伝える

「教える」よりも「引き出す」に重点を置く

ぼくの好きな本に、「プロ研修講師の教える技術」というのがあります。 なぜこの本を購入するに至ったかと言うと、”はじめに”でこんなことが書かれていたからです。 「こちらが、詳しくていねいに話す」のではなく、「こちらの説明はポイントだけで、答えは相手に見つけてもらう」 プロ研修講師の教える技術 寺沢 俊哉 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2011-10-16 Amazon この考えにすごく共感し、思わず購入したわけです。”教える”よりも、答えを”引き出す”ことで授業を組み立てていき、話を進めていく。初任校でみんなの前に立って教えはじめてしばらく経ったころから、その重要性に気づき、意識し始め、そこから数ヶ月が経った頃、本書と出会いました。 予備 ...

なんでブログを書きはじめて、書き続けて、また頻繁に書くのを再開したのかについて考えた

ポッドキャスト、「‪喋りたいことやまやまです」の“【#202】倉下忠憲さんに「書くこと」について聞いてみた!”‬を拝聴した。ブログについての話で、それを聴いてぼくもふとブログについて考えた。 文章を書くことをお金を得るなんて気持ちはない。 書いたものが、誰かの、何かの役に立ってくれれば、と思ってはいる。 はじめた当初は、学びにつながれば、とか、思ってた。 読んだ本についてかならずまとめて、ブログで書いてたり。 ブログで書くことを動機に、読んだ本についてのまとめをしていた。 「iPhoneと本と数学となんやかんやと」のタイトルも、自分が学びたいことを盛り込んでのこと。 自分が考えたことを書きたい、って気持ちも ...

「わかりやすく伝える」ことは、良いことなんやろうか

「わかりやすく伝える」 数学を教え始めてから、ずっと意識し、胸に抱いていた。 でもいつからか、わかりやすく伝えることが、ほんとうに良いことなのか迷うようになった。 何かを学ぶ時、そこにはたくさんの“発見”がある。「あっ!そうか!!」とストンと理解し、これまでの知識が繋がるような。 わかりやすくすることで、そういう、自分での発見の芽を積むことになってしまうのではないか。 理解の一番の敵は、「わかった気」になることではないか、と思っている。 わからないのであれば、理解に向けて考えていける。 わかった気になっていると、そこで思考が停止してしまう。理解していなかったり、身についてなかったりしても、わかった気になった ...

紙の本を買うことと、ブログを書いて残すこととの共通点

電子書籍を買うことがかなり多くなってきていて、50%にまで増えてきました。 でも、電子書籍で読んでよかった本は、紙でも書い直すようにしています。 最近、せっせとブログを更新しています。 いくつかのきっかけが重なり、積極的に更新していこうと決意したのですが、理由の1つが「書いて残しておきたい」というもの。 自分が考えたことやいいと思ったこと、伝えたいなと感じたことを書き残しておくことで、いつか読まれる時がくるかもしれない。書かなければ読まれることは絶対ないので、じゃあ書くしかないな、と思ったから。 子どもの可能性の邪魔だけはしたくない。 我が子をみていると、そういう思いを強く抱きます。 人間は生きているなかで ...

更新作業を楽にすることが、ブログ更新のキモなのかも

最近せっせと更新しているブログ、ほとんどがiPhoneで一気に書いています。書く内容を選び、そっからダァーっとフリック入力。 その際、使っているアプリが、Textwell。 iPhoneでメモや文章を書くときは必ず使っていて、このアプリを起点とすることで何かしら思いついたときに迷わずサッとメモすることができるようにしています。 しかも、書いたテキストを加工するのにも秀でた能力を発揮してくれるので、望みの形式に変換することもできるのが素晴らしい。 さらにはその加工したテキストをショートカットアプリにも受け渡せるので、けっこうなんでもできてしまう。 実際、文章を書いてそれを加工してwordpressに投稿す ...

これからは、積極的にブログを書くつもりでいます。ブログには感謝感謝です。

3日前から、ブログの更新を再開している。 1つ1つのエントリは、短い。サクッと書いて、えいやっと投稿してるので、こんなんでいいのかなぁ?という気持ちが、ないわけじゃない。 でも、書かないよりも書いた方がいいやろうってのを盾に、サクッと書いている。 毎日なにかしら書くことはある。考えてることとか、本読んで感じたこととか、誰かと話してて気づいたこととか、なんとか、かんとか。 そういうのんを、今までは全然書いてこなかった。 ちゃんとまとまってから書こうと思うあまり、ブログを更新できてなかった。 更新できてないと、ブログを書くための時間をとることも疎かになり、よけい更新できず、、、だった。 書くことで下がるハードル ...

トップダウン・ボトムアップと、「数学の問題を解く」のと「数学を研究する」の

こちらの記事「フローラップ:Word Piece」と、こちらの記事「[R-style » レゴブロック、トップダウンとボトムアップ、破壊された構造に生まれる余白][1]」を読みました。どちらも、ものすごく興味深く、おもしろい。 トップダウンとボトムアップ、それとはちょっと性質の異なる「フローラップ」なるものについて言及されています。「R-style」さんのほうでは、レゴブロックを例えに、その3者(新しい「思考の大きな構造体を組み立てるアプローチ」には名前を与えていませんが)についての考察されており、とてもわかりやすく、詳しく述べられています。 そして、ぼくは以前にこんなことを書きました。 [レゴと数学 – i ...

発見や驚きを伝えたいならば

「R-style」の@rashita2さんが発行しておられる、「Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(WRM)」を、最近になってようやく購読しはじめました。WRMのスタート当初からその存在を知っていたのにもかかわらず。もっとはよ購読しとけば良かったな、と多少後悔しております。 そのWRM10月6日号での知的生産エッセイで、「わけのわからないもの」というものがあり、これからいろいろと考えたことについて今日は書いていこうと思います。 説明文では伝えられないもの 「わけのわからないもの」から、少し引用します。 「わけのわからない」ものを相手に伝えたければ、「わけのわからない」ままに手渡すしかありませ ...