の手帳では、基本的にデイリーページを使っているのであれば、マンスリーページはわざわざ自分から開きにいかなければならない。
別に難しいことでもなんでもない、マンスリーページを開くという動作。それがぼくにとっては大きなボトルネックとなっていた模様。
自分から見にいかないといけない、となると、見にいかない。なぜか見にいかない。どうしても見にいかない。
常に表示されていて、勝手に目に入るような、見にいく動作すら必要としない状態であると、マンスリーページを活用することができる。
何か書き込むのも気軽にできるし、今後の予定も視線を移すだけでさっと確認できる。見にいかなくても確認できる。わざわざ開かなくても書き込める。
このことが、自分にとってはかなり大きいことであるというのが、ようやくわかった。

デイリーとマンスリーを使っていると、転記が必要になる。
基本的にはデイリーを開いているので、何かあればデイリーページに書き込む。それがスケジュールであれば、マンスリーページの該当の日付の欄に転記する。
デイリーには書かず、直接マンスリーに書けばいい、と思うけれども、それもなかなかできなかった。
マンスリーを開いて、書き込むという動作が。
なので、自分でも不思議に思うくらい、マンスリーページをちゃんと使えた試しがない。
マンスリーページがデイリーページの横に表示されていると、スケジュールや日付の決まっているタスクは、直接マンスリーに書くことができる。
今までなかなかできていなかった、マンスリーに書き込むという動作が、いとも簡単にできる。
直接書き込めるので、転記も必要ない。

総じて、デイリーページとマンスリーページが常に開かれている、目に入る、書き込める状態は、ぼくにとって驚くほど快適で、自由に画面を並べることができるObsidianは、ぼくにとても合っているツールだと感じる。

では、お読みいただきありがとうございました。

教え手は”今の自分”を基準にしてはいけない

どんな職業・立場であれ、「これはこうするんだよ」であったり、「こういうことだよ」と伝えたり教えたりすることってあると思います。で、そんなときに「言うたのになんでわからへんねん」「さっきのん全然伝わってなかったんかいな」って感じたことってありませんか?
この状況の原因は、一概には教え手/学び手、あるいは伝え手/受け手のどちらが悪いとは言い切れません。教え手は、ちゃんと説明したのにわかってくれないと、学び手を責めがちになったりしますが、ちょっと立ち止まって考えてみて欲しいと思うんです。

”今の自分”を基準に物を言っていないか?

ぼくは、基本的には数学の教え手です。数学については、今までいっぱい学んできましたし、これからもたくさん学んでいくことでしょう。学ぶことは、自分お知識や経験が増えていくため、良いことではありますが、その反面、学べば学ぶほど”学び始め”からは遠ざかってしまいます。
教え手であるぼくが数学を教えるのは、”学び始め”である学び手のみんな。
この時点では、教え手と学び手の知識や理解、経験が違うので、言わば距離が離れた状態。もしぼくが今の自分を基準にうんじゃかんじゃ話したとしても、学び始めの学び手にはほとんど伝わらないという、不測の事態に陥ってしまうでしょう。
当たり前のことですが、当たり前すぎて忘れ去られていることでもあります。人は、当たり前なことほど意識外に放り出してしまうものなので。

距離を縮めることを、常に意識する

教え手と学び手の距離を縮めようとする意識は、常に持っておきたいものです。もちろん教え手が。学び手に「教え手に合わせて話をしなさい。教え手と同じレベルで理解をしなさい」と言っても、到底無理なので。
学び手には、知識の量・理解の度合いには限界があり、教え手との距離を縮めたくても現状どうすることもできません。教え手が学び手に歩み寄り、距離を縮める。そのためには、学び手側の今の知識量・理解の度合いをイメージする必要があります。そのイメージの元となるのは、過去の学び始めの頃の自分であったり、他の違う学び手に教えた時の経験であったりします。
また、質問の内容は、丁寧に確認することも求められます。教え手と学び手は知識や理解に差があるわけですから、学びてからの質問の内容を教え手が間違って把握する、なんてことはよくあること。それでは距離は縮まりようがない。
距離を縮めるために、学び手の今の状況をできるだけつかみ、イメージする。そういったことが大切であるように感じます。

おわりに

「なんだか伝わらないなぁ」と感じたら、学び手との距離が離れていないか?に目をむけるのもいいのではないでしょうか。伝わらない原因は1つではないにしろ、距離が離れてしまっているというのは大きな原因の1つになり得ます。

今回書かせてもらったことは、職業柄、教え手になることがほとんどの自分が意識したいことです。教え手という立場ばかりにいてしまうと、忘れてしまいがちなことなので。人は、当たり前なことほど意識外に放り出してしまうものです。この当たり前のことを意識外に放り出してしまわないためにも、こうして思い返し、考えることは有効かなとおもいます。

理解しちゃっていても、まだ理解に至らずうんうんと頭を悩ませる状態をイメージすることはできるはず。

では、お読みいただきありがとうございました。

20120619202244

過去の自分と今の自分の共同執筆

前回の記事、「概念の拡張と日常への適用」は、実は6年ほど前に書いた記事をリライトしたもの。
たまたまTwitterで自分の過去ブログの記事をツイートしてくれているものを発見し、どんな内容か気になって読み返したのが発端。

読み返しての感想は、「昔の自分、めっちゃいいもん書いてるやん」。
単なる自画自賛に過ぎないけど、読むことができて良かったーと感じる出来栄えだった。
と同時に、こういう記事が過去のブログにはけっこうたくさん埋もれてしまっているのかも、ということも感じた。
ぼくは、「はてなダイアリー」でブログ「 iPhoneと本と数学となんやかんやと」を開設し、6年ほどそこで書き続けた。で、4年前からWordpressに移行し、今に至っている。
Wordpressに移行するときに、過去記事を全て移すということをしなかった。
記憶の中にあった、印象深い数記事を移すだけに留めた。
今回の「概念の拡張と日常への適用」は、その印象深い数記事には含まれていなかった。だからWordpressのブログに移したいという思いが湧き、リライトして載せることにした。
こういう、印象には残っていなかったけど読み返してみると「えぇなぁ」と感じる記事は、放置されてそのままになっている。

自分のブログを読み返して感じることは、「けっこうえぇこと書いてるやん。書いたことぜんっぜん覚えてないけど」といったもの。
ほんとにきれいさっぱり忘れている。
今回のように、自分の過去記事に、大切なこと(大切に思っていたけど忘れていたこと)を教えてもらうことも多い。
その一方で、書き換えたくなる部分もある。修正すればより良くなるのでは、と。

旧ブログから今のブログに移行したのは4年前。
旧ブログは、約6年間分の過去記事が、そのままになっている。
旧ブログから学ぶことがある。
旧ブログの内容を多少良くできるのでは、と感じる部分もある。

ということで、これはもっと過去記事を読み返して、多少の修正を加えて改めて新規エントリとして更新するのも、なかなかにありではないか、と思えてきた。
過去に書いたものを読んで感じるのが、「大切に思っていたけど忘れていたことがある」ということ。けっこうあるな、と感じること。
今回のように、過去記事のリライト記事を、ちょっとずつでもいいから更新していければな、と思う。

概念の拡張と日常への適用

数学では、新しく世界を広げるために、「概念を拡張する」ことがある。

拡張するとは、適用範囲を拡げること

例えば、「数」。ぼくたちが一番初めに学ぶのが、1、2、3、4などの「自然数」とよばれるもの。この自然数に対し、「+」「−」「×」「÷」の計算ー「四則演算」ーが定義されていくこととなる。
すると、「1÷3」や「2-5」など、計算の結果が自然数ではなくなるものが出てくる。出てきた数を認め、はじめは自然数に対して定めた「+」「−」「×」「÷」を、新たに出てきた自然数ではない数に当てはめてもいいかを確かめる。
そうして、これらの演算を、小数や負の数などの自然数以外へと、拡張していく。さらには、有理数、無理数、虚数へと進んでいき、どんどん演算の及ぶ範囲を拡げていく。

こんな風に、概念を拡張していくことで、考え得る世界を拡げていくのが、数学の大きな目的の一つと言える。

”知識”自体が大切なのではない

こんなことをよく聞く。「日常で出てくるのは、たすひくかけるわるくらい。それさえできればいいので、必要なのは算数まで」。

確かに、数学で学ぶような、「三角関数」であったり「微分・積分」であったりは、日常ではまず出てこない。はっきり言って必要ない。でもそれはあくまでも、「知識としては」という前提がつく。

「知識としては必要ない」のであって、「学ぶ必要がない」わけではない。ここを取り違えてはいけない。

数学を学ぶのは、数学的知識を蓄えることが目的ではなく、数学で培うことのできるものの見方・考え方を、日常へと拡張することが目的と言える。

拡張して、適用範囲を拡げることが目的

数学では、論理的に考えることや、記号を使ってシンプルにとらえること、グラフや図を用いて、視覚的にとらえること、問題を解決する際のアプローチの方法、、、などなどを学ぶことができる。
これらは「知識」ではなく、「見方や考え方」であり、覚えておくものではなく、身につけるもの。
この身につけたことを、日常へと適用範囲を拡げること。数学のいないところにも、概念を拡張すること。それこそが、数学を学ぶ目的と言える。

拡張の経験が日常にも活かされる

数学では、新しく世界を広げるために、「概念を拡張する」ことがある。頻繁にある。
ということは、数学に触れることで、概念の拡張を数多く経験できる、ということになる。この経験が、数学の身につけたものを日常生活へと拡張することにも、役立っている、と思う。

意識的かどうかは別として。
数学で培った力が拡張されていることを、自分自身意識できているのかは別として。

気づかない間にでも、数学のものの見方、考え方が、日常へと拡張されているのであれば、やっぱり数学を「学ぶ必要がない」わけはない。

おわりに

将来的に使わないから、というのは、学ばなくていい理由にはならない。教科によって差こそあれ、何かを「学ぶ」ということは、知識を蓄えることのみならず、その教科で養える力を習得するためにあることだから。

ぼくは、歴史や漢文が大嫌いだった。「覚えるだけ」の教科だと勝手に決めつけ、覚えても将来役立たないではないか、と、自分に言い訳をして、なるべく避けようとしていた。でも、今では思う。歴史や漢文も、覚えるだけが目的ではないと。「学ぶ必要がない」わけはないと。もう少し真面目に取り組むべきだったな、という、少しの後悔だけがのこっている。

数学に対して、そんな後悔がのこる人が、一人でも少なくなればいいな、と思う。

では、お読みいただきありがとうございました。

ObsidianPublishは、今のページを起点としてつながりのある他のページへ

2回の記事を通して、ObsidianのPublish機能をどう使うのか、ブログとどう使い分けていくのかについて書きました。
今回は、Obsidianでpublishしたものについて。


上のリンク先は「choiyakiノート」のトップページにあたるもので、そこにはズラズラとタグが並んでいます。
これは、各ページにつけているタグの一覧。興味があるものをポチッと押していただければ、Obsidianにてpublishしているページの中で、押したタグがつけられているページが一覧で表示されるようになっています。
Obsidianでは、ページ同士をリンクさせることと、それぞれのページにタグをつけることができます。
Scrapboxでは、リンクとタグは表記上の違いだけで、役割としては同じなのですが、Obsidianは違う役割を果たします。

  • タグを押すと、そのタグがつけられているページを一覧できる
  • リンクを押すと、リンク先のページに移動できる

なので、Obsidianでは、リンクとタグを使い分けることができる、ということになります。

Obsidianを使い始めた当初は、というか、publishの機能を使い始める前までは、タグの使い道がわからず、Scrapboxみたいにリンクだけでいいじゃないかということでリンクしか使っていませんでした。けど、publishによって、既存のページを修正して公開していくようになり、タグの必要性を感じるようになりました。

Obsidianのpublishでは、今開いているページに言及しているページ一覧の「Backlink」と、リンクしているページをグラフ化した「Graph」が表示されます。
どちらにおいても、今表示しているページと、リンクでつながっている「一つ先」のページしか表示されません。
例えば、表示ページの文章内に「Obsidian」というリンクがあったとします。
今表示しているページと「Obsidian」とはつながっており、「Obsidian」ページはBacklinkあるいはGraphに表示されます。けれども、Obsidianとつながっている他のページは、どこにも表示されることはありません。
なので、Obsidianとリンクされている他のページがみたければ、Obsidianページへのリンクを踏む必要があります。
ここで問題になるのが、Obsidianというページが存在するか否か。
存在しなければObsidianページには移動することができず、移動できないのでObsidianページとつながっている他のページを見ることができないことになります。
これでは、タグとしてリンクを機能させることができません。タグというのは、同じタグがついているページが一覧で表示される必要があるから。
というわけで、Obsidianのpublish機能においては、タグが必要になるわけです。

(Scrapboxにおいてはリンクとタグが表記の違いだけであるのは、つながっているページの「二つ先」まで一覧できるからであり、そういうところまで考え尽くされているScrapboxはすごいなぁ、と感じます)

  1. 今開いているページに言及しているページは、「Backlink」として下に一覧表示される
  2. 今開いているページが言及している他のページは、文中でリンクになっていて飛ぶことができる
  3. 今開いているページに言及しているページと、今開いているページが言及しているページの両方が、Graphには表示される
  4. 同一テーマについて書かれているページにはそのタグがつけられているので、一覧表示させることができる

他の人が読むことを考えると、上記4つの機能によって、テーマを絞って一覧表示したり、文中のリンクをたどってもらったり、Graphの中の気になるページを訪れてもらったりしてもらえればな、と思います。

Obsidian publishによって公開されるWebページは、ブログのように最新記事が上に並ぶのではなく、記事名による五十音順で並びます。
なので、更新順に次々見ていくということはおそらく想定されておらず、リンクやタグをたどって他のページを見ていくことを基本としているように感じます。
そのページの移動の仕方は、まさに実際にObsidianを使っている人のような移動の仕方を基本としているということだと思います。
publishしているものは、ぼくの個人的な着想メモの数々、読んだ本に対する感想の数々。ただのメモと感想なので、publishする効果はどれくらいあるのかわかりませんが、書かれれていることがちょっとでも思考の刺激になってくれればいいな、と思います。
少なからず、ぼくにとっては興味深い事柄を集めているので。

では、お読みいただきありがとうございました。

仕事を進める上でなくてはならない道具7選

ぼくは、高校で教員をしています。
教師の仕事は、ただ教科を教えればいいってものではなく、他にも色々とやることが結構わんさかあります。
それらをこなしていこうと思うと、道具の力を借りなくては、にっちもさっちもいかなくなります。ぼくの場合。
仕事に就くちょっと前に「ライフハック」という言葉を知り、そこで色々と自分なりに調べては試し、タスク管理をし始めることができたことは、今思えば、自分にとってはかなりの財産になってくれているな、と感じます。

仕事に就いてはや10年。これまで仕事をなんとかこなしてこれたかな、と思っているのですが、その時々でタスク管理を試行錯誤し、それなりに自分にあった手法を見出してきました。
おそらくこれからもやり方や使う道具は変わっていくとは思いますが、今現在使っている、仕事を進める上でなくてはならない道具を紹介していこうと思います。

  • Mac
    • Obsidian
  • iPhone
    • 1writer
  • iPad
    • iPad+Apple Pencil
    • Noteshelf
    • Keynote
  • Hand Writing
    • JETSTREAM
    • pocket size memocho

Obsidian

まずは、Obsidianにて連用手帳をしているので、Obsidianは欠かせません。今はかなりお世話になっています。
仕事中は基本的にはデイリーページを開きっぱなしにし、そこに書き出されているタスクを一つ一つ消化しながら、何かあればメモをする、という日々を過ごしています。

1Writer

ObsidianはiPhoneでは使えないので、代わりに1Writerを使っています。
iPhoneではショートカットと 1Writerを用いて、Obsidianのデイリーページへ一発アクセスできるようにしてあり、デイリーページに何かしら書き込みたければ1Writerを使う、という使い方です。

iPad+Apple Pencil

iPad+Apple Pencilは、仕事では欠かせない存在となりました。

板書計画をたて、それをそのまま授業に使うことができる。
配置も自由に決めることができ、書き直しが容易であること。書いてから配置を変えることができるのは、考える際にとてもありがたい。

NoteShelf

今は書き心地と機能を考えて、NoteShelfを使っています。

書き心地がなかなかよく、機能も充実している。また、書いたものをコピーし、他のアプリに受け渡すことが簡単で、そういった細かい部分も気に入って使っています。

Keynote

iPadアプリでもう一つ欠かせないのが、Keynote。
授業をする際に、よく電子黒板を利用してあらかじめ用意してあった板書内容を生徒に提示するのですが、その際はKeynoteを使っています。
また、数学の問題の解説動画を作ったりするときには、Keynoteの手書きによる注釈と画面録画を利用しています。
なので、なかなかにお世話になっているアプリです。

JETSTREAM

文房具が好きで、特に紙質とペンの書き心地にはこだわるほうだと自分では思っています。
なので、ボールペンであればJETSTREAMの書き心地は欠かせない。
ストレスなく、ぬるぬると紙の上を線が滑っていってくれるあの感覚は、とても心地いいものです。

pocket size memocho

最後は、ポケットサイズのメモ帳。
基本的にはiPhoneを取り出してメモをするのですが、それがはばかられる時やiPhoneを持ち歩いていない時はメモ帳にメモし、後でObsidianに転記したりそのまま使い終われば破棄したり。
メモ帳とJETSTREAMのタッグは、今回の道具の中では一番の古参で、長いことお世話になっています。


思い返せば、メモ帳を常に持ち歩く、というのも、仕事に就くちょっと前からやり始めたことでした。
ライフハックというものを知り、学び、試してみたこと。
メモ帳を常に持ち歩き、メモをするという行為を自分のものにできたこと。
そして、同じ時期にiPhoneを使い始めたこと。
これらは間違いなく、ぼくに大きな転換をもたらしてくれました。
どれもが、10年経ってもいまだに活躍してくれているので、これからも大切にしていきたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その2〜

にて、今課題としていることとして、

  • ブログとObsidian publishをどう使い分けるのか
  • 過去のブログの下書きがObsidianにはあるけれども、それをpublishするか否か

を挙げました。そのうち、「ブログとObsidian publishをどう使い分けるのか」については、

  • Scrapbox「book scrapbook」で公開していたようなものをpublishしていく
  • 1ページ1テーマで書き、関連するページ同士を直接つなげていく
  • 1ページ1テーマを保つために、ブログ記事の下書きをそのままObsidianでpublishはしない
    • 1ページ1テーマに加工してからpublishする

という方針でいこう、ということになりました。
今回は、過去のブログ記事の下書きはどうするかについて。


「その1」でも述べたように、ブログ記事は、1記事1テーマになっていないか、あるいはテーマそのものを持っていないかのどちらかであるものがほとんどです。ブログの下書きも同じ。
であれば、下書きをそのままpublishするのは、Obsidianのpublishは1ページ1テーマでいく、という方針にはそぐわないことになります。
ただ、いくつかの内容を含むページがあってもいいかも、と考えたり。各メモの、「ハブ」の役割をするようなページになってくれることを期待して。
とはいえ全ての過去記事の下書きがそんな役割を担えるか、というとそうではないので、テーマを持たない雑記のような記事についてはpublishをせず、publishするものに関しては、基本的には1ページ1テーマにバラす。いろいろなものに言及しているようなものに関しては、ハブの役割となることを期待して1ページ複数テーマを持つものもpublishする、という方針でいこうかな、と思います。
とにかく、Obsidianのpublishにおいては、各ページがリンクでつながっており、(基本的には)1ページ1テーマであるが故に、そのページを読むだけでは全容を把握できないとしても、リンクを辿っていくつかのページを読めばだいたいのことはわかる、みたいな状態にしたいな、と考えています。

また、Obsidianでは、リンクとタグの使い分ける方がいいだろう、とも考えています。
リンクは「このページと関連するページはどれか?」を記述するものであり、ページ同士の結びつきを表すので、書き手が、今開いているページと関連する他のページを提案することになります。
タグは「このページは何に関することが書かれているか?」を表すものであり、そのタグに関することが書かれているページを串刺しする役割を担います。
明確に役割が違うのですから、ちゃんと使い分けていく、というのも、Obsidian publishを利用して公開していく上での基本方針となります。


Obsidian上には、ちょっとずつページが増えていってます。その中のプライベートなものを除いた全ては、公開してしまおうと考えています。
各ページが他のページとのいくつものつながりを持ち、書き直したり書き加えたりすることで日々刻々と変化していく。
そういったものにしていければなーと考えています。

では、お読みいただきありがとうございました。