日記を書き続けたいと思った理由はわからんけど、今、日記を続けることができているのはなぜかはわかる

日記は、始めた当初は一定期間ごとに書く媒体や書き方が変化していってたけど、6年前からは統一してる。
毎日日記を書き、過去6年分の同じ日付の日記を見返してる。
じゃあ、なぜ日記を書き続けているのか。

20歳くらいになるまで、日記とは縁がなかった。というか、日記を続けることができるとは全く思ってなかった。
何かしら大きな出来事があれば、「このことを書き残すために、日記を書いていこう!」と思ってノートを買い、書き始めるけれども、続かず。
一番初めに日記を書き始めた時は、習慣化する方法とか全然知らなかったし、今のように文房具好きでもなく、適当にノートを買い、おもむろに書き始めた。
まぁ、続くわけもなく。
でも、1ヶ月ほど書くことができたので、それはそれで良しやったのかな、という感じ。
日記を書き始めた理由は、やっぱり自分にとって大きな出来事があって、それについて書き残したくなったから、やったと思う。
じゃあ、なぜそこから今まで日記を続けているのか。

日記を書き続けることに挫折するも、また日記を書いていきたいな、という気持ちは不思議と湧いてきて。
で、確かそれと同時期くらいから色々と小説以外のビジネス書を読むようになり、色々と知識を得て、日記のテンプレートを作成してそこに書きつけていくようになった。
ルーズリーフにテンプレートを印刷して、それに日々日記を書いていく。
これはある程度うまくいって、数ヶ月続けることができた。確か、半年以上。
テンプレートを作るとなると、一体自分はどういうことを書き綴っていきたいのか?日記には何を書きたいのか?を真剣に考えた。
この、何について書き残すか決めておくことは、書き続ける上でかなり大事じゃないかな、と思う。
でも次第にテンプレートの印刷が億劫になり、途絶えてしまった、と記憶してる。
当時はデジタルでは書かず、手書きしていたので、テンプレートを使いたければ印刷しなければいけなかった。
じゃあなぜ、そんなたびたび途絶えているのにもかかわらず、今まで日記を続けているのか。

次にチャレンジしたのは、連用日記。というのも、テンプレを印刷して日記を書く媒体としてルーズリーフを選んだのは、連用日記にしていきたいって思ってたから。
綴じノートではなくルーズリーフなら、去年書いた同じ日の次のページに、今年の日記を差し込むことができる。
あらかじめ差し込んでおけば、書くときに去年の日記が勝手に目に入る
連用日記の良さは、去年書いたものが勝手に目に入るところやと思っていたので、それを実現するためのルーズリーフの利用やった。
で、それが続かなかったので、今度はテンプレは特に用意せず、綴じノートを線で区切って連用日記として使うようになった。
これが、続いた。
丸2年は続いたと記憶してる。実際、去年の日記が目に入りつつ、今年の日記を書いた記憶があるから。
で、書くうちに、これをデジタルでやっていきたい、Evernote上に書き残していきたいと思ったので、Evernoteに日付ごとのノートを作成し、毎年同じ日付の日に同じノートに日記を書き残すことで、過去の日記が勝手に目に入る形で日記を書き続けている。
その方法が、今6年目に突入しているところ。
Evernote上の日記のノートを開くと、2015年から毎年の日記が書き綴られていて、書いたらその流れで下にスクロールして、過去の同じ日付に書かれた日記たちを毎日見返している。
それが楽しいし、あぁこの時期にこれしてるんやな、と参考になるし、読み返すこと自体は5分もかからないのに、得るものはけっこう多い。
なぜ日記を続けたいと思ったのかはわからんけど、今、日記を続けることができている理由はわかる。
「読み返すのが楽しいし、読み返すことで今の日々の過ごし方の参考になるから」

書いている時は、多少の面倒臭さを感じる。
けど、来年それを読み返すことができるなら、その面倒くささくらい引き受けることができるほどには、読み返すことが好きになってる。
ただ、読み返すのは、簡単なことではない、と思う。
連用日記はその点でとても優れている、って話は、また機会があればすることにして。
「読み返すのが楽しいし、読み返すことで今の日々の過ごし方の参考になるから」を実感するには、まずは書き続けなあかんってのがきっとネックなんやろうな。

では、お読みいただきありがとうございました。

キレイな画面と書き心地のトレードオフ

今持っているiPad Pro10.5インチは、はじめからApplePencilを使うことを前提に買いました。iPadとApplePencilの同時購入です。
iPadを買ったら必ず手に入れておくのが、画面を保護するフィルム。ApplePencilを使うことを前提としているので、当然の如くペーパーライクフィルムを購入しました。なので、iPadとApplePencilを手に入れてすぐにペーパーライクフィルムを貼り、使っていました。

iPadを購入して一年以上になるのですが、つい先日、フィルムを交換しました。1年も使えば、フィルムにはペンのあとやキズがついており、白っぽく汚れている部分などもあり、試しにペーパーライクフィルムではなくガラスフィルムを使ってみようと思い、買いました。
それに張り替える際、ペーパーライクフィルムを剥がすわけですが、剥がした瞬間、あぁiPadの画面はこんなにもキレイなのか!驚きました。
ペーパーライクフィルムは、その特性上、どうしても白っぽいもやのかかったような感じのフィルムです。
そのフィルムを剥がしたiPadは、とてもとても鮮明で、キレイでした。
このキレイさを享受できていなかったなんて!と思うほどに。と同時に、ガラスフィルムを買ってよかったなぁと感じました。ペーパーライクフィルムのようにモヤがかかっていない、透明なガラスフィルムは、iPad本来の鮮やかさを損ないません。
毎日、鮮やかな画面のiPadを使う事ができるようになりました。

キレイなことはとても嬉しかったのですが、じゃあペーパーライクフィルムからガラスフィルムに変えてどんな変化が起こったのか。
iPadで手書きを、ApplePencilをあまり使わなくなりました。
ガラスフィルムは透明でiPadの画面の鮮やかさを損なわない反面、ツルツルです。カチコチです。
ApplePencilを使うには、表面が硬すぎて、ツルツル滑り、書き心地がよくありません。
加えて、ガラスフィルムは反射がきつく、書く際に部屋の明かりが画面に映り込みます。これも、手書きをする際にはよろしくない。書く気が間違いなく削がれます。
書き心地の悪さと画面の映り込みがつい頭をよぎるからか、iPadに手書きする事が激減してしまいました。

画面はキレイな方がいい。
でも、書く道具にしたいのであれば、画面のキレイさよりも書き心地が重要になってくる。
キレイな画面をとるか、書き心地をとるか。
これはもうどう足掻いてもトレードオフの関係です。両方をとることはできません。
結果、書き心地を取りました。
新たにペーパーライクフィルムを購入し、ガラスフィルムを剥がして張り替えました。
また、快適な優れた手書きの道具としてのiPadが戻ってきました。
今後はガラスフィルムに浮気せず、このままずーっとペーパーライクフィルムの書き心地で使っていきそうです。

では、お読みいただきありがとうございました。

思っていたよりも色々と読めていた2020年の「びっくら本」 #mybooks2020

なかなか思うように読書の時間がとれていません。
とはいえ、本を読まない日はなく、毎日ちびちびと、少しずつ少しずつ読み進めています。
そのおかげか、2020年を振り返ると、それなりにいろいろな本を読むことができていました。
読んだのに読んだことを忘れていたりするのですが、一年に一度、この時期に思い返すことができ、毎年、この「びっくら本」を機会に今年の読書をかみしめます。
いつもと大きく違う一年でしたが、いつもと同じように本を読むことができ、嬉しいです。

なぜ心は病むのか いつも不安なひとの心理

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『なぜ心は病むのか いつも不安なひとの心理』(アルフレッド・アドラー)

これまで色々とアドラー心理学の本を読んできました。その中でも本書は、アドラーがどのように人を見ているか・捉えているかということが一番わかる本だと感じました。
であるがゆえに、とても興味深く、面白く読むことができました。
本書はアドラーの著作の翻訳であり、数冊のシリーズになっているので、とりあえずすべて読みたいな、と思っています。

ブレンディッド・ラーニングの衝撃

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『ブレンディッド・ラーニングの衝撃』(マイケル・B・ホーン、ヘザー・ステイカー、小松 健司)

授業そのものを上手くなりたいという気持ちがずーっとあります。うまい授業をすることができれば、それを聞いている生徒の数学の取り組みもよくなるのではないか、という思いがあって。
一方で、授業の仕組みが、生徒の取り組みに大きく関わるのではないか、とも感じています。
それは、今の学校に赴任して、とても強く感じていることです。
本書のブレンディッド・ラーニングは、特に授業の仕組みについての固定概念を強烈に揺さぶってくれます。
授業に使える道具は、黒板とチョークから大きく変わりつつあります。
一度、これまで使っていたことはすべて忘れて、固定的な考えをぜんぶ取り払って、授業に有効に活用できそうなものは貪欲に取り入れていく姿勢が、今後必要になってくるのではないか、と思っています。

「書くための名前のない技術」シリーズ

これは、シリーズを読めば読むほど面白くなっていく類いのもの。
3つのケースを読みましたが、ほんとに3者3様で、それらの違いが、お互いの「名前のない技術」を際立たせているように感じます。
シリーズが増えるごとにその違いは多様になっていくので、続きが出れば出るほどおもしろくなっていきそうな感じです。


今年の読書は「全然読めてないなーもっと読みたいのになー」という感覚だったのですが、2020年の1年間で読んだ本を振り返ってみると、しっかり読めていて、いい出会いもあったなぁという印象に変わりました。
とはいえ、やっぱりもっと読みたい。知りたい。学びたい。
ということで、一気に10冊ほど本をまとめ買い。
ずっと欲しいなぁと思っていた本を中心に、読む時間が取れるかなんて気にせずとりあえず手に入れときました。
その中には、もしかしたら来年のびっくら本が含まれている、かも。
楽しんで読んでいきたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

タスクリストを使うにも、とりあえず書いていきやすいのが大事

最近は、Obsidianにてタスクリストを書き、実行していってる。
やったことを記録していってる。
Obsidianを使い出す前は、Dynalistを使っていた。
同じようにDynalist上にてデイリーページを作成して、そこに今日の予定やタスクを書き出し、実行していく。
書き出されていなかったことも、実行したことがあれば追記する。
できれば、タスクに関するメモもそこに書き込む。
タスク管理アプリを使うよりも、この方が自分には向いてるな、と感じるようになった。

もっと前は、iPhoneアプリ「たすくま」で今日のタスクを管理していた。
やってることは同じ。
1日のタスクを書き出し、実行していく。
書き出されていないものでやったことがあれば追記する。
1日の全ての時間をたすくまでログをとりつつ過ごしてた。
今もたすくまは使っており、主に仕事以外の時間の記録をとる役割を担ってくれてる。
もう長いこと、7,8年くらいはタスクシュートを実践して過ごしている。
DynalistやObsidianでやっていることも基本的には同じ。
仕事においては、たすくまよりも手に馴染む。

PCの前に座っている時間が長いというのが理由の一つとして挙げられる。
PCが前にあるため、キーボードによる文字入力ができ、書き込みやすい。
iPhoneを使い始めて10年ほどになるけど、手書きよりもキーボードよりも入力はしにくい。
入力しにくいから、入力しなくなりがち。
後、タスク管理アプリはアプリごとに新規タスク入力の際、たいがい画面上のどこかにある「+」ボタンを押して新規タスク入力画面を表示させ、必要項目を埋めていくけれども、その形式があんまり好きでなかったりする。
DynalistやObsidianの方が、好きなように記入できる。
タスクに対してメタ情報を入力しないため、後から実行タスクを分析したり、なんていうことはできないけれども、これまでろくに分析してこなかったけど全然大丈夫やったので気にならないし。
「なんにせよ転記は必要」と受け入れるために」でも触れたように、とりあえず、書いていくのが大事やと思うので、自分にとってとりあえず書きやすいタスク管理の方法が今の方法なので、手に馴染んでるのかな、と。
あと、Obsidianでは表示ファイルを画面上にいくつか並べることができるってのも大きい。
必要な、目に入れときたい情報を画面上に展開しておくことができ、今日のこと、今後数日のことを把握しやすい。

そんなこんなで、自由度の高い形で、好きなように書いていける管理方法を、最近は好んでやっています。

では、お読みいただきありがとうございました。

「なんにせよ転記は必要」と受け入れるために

書き写すのは、めんどうくさい。できることであれば、やりたくない。
なので、なんとか転記を発生させないで済む方法はないものか、と考え、メモを扱ってきた。

紙の情報カードにメモしているときには、必要であればそれをノートにそのまま貼って使えるような大きさのノートを併用したり。
ノートアプリを使っているときには、紙に手書きしたものは写真に撮って添付したり。
テキストであれば、MacでもiPhoneでデータを共有できるアプリを使ったり。
手書きもテキストも扱え、Mac・iPad・iPhone間で同期できる、ということで、Apple純正メモ帳に飛び付いたり。

でも、もうそこにこだわるのはやめにした方がいいと気づいた。
書き写しをせずに済ますことにこだわるのは。

転記は必要なものである、と受け入れれば、その都度その都度で使いやすい、用途に合っているものやツールやアプリを使うことができる。
確かに、転記はめんどう。けれども、転記をせずに済まそうと思うと、使えるものが限られてしまう。だいぶ使い方が制限されてしまう。
テキストであれば、コピペで済むのでそこまで手間には感じない。
手書きの転記は、手間。手書き→手書きも、手書き→テキストも。でも、紙のノートとペンの方が、やっぱり初動は早いし気軽に書けるし書き心地がいい。
なら、手書きの転記があるとしても、ノートを使うのはいいもんだ、と思う。

とりあえず、書いていこう。
必要ならどんどん転記していこう。
めんどうに感じ、書かない選択をしてしまうこと、書くことを抑えてしまうことの方がよろしくない。
とりあえず思い浮かんだことをメモして捕らえた後に、適切なところに転記すればいい。
転記したくないなら、しなくてもいい。
書く、を抑制することは極力無くしていこう。
とりあえず、書いていこう。

ブログはじっくり書きつつも、Scrapboxは毎日ページ作成・更新

ブログの毎日更新を目標にして頑張っていました。でもあっさり途切れてしまい。
こういう時は、毎日更新をまたやっていくのか否かを、否応なしに問われます。
毎日更新をするか否かの決断は、毎日更新をしてみてどうだったか、に影響を受けるわけで。で、思いを馳せたわけです。毎日更新しててどうやったかなぁ、と。

やり始める時は、もちろん毎日書くことは良いことだ、と思っていました。「良いこと」って偉い漠然としていますが、「読んでもらうことを想定した文章を書く」のは、メモなどの「自分のための文章を書く」のとは全く違うわけで。
理解できている、と思っていることでも、他の人に伝わる形にしようとすると、その理解はただ単に「わかった気」になってただけだった、みたいなことって結構あります。「わかった気」というのはかなり厄介な奴でして。わかった気に陥っている時は、自分がわかった気になっているだけだということに気づくことが結構難しかったりします。
だって、わかっていると思い込んでいるんですから。
それを打開してくれるのが、他の人に説明してみる、という行為。
なので、他の人が読んでも理解できるように書くというのは、自分の「わかった気」に気づかせてくれ、理解が確実に深まります。
また、自分自身の理解を前提に文章を書くべきではない。
色々と補足的なことを書かないと、自分とは違う誰かに、できるだけ伝わるように伝えることはできません。
そんなことを頭の片隅に持って書いた文章と、ただただ自分がわかれば良いと思ってる文章は、どう考えても変わってきます。
なので、ブログを書くこと自体は、良いことなのは間違いない。

ただ、毎日更新となると、時間という制約をもろに受けて、30分くらいで1記事を更新するる必要がありました。時間が切迫していると、読んでもらう人たちに十分な注意を払って書くことはかなり難しくなるわけで。
1つの記事を、じっくり書くか、その都度完成させていくかは悩ましいところなわけです。
とにかく毎日書きたい。今はじっくり書くよりもとにかく更新したい。そう思って日々時間の許す範囲で、もしくは少し睡眠時間を削りながらもブログを仕上げ、毎日更新してました。
1記事ごとの分量はさほど多くはなく、1000文字あるかないか、といったところ。限られた時間ではそれが限界でした。30分で書いて、えいやっと更新。
自分が満足できる状態まで仕上げられず、最後はえいやっと更新する日がほとんど。満足するものを書けてない感があったので、そこにちょこっと引っかかってたのも、更新が途絶えた理由かもしれません。

とはいえ、ブログをなかなか更新できなかった日々に戻りたくはない。書きたいのに書けないのは避けたい。
また、ブログとScrapboxがリンクしてるのも、書き続けていきたいという気持ちの一つ。

ブログは、Scrapbox上で書き、公開しています。で、Scrapboxで書いた文章もそのまま残しているので、ブログを更新すると、それに伴いScrapboxのページも1つ増える、ということになります。
ブログを書きさえすれば、知のネットワークであるScrapboxがどんどん充実していく。一石二鳥感があります。
でも、実際は一石二鳥ではなかった。
毎日更新では、1記事多くて1000文字程度。その文字量では、ブログとしては中途半端で、でも1記事で話の流れを成立させるために、補足的な文章も結構あるがために、Scrapboxの1ページとしてはちょっと助長な面がある。
どっちつかずな感じです。

  • 毎日更新は良かった。できれば続けていきたい。
  • でも、今のように、ブログの1記事ともScrapboxの1ページとも言えない、どっちつかずなものを毎日書くことはやめようかな。

ということで、ScrapboxはScrapbox用の情報の残し、そちらは毎日1ページずつ増やすためにScrapboxのページは毎日更新していく(既にあるページのリライトもOKということに)。
ブログは自分が満足のいく記事を書いていく。もっと、読んでもらうことを意識した、何度か推敲を重ねた「読み物」として成立したブログ記事を書いていく。
その両方をやっていこう、という結論に至りました。

というわけで、ブログの更新は時々忘れた頃に、になっちゃうとは思いますが、Scrapboxは毎日何かしら書いていこうと思うので、 この「iPhoneと本と数学となんやかんやと – あなたになんやかんやな、なんやかんやを」とあわせて、「book scrapbook」もよろしくお願いします。

では、お読みいただきありがとうございました。

iPad用にMagic Mouse2を購入

iOS13.4から正式にマウスとトラックパッドに対応し、ライブ変換ができるようになったiPad。
Magic Keyboard1(JIS)をiPadにつないで、ライブ変換をONにすることで快適に使っています。

となるとさらにマウスをつないでキーボード・マウスが揃った状態で使ってみたくなってしまうわけで。ということで、だいーぶ悩んだ挙句、マウスも新たに新調することにしました。
もちろん新たに購入したのはMagic Mouse2。


というのも、Apple製品であるMagic Keyboard1をiPadにつないで使ってみるとすごくいい感じ、快適だったというのが一つの理由。もう一つは、マウスを購入してiPadにつないでみたことがあるのですが、スクロールの操作がちゃんと動かなかったりクリックができなかったりと散々だったので、Apple製品なら間違い無いだろうという思いもあってのこと。
早速使ってみたのですが、右クリック左クリック共にちゃんと動作してくれており、マウスを上下に撫でることでスクロールも快適、左右に撫でるとSafariのページの進む戻る操作がすこぶる快調に動いてくれています。

実は後一つ衝動買いしてしまったものがありまして。それは、タブレットスタンド。
iPadにMagic Keyboard1を繋いだ時点で、もう見た目がAppleの統一感に溢れており、iPadのケースを使いたくなくなってきたほど。そこにマウスもMagic Mouseとなれば、見た目はiMacにとても近くわけです。
じゃあいっそのこともっと似せてやれ、ということで、iMacによく似たタブレットスタンドを買うことに決めました。
そこで購入したのが、以下の商品。

これがなかなかに良くて、のぞみの通りiMacっぽい見た目になり、Apple製品の統一感も崩さず使うことができる環境となりました。
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かなり気に入っているので、iPadで色々と書くのが捗るといいな。

では、お読みいただきありがとうございました。

手書きでテキスト入力は、スラスラ書いていけるものなのか?これが、なかなかいけるもんで

「手書きキーボード」というアプリを使って、Apple pencilでテキスト入力している。
今日は少しこのアプリをくわしく。

手書きキーボード

手書きキーボード
開発元:Catalystwo Limited
¥490
posted withアプリーチ

入力欄の上に歯車のマークがあり、いろいろと語定することができる。
この設定をみていくと、
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自動で確定

自動で確定をONにしとくと、書いたそばからテキスト入力されていく。時には誤変換もあるけれども、少し丁寧に書いたら大丈夫。
精度もなかなかのものであったりするので、勝手に確定されても大丈夫やと思う。
ぼくの環境の場合、0.1秒にするとダメ。文字が2度入力されてしまう。0.3秒なら使用に耐えうる。
1点、自重的に確定されていってしまうので、手書き→テキストのときに便利な、ひらがなを漢字に変換して入力するのができないけれども。それをのぞけば、自動で確定する設定にしておけば、だあーっと書いたものが次々にテキストに変換されて入力されていく。快適。

入力エリア

「小」か「標準」がいいかな、と。
小でも、2行にわたって文字を書くことができるので、使いやすい。ただ、「小」やと文字を書いているときに、誤ってボタンを押してしまうことがあるのを考えると、標準が無難。

改行ボタン位置

フローティングにしてたら関係ないっぽ­いけど、とりあえず改行は右にあった方が使いやすい。

2本指ジェスチャ

「カーソル移動」がオススメ。
入力らん欄を2本指でスクロールすると、カーソルがサササーっと動いてくれる。便利。

その他のもの

Apple pencil使っているなら、すべて「オン」ていいいかな、と。
ペンの細とは、一番細いくらいが丁度いい。

一一一

手書きアプリじゃなくても、手書きしたいとき。そんなときにぜひ。

では、お読みいただきありがとうございました。

iPadにApple純正のキーボード(JIS)をつないで使う

自宅ではiMacを使っていて、6
7年ほど前に購入したものなので、付属していたキーボードはMagic Keyboard1。それを今、iPad Pro10.5インチにつないで使っている。いい。

iPadでのキーボード入力は、基本はUSキーボードに対応したものであり、JISキーボードを使うと、記号がキーボードに印字されているものと入力されるものに違いが出てきて、使いにくい。なので、iPad用にキーボードを手に入れる場合は、USキーボードの方がいい。
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ただし、例外があって、その例外がApple純正のキーボード(Magic Keyboard)。
iMacにて使っていたMagic Keyboardは、JISキーボード。それをiPadにつないで使っているけれども、ちゃんと印字されている記号がそのまま入力される。
つまり、Magic Keyboardに関しては、JISキーボードがそのままiPadで使える、ということ。
仕事では支給されているWindowsPCを使っており、設定をいじれないようにされているので、当然JISキーボードのまま使うしかない。iMacでは、使っていたキーボードをiPadで使うようになったので、別のJISキーボードを接続して使用中。なので、iPadでもJISキーボードが使えるようになると、すべての環境でJISキーボードを使うようことになり、記号の場所が変わることに対応しなくて済むようになった。いい。

iPadOSになり、マウスやトラックパッドも使えるようになったので、キーボードとマウスをiPadにつないで使う機会がもしかしたら増えるかもしれない。
iPad・iMac・WindowsPCの全てでキーボード環境が揃ったので、きっとこれはとてもいいこと。

では、お読みいただきありがとうございました。

敬遠してたライブ変換は、iPadでマウスが使えるようになるよりも良いものかもしれない

ライブ変換、敬遠してた。
Macにライブ変換が来たときに、一瞬、ほんまに一瞬だけ試して、それ以来使ってなかった。試したと言っても、何も知らずにアップデートしたら勝手に変換されるようになってて、なんじゃこれと慌ててライブ変換をオフにした、という感じ。
それから、使ってみようかなと思う時は時々あったものの、Macで文章を書いたり文書を作成することがあんまりないので、全然使っていなかった。

今回、iPadOS13.4にて、ライブ変換が来た。今、文章を書くときに基本的に使っているのがiPadであるということと、この際Macでもライブ変換をオンにしたら環境を揃えることができるしいいかも、と思って、iPadとMacの両方でライブ変換をオンにして使い始めた。

結果、すごいえぇやん。

キーボードによる文字入力が得意ってわけではなく、時々手元を確認しながら文字を入力するくらいしかできひんけれども、それでも、書いたそばから変換されていって、Enterを押すだけでいいのは、良い。
文章を書くことが仕事ではないし、長文を書くのはブログを書くときくらいなものやけれども、でも、そんくらいの入力量でも、ライブ変換の快適さは心地いい。
仕事ではWindowsなので、テキスト入力の環境がかなり変わるけれども、それはそれで対応できる話であって。気にならない、というくらいの差ではないものの、気になってしかたないというものでもなくて、MacとiPadはライブ変換で決まり。

ぼくが使っているのはiPad Pro 10.5インチの、2017年に発売されたものやけれども、ライブ変換は遅延とかもなくサクサク動いてくれてる。なので、今発売されているすべてのMacで、ライブ変換はサクサク機能してくれる、と思われる。
仕事のPCはWindowsやけど、文書作成はiPadでしようかな、と考えたり。うん、ありかも。

では、お読みいただきありがとうございました。