ノートにウィークリーとデイリーを 〜来年度の手帳に向けて1〜

来年度の手帳についてあれこれ考えている。
最近気づいたのは、「この日にする」とあらかじめ決まってるタスクは、実はそんなに多くはないのではないか、ということ。
となると、ウィークリーのページの日付ってそんなに必要ないように感じる。
「2週間後の水曜日にやらなければいけないタスク」とかってあるものか?

バレッドジャーナルを試してみて、そんな風に感じることが多くなった。


ぼくは、スケジュールとタスクを以下のように認識している。

時間の定まっている「やること」のことを、「スケジュール」ということにする。
時間の定まっている、とは、「何時何分から、これこれがある」というような感じ。開始時間が定まっているもののこと。
終わりの時間が決まっているものもあったりする。

時間の定まっていない「やること」のことを、「タスク」ということにする。
開始時間は決まっておらず、いつやるかは自分の裁量にゆだねられている。ただ、基本的には締め切りがあるので、「いついつまでに完了させる」ってのは定められていることが多い。

タスク管理、三種の神器 〜タスク管理あれこれ1〜 – iPhoneと本と数学となんやかんやと

スケジュールとタスク、どちらも「やること」で、違いは時間が定まっているか否か。
手帳は、日や時間でページを区切ることで、あらかじめ日時を用意してくれている。ということは、「スケジュール」は簡単に手帳に書き込むことができる。
いっぽうで、「タスク」はそう簡単にはいかない。自分でどこに書き込むかを判断しなければいけない。つまり、日時を設定しなければいけない。
これが、「どこに書けばいいのかわからない」問題を引き起こす。

例えば、
再来週が締め切りのタスク、そんなに時間はかからなそう。今週はもう手がいっぱい、となると、来週のどこかで着手すれば問題ない。
こういうタスク。

あるいは、
あるプロジェクトにて。確認事項があり、担当の人に確認をとってもらっている。その結果を受けて、続きは自分がすることになっている。そのプロジェクトの締め切りは再来週の水曜日。来週の水曜日には返答がもらえる予定なので、続きは木曜日以降か再来週か。
こういうタスクも。

来週とか再来週に着手したいタスクって、こういう類のものが多いのではないか。
今の時点では「来週のどこかでしたい」と思っているけど、いつするのかは詰めきれていないようなタスク。
「来週のどこか」なので、ウィークリーのページがあれば便利やけども、そこが日付で分割されていると書く場所を迷ってしまう。こういう迷いが好ましくない。で、結局手帳を使わなくなる。

日や時間でページが区切られている手帳は、スケジュールとタスクの両方を扱いやすくはなっていない。
日付の区切りがかえって邪魔なのであれば、ノートを使えばいい。ノートにウィークリーページを設ければいい。


ぼくの仕事は、誰かにアポを取って打ち合わせをしたり、仕事場から出かけたりってのが少なく、基本的には毎週同じスケジュールで進む。時間割というスケジュールで。
となると、タスクをこなしていくのは、空き時間と放課後。割り込みはそれなりにあるけど、使える時間がどのくらいかだいたいはわかってるので、タスクをはめ込みやすい。
時間軸がなくても、時間割があるのでそれに沿って行動していけばまずまずはうまくいく。
今日の時間割と、今日すると決意したタスク。
その二つがそろっていれば、1日の計画は立てやすい。

なので、時間軸は必要ではなく、時間割が必要。その時間割とタスクを書き込む場所としてデイリーページがいる。
時間軸が必要なわけではないので、手帳のようなフォーマットが定まってるのを使う必要はまったくない。ノートを使えばいい。ノートにデイリーページを設ければ事足りる。


以上より、次年度は手帳を使わず、ノートを手帳として使っていこうと思う。
手帳の代わりに使うノートの基本構成は、

  • ウィークリーページ
  • デイリーページ

以上、この二つでいいかな、と。
どちらも、まっさらなページに日付を書くだけで運用していく。
そこにスケジュールやタスクを書き込む。日付が決まっているものには日付を振っておき、時間が決まっているものには時間を書き添えておけば全く問題なし。そんな感じ。

ただ、これでは、単発的なタスクや、短期的に終えられるプロジェクトへの対応力に長けてるものの、ちょっと長い期間進めていかないといけないプロジェクトや、自分自身のための長期的な展望なんかまではカバーしきれない。

ウィークリーページとデイリーページの具体的な運用方法や、長期的な展望をいかにカバーするかなどについては、また回を改めて。

では、お読みいただきありがとうございました。

一日の計画は「ノート」で、実行は「たすくま」で

しばらくの間、デイリータスクリストに紙のノートを使ってたけど、また、「たすくま」にもどった。

ノートによってデイリータスクリストを作ると、頭に浮かんだことをメモしながら、どこでどれだけ時間をとって、何に取り組むのか考えることができる。
時間軸にまずスケジュールを書き込むので、残りの、タスクに使える時間を簡単に把握することができる。
今日一日をどう過ごすか?というテーマについて作戦会議ができる、ということ。これが、一日の計画立案にはかなり大事なことやな、と感じた。
で、ログもノート上でとっていけばいいし、ノートに立てた計画を遂行していってたけど、遂行のときは「たすくま」のほうがいいかも、と思い始めた。
全容を把握し、戦略を立案するのがノート。司令部がたすくま。実行が自分。
たすくま上でデイリータスクリストを作るのではなく、ノートで作る。そのほうが、いろいろ考慮しやすい。考えやすい。

併用の効用

ノートを使うまでは、戦略の立案もたすくま上でしていた。やから一日の全容の把握が不十分で、上から次々にこなしていけばいい、という状況を作り出すことができてなかった。タスクを終えると、毎回「次は、、、」と考える。それをなくすことができた。
「やること」を、そのときそのときでリストから選んで実行するようにしてた。するとどうなるか。「脱線」が起こる。なんでか。

この、毎回「次は、、、」となるのは、脱線を引き起こしやすくしてしまう。「次は、、、」の選択肢に、勝手に「のんびり」や「だらだら」やを含んでしまうためやと考えている。
なんどもなんども選択と決定を繰り返すと、決めることに疲れてしまう。「決定疲れ」を起こした状態に。

数多くの選択をしたことで意志力が弱まったらしく、その影響が他の意思決定の場面で現れたのだ。

『WILL POWER 意志力の科学』p124

決定疲れを起こすと、ついつい安易な選択に流れてしまいやすくなったり、決定を先延ばしにしてしまいがちに。
結果、タスクやスケジュールを終えるごとに次することの選択をする際、リストには書かれていない安易なことを選んでしまったり、タスクの選択を先延ばしにして余分に休憩してしまったりする。
毎回「次はどれに着手しようか?」と選ばなければいけないような状況は、決定疲れをおこしやすくなってしまう。

また、人間というのは、「計画を立てるだけ」で満足する生き物らしい。

のちに「ザイガルニック効果」と呼ばれる現象が確認された。終わっていない仕事や達成されていない目標は、頭に浮かびがちだという現象だ。

『WILL POWER 意志力の科学』p111

意志力とは繊細なやつで、なにか気になることがあると、少しずつ消費されていってしまう。

無意識が意識的な脳に計画を立てるよう求めているのだ。無意識の脳は独力ではそれができないらしく、意識的な脳にしつこく迫って、時間、場所、機会など、細かい計画を立ててもらう。計画が決まると無意識な脳は迫るのをやめる。

『WILL POWER 意志力の科学』p114

計画のされていないものは、気になる。注意を引いてくる。「これはどうなってるんや?」と。そのせいで、じわじわと消耗してしまう。未計画であるがために意志力が消耗するのであれば、計画を立てればその消耗は防げる。

理想のデイリー「やること」リストを目指して

そういったもろもろのことを考えると、理想のデイリー「やること」リストは、「上から順番にこなしていけばよく、かつ、こなしていけるもの」となる。
リストなら簡単に作れる。その日の「やること」をずらずらと並べていけばいい。けど、「上から順番にこなすことが可能なリスト」をつくろうとなると、とたんにものすごく難易度が上がる。その日一日にやるべきことを書き出せば、それはイコール上から順番にこなしていけばいいリストになる。でもこれでは、やたら「やること」を並べ立ててしまったり、重たく感じる「やること」をいっぱい書いて、やる気のまったく起こらないリストをつくってしまったりする。疲れてから一番しんどいタスクに取り掛からなあかんようなリストを作ってしまったりもする。
おそらく、2時間分でも「上から順番にこなすことが可能なリスト」をつくるのは難しい。一日分なんてもってのほか。
それを、今まではたすくまの画面上だけでやろうとしてた。これはちょっとやはりかなり難しいように感じる。

そこで、紙のノートと併用することにした。タスクシュートを意識して、紙のノートを使っていたときの経験が頭にあったから。

ノートには「時間軸」が書かれており、そこにスケジュールが書き込まれている。パッと一目で一日を俯瞰してみることができる。
今日の「やること」もその時間軸の横に書いておくと、その日のスケジュールと着手する「やること」を俯瞰することができる。
一日の全容を見ながら、たすくまにその日のスケジュールと「やること」をすべて集め、計画を立てる。
ノートも使いつつ、たすくまで実行していく。
それは、

  • タスクやスケジュールの見え方が、大いに自分に影響を与える

から。
たすくまのようなリスト形式よりも、時間軸の方が一日をイメージしやすい。時間軸にスケジュールが書き込まれていると、タスクの実行に使える時間が一目で把握しやすい。その見え方の方が好き。

実行のときは、時間軸は別にいらなくなる。たすくまに書かれていることを上から順にこなしていけばいいってわかっているから。でも、いきなりたすくまに記入し、リストを眺めながら一日の計画を立てるのは、なんだか安心できない。開始や終了時刻が提示されるので、それを順に見ていけば問題はないはずやけど、計画を立てることへのハードルがなんだか高まる。一日のイメージが持ちにくい。

おわりに

計画の際は、時間軸を見つつ、そこで一日の流れを確認しつつ、それをリストに落とし込んでいく。「上から順番にこなしていけばよく、かつ、こなしていけるリスト」になることを目指して。
で、実行は、リストに書かれていることを上から順にこなしていく。
もちろんすべてが計画通りにいくことはないけど、少なくとも、朝、計画を立てたときには、その日一日がイメージできて、安心してたすくまに書かれている次のタスクに着手し始めれる。それで十分。

では、お読みいただきありがとうございました。

ノートがあたえてくれるもの、カードがさずけてくれるもの

ノートは、安心をあたえてくれる。
自分の頭だけでは心もとない。でも、ノートがあれば、常用するノートがあれば、必要とあらばすぐに心もとない自分の頭をサポートしてくれる。
何か考えるとき。覚えておきたいとき。頭の中がいっぱいなとき。
まっさらなページを開けば、考えるをサポートしてくれる。これまでの考えたことを見返しても、新たな着想を与えてくれる。
書いたことを見返すと、忘れていたことも思い出させてくれる。ノートに覚えておいてもらうことができる。
頭の中がパンクしそうそうなとき、とにかくそれを書き出すと、いくらかの落ち着きを取り戻すことができる。
ノートは綴じられていて、いつでも書いたことを、書いた順番に見返すことができる。書いたものは動くことなく、いつでも同じ状態で、そこにいてくれる。
だから、ノートは安心をあたえてくれる。
考えられる安心。覚えておける安心。いっぱいでも、書き出して落ち着きを取り戻せる安心。
そしてそれらが、いつでも同じ場所にある安心。

カードも、必要とあらばすぐに、心もとない自分の頭をサポートしてくれる。
けど、カードは安心をあたえてくれるわけではない。
ノートは、安心を与えてくれる。けど、カードはそうじゃない。
ノートは綴じられていて、ばらけない。がゆえの安心感。
カードは綴じられておらず、一枚一枚がバラバラ。だから、安心できない。不安定。
でも、不安定さがカードの真骨頂。
ノートにあれこれ書き出すのとはまた違う形で、考えるをサポートしてくれる。
ノートのように、書いたものが同じ場所にとどまることはない。いつなにがどこにいくかはわからない。いつでもどれでもどこにでも動いてしまう。いや、動かすことができる。
綴じられていないがゆえの利点。
そう、カードの強みは動かすことができることにある。「操作」できることにある。
カードは安心をあたえてはくれないが、代わりに操作できる。
くれる。組み替えれる。動かすことができる。配置できる。束ねられる。自由に。
つまり、ノートとカードは役割が全く違う。

安心できるノートと、安心はできないカード。
安定的なノートと、不安定なカード。
固定されるノートと、流動性をたもてるカード。

ノートは情報カードの代わりにはなれないし、情報カードはノートの代わりにはなれない。

PDCAをまわしながら日々過ごす手帳の書き方〜タスク管理あれこれ4〜

手帳の使い方の基本的な方針は、「デイリータスクリストに紙のノートを使う。タスクシュートを意識して。 」 にて書いた通りなのですが、そこに新たに、加えたことがあります。

というのも、「自分を劇的に成長させる!PDCAノート」を読んだのがきっかけです。
PDCAサイクルについて書かれているこの本では、まずは1日の行動に対してPDCAをまわしていく、「デイリーPDCAノート」が提案されています。

タスクシュート式+デイリーPDCAノート

「デイリーPDCAノート」の書き方は簡単。A4の方眼用紙を、以下のように分割してPDCAのそれぞれを書き込んでいく、というシンプルなもの。

Planの部分は、その日の計画を書き込みます。具体的には、

824.
1 Pのフレーム(左端)に時間軸を記入する
2 手帳から、今日の予定を転記する
3 手帳に書かれていないが、思いついた行動があれば追加記入する

この方法、この「デイリーPDCAノート」、今の手帳に応用できそうとすぐに感じました。手帳を見開きで使えばちょうどA4サイズ。やってみたい。
すぐさま実行できると気づき、その日から試しはじめています。

時間軸を記入し、予定を書き込む。そのあと、思いついた行動を追加する。
このPlanの立て方が、今自分がやっている、紙のノートをタスクシュート式を意識して使う方法と全く一緒なため、「デイリーPDCAノート」の方法をすぐに実践できると思ったわけです。
あとは時間軸の隣に、Do,Check,Actionをそれぞれ書き込んでいくスペースを確保しておけば、今までの手帳の使い方はほぼ変えることなく、すぐにでも「デイリーPDCAノート」をそっくりそのまま実践していけます。

はじめは本に書かれているのと同様に手帳を区切り、やってみました。が、そこまでスペースを使わずとも、同じようなことを実践できることに気づきました。それが、ペンの「色」で、Plan,Do,Check,Actionを書きわける、という方法です。
ペンの「色」で、PDCAのどれについての書き込みなのかがわかるようにしてみました。

  • 計画(Plan)は「黒」
  • 実行記録(Do)は「青」
  • 振り返りや次の打ち手(Check, Action)は「赤」

という風に。

ペンで色分け、の注意点

本来の、ノートを区切ってPDCAそれぞれについて書き込む場所を確保しておく方法ではなく、ペンの色によってPDCAをかき分けていく方法には、ひとつ、注意したほうがいいことがあります。

先に紹介した「自分を劇的に成長させる!PDCAノート」では、PDCAのうちの「Do」を書き残すことが重要視されています。

859.
PもCもAもすべて大切なのですが、「D」がPDCAを回し続ける大前提になっています。なぜなら、Dとは「事実を残すこと」だからです。

事実を、事実のまま書き残す。そして、それを「Check」へとつなげる。

897.
「D 実行・実績」に対して、うまくいった原因、うまくいかなかった原因、次はこうすればいいかもしれない、といった気づきを書きましょう。

ここで肝心なのは、「Do」と「Check」を明確に書きわける、ということ。だから、ノートを区切り、PDCAそれぞれに、別々の場所を与えているのだと思います。別々の場所に書き入れていくほうが、よりそれぞれを意識して、書きわけることができます。
色によってPDCAをわける方法では、PDCAのそれぞれを書き込む場所がわかれていません。本来の方法よりも、「Do」や「Check」がごちゃまぜになってしまいやすい、ということ。なので、PDCAそれぞれの書きわけをより意識しておかなくてはいけません。その点が、注意すべきこと、と言えます。

そしてカードへ

手帳は、一週間に一度、パラパラと見返すようにしています。で、主に赤で書かれていることに目をとおしていきます。
赤色で書かれていることは、いわば、実行記録から得られた「次の打ち手」。新たなアイデアとも言えます。
「PoICを名刺サイズ情報カードで実践すると、蓄積は「発見」のみに」 でふれたように、ぼくは今、思いついたことや発見や着想を、名刺サイズの情報カードに書きためていっています。となると、手帳に赤色の文字で書かれている、次の打ち手(Action)については、他と同様に扱うためには、カードに転記したほうがいい、ということになります。カードの状態でも保管しておき、操作できるようにしておけばいいかな、と。
少し手間はかかりますが、積極的にカードに書き写し、蓄積していってます。

おわりに

毎日というスパンでPDCAをまわしていく。実際は劇的というほどの手応えを感じているわけではないものの、楽しさがあります。
パッと手帳を開いたとき、書かれている文字が適切に色分けされていると、とても把握しやすく、内容をカードに転記することによって、次の生産へとつなげていく。そのサイクルをおもしろく感じるんです。

タスクシュートにのっとって手帳を使いつつ、そこにPDCAサイクルを回す手法が合わさって、ひとつ、バージョンアップできたのかも、と、そういう気分です。しばらくは楽しく、紙の手帳を使い続けていくことができそうです。

では、お読みいただきありがとうございました。

ノートに書き出し、「事前装填」することで実行率は上がる

「アシタノレシピ」執筆陣の一人として、習慣化についての連載を書いています。

その中で、「信頼できるシステム」があるかないかで習慣化のしやすさは変わり、とくに「タスクシュート式」は、なにかを習慣化するのに適したシステムである、と書きました。

実際、「たすくま」を使い、「タスクシュート式」にてその日の「やること」を管理するようになり、その気になれば大抵のことは習慣化できそうやな、という感触を抱いてます。
が、それは実は平日に限って言えることだったりします。というのも、休日は、「タスクシュート式」がぼくにとっての「信頼できるシステム」にはなっていないため。「たすくま」でのやること管理がイマイチうまくいっていないため。
平日と休日では、「たすくま」への信頼度が全然違ってしまってるんです。


平日は実にすばらしく「たすくま」は機能してくれています。日々のリピートタスクに今日やるべきタスクを加え、朝に一日の計画を立てます。で、まったくそれ通りとはいかなくても、たいていは計画しておいたタスクを終え、眠りにつくことができています。
「基本的には、たすくまに書かれていることを実行していきさえすればいい」と思えています。この感覚こそが、システムを信頼しているということなんでしょう。
対して休日となると、大きく様相は違ってきます。
平日は起きてから寝るまでだいたいの流れは予想がつき、毎日それが大きく変わることはありません。が、不確定要素の多い休日は、休日ごとに過ごし方が大きく違ってきます。となると、朝と晩はだいたいいつも同じであるものの、日中がいつもいつも違った過ごし方になってきて、なかなかたすくまでは対応できません。で、リストに書いたタスクが実行されなかったり、ログがとれないことが多い。
こうなると、たすくまにタスクが載っていても実行しないし、実行できない。実行できないと信頼が下がる。信頼が下がるとさらに実行できなくなる、、、の悪循環がおこってきます。そして、休日のたすくまへの信頼度がどんどん下がっていってしまいました。やがて、「書いても書いてなくても結局やらんやん」と、すべきことを書いてても実行されない、なんてことに。
平日はすこぶる調子よく働いているシステムなのに、休日はてんでダメ、ってな感じになっちゃったわけです。
休日は「信頼できるシステム」を持ち合わせていないことになります。気がつけば休日に何かを習慣化するのがすごく苦手になっていました。
「信頼できるシステム」の有無は、習慣化にとってはとても大きい。このままではいつまでたっても休日の過ごし方が改善されへん、と思い、何かしら、休日用のシステムが必要やな、ということになりました。


休日の信頼度を上げるためにしたこと。それは、新たにノートを用意するってこと。
そのノートを「休日専用の手帳」として使い始めることにしました。たったこれだけで劇的に変化しました。
たすくまに登録するってのは一緒ですが、登録する前にノートにやることを書き出し、一度計画を立てるようにしました。
平日に比べ、なにをするのか不確定な休日ですが、不確定でどのような過ごし方をするかが読めないとはいえ、事前にタスクをやる”タイミング”は考えておくことができます。不確定な部分が大きく、「何時にこれこれをする」という風に時間帯を指定することは難しい。でも、「このタイミングであれをしよう」というように、実行するタイミングは考えておけます。
家族と過ごすことが多く、時間帯を指定していろいろとやる時間を確保することは難しいです。けども、ずーっと一緒というわけではなく、やることにとりくむ時間もあります。「娘がお昼寝の時」や「アンパンマンを見ている時」とか。
お昼寝の時は一人であれこれできるので、書いたり学んだりの集中してとりくむ必要のあることができます。
アンパンマンに夢中になっている時は、目の端には娘をとらえながらも、ある程度自分のことにとりくむことができる時間になります。ぐっと集中する必要のないこと、例えば一週間の振り返りとかならやることができます。
そういう、実行する「タイミング」をあらかじめ考えておくんです。「これのタイミングに、あれをする」みたいなことを。
つまり、ノートを使ってやっていることは、「事前に考えておく」ってことだけ。休日のどのタイミングで何をするのか考え、やることを事前に装填しているだけ。でも、その効果はやっぱりなかなかのものなんです。
「事前装填」の威力です。あるいは、コミットメントしているか否かの違いとも言えましょうか。
ノートにて休日の過ごし方を計画することにより、実行できる時間帯・タイミングに、あらかじめタスクを装填することができるようになりました。「この時間がきたらこれをする」と、自分にコミットメントすることができるようになりました。
ノートで計画するとしないとでは全然違います。

おわりに

ノートを用いて、休日にやろうと思ったことを、どのタイミングで実行するのか考え、事前に装填しておく。
これだけのことで、休日においても、「たすくま」をまた「信頼できるシステム」へと成長させることができました。「休日手帳」と「たすくま」の二つがそろっての「信頼できるシステム」です。
タスク管理をいろいろ試し、自分なりのシステムを構築し、「これでいける!」と思っても、なにかのきっかけで信頼度が落ちてしまうことはきっとあると思います。そんなときにまたあれこれ考え、試し、また信頼のおけるシステムへと育てられるのか。そのへんが結構大事なんじゃないかな。
「休日手帳」を使ってみる、という経験から、そんなことを考えました。
「これでかんぺき!」はずーっと完璧なままではいてくれない。から、ちょくちょく手を入れながら、今後もぼちぼちやっていきたいです。
では、お読みいただきありがとうございました。