劣等感と劣等コンプレックス・優越コンプレックス〜アドラー心理学について⑥〜

昨日のエントリ、「マインドセットによって変わる、劣等感への対処の仕方〜アドラー心理学について⑤〜」にサラッと挙げた、劣等感と劣等コンプレックス・優越コンプレックスについて。

アドラー心理学の本を読んでいて感じるのは、劣等感は、「できない」「もってない」など、「〜ない」感覚、くらいのものっぽい、ということ。ただ、他と比べて劣ってるなーと感じることで、それ以上でもそれ以下でもない。
劣等感自身は、別に悪いものではなく、ただできてないなーと感じるだけのもの。
やから、誰しもが持ってるもの。

『幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII』(岸見 一郎、古賀 史健)では、人は皆、生まれた時から劣等感を抱いているとも言ってる。
生まれてからしばらくは、周りは大人や年長者ばかり。
そんな周りと比べて、「できない」ことが多いから、劣等感を抱くもの、と。

で、この劣等感にたいして、どう振る舞うか。
自分の成長につなげるのか。
劣等感があってもいい、と思えるか。
あるいは、その劣等感を言い訳や、ひた隠しにするか。

劣等コンプレックス優越コンプレックス
劣等感を「できない言い訳」に使うのが、劣等コンプレックス。
劣等感に向き合わず、ただ否定するのみで、あたかも自分は優れていることを強調して、偽りの優越感に浸るのが、優劣コンプレックス。

コンプレックス=劣等感、ではくて、コンプレックスの本来の意味は、思考や意識、感情などが複合したもののことを指す、らしい。
ということは、劣等コンプレックス・優越コンプレックスとは、劣等感(「できてない」感)を“認識“するだけではなく、他の思考や感情、意識にまで混ぜ込んでしまうこと、と言えそう。

ということで、硬直マインドセットやど、劣等コンプレックス・優越コンプレックスに向かってしまいがちになりそう、というのが、前回の結論なわけでした。

では、お読みいただきありがとうございました。

名刺サイズで遊ぶ (情報カードの大きさについて)

情報カードにメモをするってのを、休み休みずーっと続けてる。で、そのときに使ってたのは、5×3サイズの情報カードばっかりやった。43Tabsを実践してるときも、5×3サイズ。最近またカードを使い始めたけど、やっぱり5×3サイズ。
でも2,3週間ほど前から、名刺サイズを使い始めた。というのも、5×3サイズは、ちょうど程よい大きさやと思ってたけど、ポッケにはちと大きくておさまりがわるいため。名刺サイズは、小さいぶんポッケに無理なくおさまる。
そして、iPhoneのケースにもおさまる。これがけっこう、いやかなり重要やったりする。
名刺カードは、50枚ほどをクリップでとめて、ひとまとめにして持ち歩いてる。
思いついたら、そこに書き込んで、書いたカードはクリップから引き抜く。その引き抜いたカードのやり場に困ることがあったけど、名刺サイズはiPhoneのケースにおさまる。書き終えたものを、iPhoneにしまえる。

iPhoneは常に持ち歩いていることが多いので、そのケースにさえ入れておけば、どこにでも持ち運べる。朝一番に必ずとりくんでる、前日のメモを見返すときにも、カードの見返しを忘れることがなくなった。見返しのときにも、iPhoneは持ってるので。
最終的には、一日に書いた分はまとめて、ボックスへ。


カードの使い方は、「何かしら思いついたら書く」。以上。
なんか思いついたら、書く。タスクでもなんでも。着想でも、スケジュールでも。メモしておかなあかんそうなことは、カードに。
着想を書きおいていくのであれば、そんなに大きいサイズは必要ない。
そう、タスクをメモるにしても、思いついたことをメモるにしても、140文字くらいあれば事足りる。メモるときはそれで十分。140文字なら、名刺サイズが程よい感じ。ぎっしり書けばそんくらいの文字数が書ける。140文字も書くこと自体少ないし。やからちょうどいい。
これは、「知的生産の技術」で語られている情報カードの使い方とは違うけれども、そこで述べられている「規格化」や「くれる」って利点はそのままあるわけで。

小さいサイズのカードは、B6サイズとは違い、一時的にしたためておく場って意味合いが強い。名刺サイズでは、豆論文はなかなか書けない。でも、一時的に書いておく場であれば、名刺サイズで十分。ちょっとしたつぶやきを残しておくのであれば、一文をしたためておくくらいならば、140文字くらいの文章ならば。なんかそれが、心地いい。


じっくり考えたいときは、いつもどおり大きめの紙をひろげればいい。考えようとするときは、野帳くらいの大きさがあってもちょっとせまい。やから野帳を使わなくなっちゃった。
で、実は、考えるときも名刺サイズのカードは使える。考え事して思いついたことを、次々にカードに書いていく。それがなかなかにいいことにも気がついた。
机の上にぶぁーっと広げることができるから。

書いて書いて、机に広げる。と、A4の紙に書き出すよりも、広い面に書いてる感覚になれたりする。着想を書きためる、かつ、発想ツールでもあるということになる。
書きためたメモは、着想に関しては、ときどき広げて眺める。乱雑に机にほうりだしてもいいし、縦一列に並べてもいい。自由。その気になれば制限なく、広げれる。

なんしか、今のぼくには名刺サイズがしっくりきてます、名刺サイズのカードになにやら書きつけては遊んでますって話。

では、お読みいただきありがとうございました。

自分も習慣化に取り組みながら、「習慣化」についての連載を書くと、すごくいい

4月から「アシタノレシピ」の執筆陣に加えていただいています。
ほんとうに光栄なことで、ベックさんから声がかかったときは、「是非是非!」と参加を即決しました。というのも、アシタノレシピのいつかの記事で「書いてくれる人誰かおらんかなぁ」的なことを書いてて、立候補しようかなと思いつつ時が過ぎていってしまってたからです。なので、声をかけてもらえたのはほんまにうれしく、今も楽しみながらとりくむことができています。
というのは余談で。
現在、アシタノレシピでは「「習慣化」のための自己サポート集」と題した連載をしています。「習慣化」をテーマに記事を書いてるわけです。
連載の中でも書いているのですが、習慣化について書きはじめたくらいの頃から、「Mediumで日記を書く」ってのを新たにはじめました。習慣化について連載しながら、同時に自分自身も新たなことの習慣化にとりくみはじめたんです。で、これがすごくいいなと感じるんです。

「習慣化」について書きながら、自分も「習慣化」にとりくむ。
「習慣化」にとりくむことによって、それが連載を書く際の具体例となります。具体例があったほうが話は展開しやすいもの。自分が習慣化にとりくんでいる「Medium日記」について触れながら、習慣化についてより具体的に書くことができてる感じです。
さらには、書くことによって気づくこともたくさんある。連載で書くことで自分自身の理解も進み、新な気づきが起こり、習慣化にもプラスに働く。そういう良循環が起きている感じがします。
記事がすごく書きやすいんですよね。習慣化に取り組みながら、習慣化について書くってのは。

考えていることとやっていること、考えたこととやったこととが、書いてあるブログ

思えばこれは当たり前のことで、これってぼく自身すごく慣れ親しんでいる方法であることに気づきました。
ぼくのブログを書く際の基本的なスタンスが、考えたことを試してみて、試してみたことを書いてみる、というものだから。
ぼくの最も好きなブログは、「23-seconds blog」なのですが(ほんとうにおもしろいのでみなさんぜひ読んでみてください)、そのブログ内のあるエントリで、ぼくのブログをこんな風に表現してくれていたことがありました。
「考えることと、やってみることで満ちているブログです。」
このように表現してもらえて、ほんとうにうれしいですし、まさにこのブログを言い表してくれている言葉だと思います。
ぼくが考えていることとやっていること、考えたこととやったことを書くのは、それがやっぱり楽しいっていうのと、そうやって書いていくことでまたさらに考えてやってみて、、、が続いていくから、なのだと思います。
考えたことを試してみて、試したことを書いてみる。と、はじめに考えてたのんとはまた違った気づきが得られ、それを試してみてることに反映し、反映してみながらまた書く。また新たな気づきが得られて、、、の繰り返しがおこったりする。
それがすごく楽しくて。
「考えること、試すこと」と「書くこと」は互いにいい影響を及ぼしあってくれる。からぼくは、ブログを、考えていることとやっていること、考えたこととやったこととを、書く場にしているのだと思います。

おわりに

Atsushi – Medium
ぼくのMediumのアカウントです。自分で「Medium日記」と呼んでいる、1日の活動を振り返る日記は、毎日22時半くらいに更新されるか、と思います。とりとめのないことばかりを書いてるので、自分のために書いている、って部分が強いのですが。
Mediumでは他には、自分のブログの記事も載せたりしています。特に、はてなダイアリーで書いてたときのエントリを読み返し、「知的生産」に関する話をときどきMediumに再掲したりしてます。そんな感じで、Mediumで遊び始めているところです。なんとなしにのぞいていただければ、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

考えるときの「広げる」と「拡げる」、むしろ「拡がっていく」。

頭の中のものを紙面上に「広げる」。
「かばんの中身を机の上に広げる」とか、そういう意味。
とにかく書き出す。思いついたことを書く。書いたものの配置を変える。矢印でつなぐ。
書く、書く、書いてみる。
白紙からもう一度書きなおしてみる。頭からとり出して、紙面上に「広げる」。

アイデアを「拡げる」。
「拡張する」ってニュアンス。
調べて知識を得たり、本を読んで学んだり、人から意見を聞いたり。外部からの刺激によって拡げる。
連想したり、視点を変えたり、俯瞰したり、拡大したり、組み合わせたり、切り離したりして、拡げる。自分の中の化学反応を促す。
反応が起こって拡張していくことが多いので、「拡げる」という言い方よりも「拡がっていく」といったほうがしっくりくるかも。
拡げるというよりも、拡がっていく。拡がっていってほしいがために、マインドマップを描いたりする。マトリクスを書いてみたり、マンダラを埋めていったり。

広げて、発見して、拡がって、広げて、気づいて、拡がって、広げて、整理されて、まとまりがみえて、気づいて、拡がって、広げて、まとめてみて、まとまってきて、まとめて、落ち着く。

そんな感じのことが、起こっている気がする。
考えているときの頭のなかって、どんなもんでしょうか。

では、お読みいただきありがとうございました。