理解しちゃっていても、まだ理解に至らずうんうんと頭を悩ませる状態をイメージできるか〜M-1グランプリ 2019の「かまいたち」の漫才を見て考えたこと〜

M-1グランプリ 2019の「かまいたち」の漫才。決勝でやっていた、トトロを見たことがないことを自慢しているという内容の漫才。
トトロをすでに見たことがある人、見てしまっている人は、見ていない状態には戻れない、というやつ。

そうやよなぁ。

トトロをすでに見たことがある人、見てしまっている人は、見ていない状態には戻れないように、
キャッチボールをうまくできる人は、はじめてキャッチボールをした、まだうまくできない状態にはもう戻れない。
何かを学んで理解した人は、まだ理解できていない、うんうんと頭を悩ませたときには戻れない。

とはいえ。
人に何かを教えるときには、まだ理解できていない人に対して、理解できるようサポートしていくことになる。
もう理解できている人が、まだ理解に至っていない人に対して。
もう理解できている人は、理解しちゃってる。戻れない。
時間という壁に阻まれちゃってる。
そんなとき、すでにできちゃっている人、理解しちゃっている人にできることはなにか。
最大限、まだ理解に至っていないときのことを想像すること。
また、常に自分も理解できていない状態に放り込むこと。新たに何かを学ぶことによって。

何かを教えるには、学ぶ側の人よりも、何段も理解の階段を上がっている必要がある、と思う。
けれども、いつでもその段を降りることができる必要も、同時にある。

すでにトトロを見ちゃっていて、見ていない状態には戻れないにしろ、一緒に見て楽しむことはできる。
自分の子どもを見ていると、飽きずに何回も何回もトトロを見ている。何十回も見ている。毎回、楽しんでいる。楽しめる。

理解しちゃっていても、一緒に考え、楽しむことはできるはず。
それを忘れないでいたい。

では、お読みいただきありがとうございました。