”過去”と”現在”をつなぐ作業場、Evernote~メモに対して今いろいろと考えていることその9~

アクティブなメモ、うんじゃかんじゃしたいメモは、アウトライナーにため込んで、他のメモたちと組み合わせながら育てる。ブログなどの形で一応のまとまりを見せたら、Evernoteにアーカイブする、という流れで、アウトライナー(WorkFlowy)とEvernoteを使い分けております。最近この話題ばっかりですが。

着想メモの保管場所~メモに対して、今いろいろと考えていることその1~

着想メモをうんじゃかんじゃする場と、一応の完成品をアーカイブする場~メモに対して、今いろいろと考えていることその2~

WorkFlowy内のメモたちは、育てて、ブログにて「一応の完成品」を提出する。わけですが、メモたちは、組み合わせるだけでは、完成品にはなりません。ブログのエントリに仕上げるためには、読んでも自分にしかわからない「アクティブなメモ」たちを、他の人が読んでも理解できる形へと”書き上げる”必要があります。
メモたちを蓄積し、組み合わせ、育てるのは、WorkFlowyにて。じゃあその次のステップ、他の人が読んでも理解できる形へと”書き上げる”のは、どこで行うのがいいんでしょうか。
アーカイブする場であるEvernoteこそ、”書き上げる”場として優れていると感じます。

”現在”と”過去”をつなぐ、「関連するノート」

Evernoteには、いろーんな情報が入っています。以前は、着想メモの類もEvernoteに放り込んでいましたし、ブログの記事は全部保管しています。また、日々の出来事や、日記、作業の記録も、全部Evernoteにあるわけです。
今までに書いたブログ記事がすべてつまっているということは、過去、自分が考えたこと、試してみたことを、「他の人が分かる形」に仕上げた文章が、たくさん蓄積されているということ。自分が書いたことなのに、「こんなん書いたっけ?」と思うようなことも多い。自分自身書いたことを忘れているってことは、「あ、そういえば今書いてる記事に関連するようなこと、昔書いたぞ」と思い出すこともない。せっかく書いたにも関わらず。
Evernoteが、自分が忘れ去ってしまっている過去記事やメモへのアクセスを可能にしてくれます。「関連するノート」によって。

自分というものは、時間がたてば他人とおなじ

「知的生産の技術」に、こういう一節があります。

一年もたてば、自分でもなんのことかわからなくなるものだ。自分というものは、時間がたてば他人とおなじだ、ということもわすれてはならない。

ちゃんとした文章で、「他の人が読んでもわかるような」文章で、メモを残しておかなければいけない。自分というのは時間が経てば、他人と同じだから。そうしておかないと、読み返しても「ん?これどういう意味や?」ってなっちゃう。
でもそれが、「他の人が分かる形」に仕上げられているブログの文章であれば、内容をきれいさっぱり忘れていたとしても、読み返すと理解することができます。なんせそれは、「他の人が分かる形」にまで仕上げた、文章だから。

Evernoteが”過去”と”現在”をつなぐ

Evernoteにて文章を書き進めると、「関連するノート」として、過去のブログ記事や、自分のメモを提示してくれます。ブログ記事であれば、書いたことを、内容をきれいさっぱり忘れていたとしても、読み返すことで理解することができます。そして、その、”過去に書いたこと”を、”現在書いていること”に反映させながら、文章を書き進めることができるんです。Evernoteで文章を書くことによって。
これは、本当に画期的なことだと思います。今までなら、書いたのを忘れていたこと、その存在すら忘却の彼方に消え去っていた内容を、Evernoteにて文章を書くことによって、”現在”書いていることに反映できるなんて。

アーカイブを活かすためにも、Evernote

Evernoteにアーカイブしていく理由の一つが、”過去”を”現在”に反映することができるから。Evernoteに蓄積されている情報がたくさんあればあるほど、参照元が豊かになる。関連する内容にも厚みが出る。
着想を書きためていき、順番を並び替え、組み替えることで、ムクムクと育っていくメモたち。ある程度育ったメモに対して、今、自分が考えていることを、「他の人が分かる形」にまで仕上げる。そこに、”過去”の自分の意見を取り入れ、加えることで、「一応の完成品」として、提出できる状態にする。それを可能にしてくれるのが、Evernoteの「関連するノート」である、というわけです。
今まで自分が考えたことのアーカイブが、Evernoteには詰まっている。それらの多くを活かしていくためにも、ブログを書く際には、Evernoteでってのを、続けていこうと思います。そしてまた書いたものをEvernoteに放り込んでいき、さらに参照元を厚く、厚くしていこうと思います。

おわりに

ぼくは、とても忘れっぽいと自覚しています。でも、決して忘れたくて忘れているわけではなく、覚えておきたいことも忘れてしまう。覚えておくことができれば、もっと今に生かすことができるのに。そんな想いを抱き続けていました。
それが、今少しずつ実現されていると感じるんです。「関連するノート」を表示してくれることは、ぼくに大きな希望を、「忘れてしまったことさえも、今に生かすことができるんじゃないか」という期待を、与えてくれます。そりゃあ夢中になるわけです。
忘れていることに再び出会える喜びを、それを今につなぐことのできる快感を、大切にしていきたいな、と思います。
では、お読みいただきありがとうございました。

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