毎日継続はできているものの、やり方は少し考えた方がいいかも(数検1級合格まで(2)11/03-11/09)

一週間の振り返りは、日曜日に固定することに。
数検の勉強もブログも毎日継続できてて、ナイス。ただ、睡眠時間の確保がやはり課題になってくるので、無理のないようにしたい。

数検の勉強

11/03-11/09

  • 1週間の勉強時間:2時間29分 21.28min/day

まだ問題集の1回目のテストを解いているところ。線形代数で忘れてること多かったのと、固有値を求める問題での計算ミスが頻発してしまって、正答までたどりつくのに時間がかかってしまった。
勉強するのが、夜寝る前になりがちで、眠気とお酒も入ってるのとで効率が悪い。時間帯を変更するのを考えねば。朝にできればベストやけど、時間の確保がなかなか。
何かを変えていかないと。

ブログ書き書き

毎日更新中。
アドラー心理学についてや、理解や教育、数学について考えていることを書いていけたらいいなぁと思う。

おわりに

この振り返りエントリがあるおかげで、勉強の仕方やブログを書くための課題について改めて目を向けることができる。
活動自体にも修正を加えつつ、今後もぼちぼちいきたい。

では、お読みいただきありがとうございます。

メモに関する悩みは、iPadで“書く”ためのツールに困ること

メモをする。
タスクなら、明日の日付でカレンダーに登録。
スケジュールでは、日時を指定してカレンダーに登録。
それ以外であれば、とりあえずScrapboxの今日の日付のページに追記する。

これで、だいたいはいけてる。
ただ、満足しているわけではない。
タスクやスケジュール以外のメモについては。

基本的に、iPhoneとiPadでテキストメモをとる。
メモしたことについて、さらに何かしら考えたいことがある。メモしたことを起点に、書き進めたいことがある。キーボードを使って、iPadであれこれと。
そういうとき、ちょっと困る。
iPadでは、ScrapboxWorkflowyDynalistも、ちょっと使いづらいから。

ScrapboxをSafariでひらくと、コピーやペーストがキーボードの操作ではできない。
WorkflowyやDynalistでは、トピック間の移動が、キーボード操作ではできない。
どちらも、致命的、といえる。
ということは、iPadで書きたいときの選択肢として、この3つは候補には挙げられないということ。主要な3つであるにもかかわらず。
困る。

なので、iPadでなにか書くときは、Textwellを使うことになる。テキスト自体は、なに不自由なく打てる。
でも、行ごと移動ができない。
PCで使ったときには、ScrapboxやアウトライナーであるWorkflowy・Dynalistでは、カーソル行を上下に移動する操作はお手の物。で、この操作が、いろいろ考えつつ書くときには、ひじょーに便利。
でも、Textwellではそれができない。

という悩みに直面中。
Scrapbox、Workflowy、Dynalist。どれもとても優れたものであるがゆえに、iPadで使えないのがすごく悩ましい。贅沢な悩みやけれども。

解決策としては、「Porter」というiPhone専用のアプリをiPadにインストールして使うこと。
このアプリであれば、キーボード操作もお手の物。
他にもScrapboxを便利に使える機能があったりで、iPhoneではすんごくお世話になっている。
けど、iPhone専用のアプリをiPadにて拡大表示して使うのは、やっぱりちょっとうーんとなる。
あるいは、iPadではキーボードを使わず、iPhoneで使うことにする、とか。
そっちの方が現実的かも。

おわりに

あくまでも、iPadでのお話で、基本的にScrapboxもWorkflowyもDynalistも、どれもとっても便利で、便利というか、メモや書くことの幅を素晴らしく広げてくれるもの。
引き続きお世話になりつつ、iPadでの環境については工夫してなんとかしていきたいな、と思う。

では、お読みいただきありがとうございました。

Porter for Scrapbox
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ

1つの記事を、じっくり書くか、その都度完成させていくか

毎日更新、となると、時間をかけて記事を書かない分、時間をかけてこそ書ける類のエントリがなかなか書けなくなっちゃう。そのせいで、うーむとならないわけじゃない。
でもやっぱり今は、どんどん更新していきたい。

過去記事を見返すと、十分に時間をかけて、なんども推敲をして、伝えたいことが読んでくれている人たちに伝わりそうか吟味した上で更新しているものが、中にはある。
例えば、数学についての連載。

例えば、読んだ本について書いた記事。

例えば、タスク管理についての連載。

毎日更新を目指すと、おのずと何日もかけて書く記事がなくなってしまい、じっくり書いて読んで書き直して、っていうのをできなくなってしまう。
でも、やっぱり、自分の記事でじっくり書いたものを読み返すと、あぁ、こういうのんをまた書けたらなぁ、と感じてしまう。

一方で、毎日更新することをやめて、日々少しずつブログ書く時間をとって書き進めてってやっていると、いつまでたっても更新できない問題が出てきてしまう。
毎日書くのと、毎日更新するのとでは、まったくちがってくる。
毎日書くだけなら、少しでも書き進めることができればそれでよし、となる。完成まで持っていく必要がないために、日々ちょろっとずつ書くことになってしまう。で、ちょろっとでも書き進めれたら、今日も「なんとか書けたし、よしよし」となり、どうしても自分に甘くなってしまう。ぼくは。
一方で、毎日更新するとなると、完成させなければいけない。ちょろっと書いて進んだしまぁいいか、とはできない。だって、完成してないんだもの。更新できてないんだもの。
なので、同じ時間を費やしたとしても、その中身はけっこう違ってくると思う。

で、今のぼくは、以前書いたように、毎日書きたい。毎日更新していきたい。毎日完成させてしまいたい。
それが、今のぼくには必要なんじゃないかな、と思うから。

おわりに

十分に時間をかけて書く。で、なかなか完成しない。
時間はかけきれてないけど、とにかく日々完成させていく。
どちらがいいとは言えない。おそらくは、バランスをとっていくのが一番いいと思う。
けれども、今までなっかなか更新できなかった自分には、とにかく日々完成させていく気持ちでどんどん書くことが、自分の中の何かを変えていくことに繋がるんではないか、と思っているところ。

では、お読みいただきありがとうございました。

じっくり書くのもいいし、サクッと更新するのもいい。ただ、今は、毎日書きたい気持ちなだけで。

ブログを書き始めてから、いい循環が起きている、気がする。

このブログのタイトルは、「iPhoneと本と数学となんやかんやと」。言わば、何を書いちゃってもいい。
いろいろと考えていることを書いてもいいし、やってみていることを書いてもいい。それを読んでもらって何になるのかはわからないけど、考えたことや実践したことで見えることはあると思うので、それを書けば参考になることもあるだろう、と都合良く思っていまはせっせと更新している。
ハードルをわざと下げている。

ただ、そこまでハードルを下げたとしても、ずっと書けていなかった。
沈黙の期間がだいぶあった。
この期間、あんまり書こうとしていなかったってのはあるけれども、今思えば、いろいろと考えたり試してみたりってことができてなかったように思う。

ブログの更新を再開して、あ、やってみたことってブログに書けるやん、と再確認することができた。そういう目線でいると、自分が試しにやってみたことが結構見えて来る。
別にブログのネタになりそうやからやってみるってわけではなく、こういうことも試してみた、あぁいうことも考えてみてる、って気づけるようになったというか。
ネタのストックがあるわけでもなし、記事のストックがあるわけでもなし、その日その日で何書こうと考えていることもあれば、あこれについて書けそうやん!と気づくこともある。
たいていは、ちょっとしたメモから書き始めることが多い。
で、そういうちょっとしたメモは、何かについて考えていたり、何かを試していたりする時に思いつく。
たとえ思いつかなくても、何かしらの理由が合って取り組んだことがあるなら、活動報告的に書ける。

活動全てがブログネタになる。
そう考えると、俄然何かを試したり活動していこうという気も起きやすい。
何か試したら、またそれを文章にしていける。なぜ試したのか、試してどうやったか、いい感じかどうか、なに考えたか。
というように、いい循環が生まれてる。

じっくり考え、書き、1つの記事を作り上げるのもいい。
サクッと軽めな記事でも、書いて更新するのもいい。
別に、どんなんがいいとか、ベストとかない。
自由に書けば、振る舞えばいい。
今はただ、毎日書きたいと思ってるだけで。
その気持ちが続く限りは、どんどん書いていくことを目標に、日々コツコツ更新していきたいな、と思う。
あれこれ試して、考えて。

では、お読みいただきありがとうございました。

紙の本を買うことと、ブログを書いて残すこととの共通点

電子書籍を買うことがかなり多くなってきていて、50%にまで増えてきました。
でも、電子書籍で読んでよかった本は、紙でも書い直すようにしています。

最近、せっせとブログを更新しています。
いくつかのきっかけが重なり、積極的に更新していこうと決意したのですが、理由の1つが「書いて残しておきたい」というもの。
自分が考えたことやいいと思ったこと、伝えたいなと感じたことを書き残しておくことで、いつか読まれる時がくるかもしれない。書かなければ読まれることは絶対ないので、じゃあ書くしかないな、と思ったから。


子どもの可能性の邪魔だけはしたくない。
我が子をみていると、そういう思いを強く抱きます。

人間は生きているなかで、意識的にも無意識的にも、たくさんのことを経験し、吸収していきます。
たくさんの、ほんとうにたくさんの経験の蓄積が、今の自分を作っていると思うのです。
いくら柔軟に生きていたいと願っても、たくさんの吸収によって、いくぶんか塗り固めらる感は否めません。

まだ生まれて数年の子どもを見ていると、塗り固まった部分が、まだまだほんとにちょびっとしかない。
固まっていないぶん、なんにでもなれそうな気がするんです。

そんな子どもに対し、何ができるのか。何もしないほうがいいのではないか、とさえ思えてしまう。
けど、少なくとも今まで生きてきたなかで自分がいいと思ったことや、大切にしていること、素晴らしいなぁと感激したことは、押し付けがましくならない程度に、子どもがすぐに触れられるところには置いておきたい。
書き残しておきたい。

だから本は、電子書籍で読んだものも紙で買い直して棚にたてておこうと思いました。
読むかどうかはわかりませんし、こちらから読んでねと言うつもりもありませんが、興味を持ったらすぐ手を伸ばしてもらえるように。
本を読んできて、すごくよかったなという思いしかないから。

だからブログを書いて、いろいろと書き残しておこうと思いました。
読むかどうかはわかりませんし、こちらから読んでねと言うつもりもありませんが、もしかしたら読んでくれるかもしれないから。そこからなにか考えたり感じたり、学んだりしてくれるかもしれないから。
なにより、ブログを書いてからきて、すごくよかったなという思いしかないから。


できれば数学についてもいろいろと書き残して、押し付けがましくない程度に伝えられることを伝えていきたいな、と思っています。
ただ、子どもが足し算なんかをしていると、ついつい身を乗り出してしまうのですが。

では、お読みいただきありがとうございました。

これからは、積極的にブログを書くつもりでいます。ブログには感謝感謝です。

3日前から、ブログの更新を再開している。
1つ1つのエントリは、短い。サクッと書いて、えいやっと投稿してるので、こんなんでいいのかなぁ?という気持ちが、ないわけじゃない。
でも、書かないよりも書いた方がいいやろうってのを盾に、サクッと書いている。
毎日なにかしら書くことはある。考えてることとか、本読んで感じたこととか、誰かと話してて気づいたこととか、なんとか、かんとか。
そういうのんを、今までは全然書いてこなかった。
ちゃんとまとまってから書こうと思うあまり、ブログを更新できてなかった。
更新できてないと、ブログを書くための時間をとることも疎かになり、よけい更新できず、、、だった。

書くことで下がるハードル

ちょっと毎日更新をしていきたいな、と考え、試しにえいやっと、サクッと書いたものを投稿してみた。
一度更新するだけで、更新に対するハードルはかんなり下がり、結果、今のところ毎日更新できてる。まだ4日やけど。
でも、更新へのハードルを下げることができたのは、だいぶでかい、と思う。そう思いたい。
毎日更新するなんて、ブログを始めて書き慣れてきたころ以来やけれども、ちょっとまた続けていきたいと思う。
日頃考えてることについてや、読んでいる本から感じたことや、他の人の話から思ったことなんかを。
些細なことでもいい。
時間がない時もあるやろうけれども、そんなときでもその日書けることを書いていきたい。

書く、と決意すること

些細なことでもいいってルールにすると、書けることは驚くほど増える。
本については、読み終えてから書く必要はない。その日読んだ部分について書いてもいい。
考えがまとまってなくても、ブログに書きながら考えてもいい。結論が出なくてもいい。
感じたこと、思ったこと、考えたことを、そっくりそのまま提出してしまったっていい。
思考っていうのは、 勝手に広がっていっている。
「なにか書くことあれば書こう」では、その広がる思考から書く内容をうまく捕まえられない。
「なにか書く!」と決め、書くことを決定事項としておけば、あれについても書ける、これについても書ける、というように、思考から書く内容を紡いでいける。
ここ数日、そんなふうに感じた。

おわりに

ブログを書き始めて、気づけばたぶんもう10年ほど経つ。
学生から社会人になり、家庭を持ち、子どもができた。
その中で、ブログを書く目的は変わっていった。環境も目的も変わる中で、ブログを続ける意志は常に持ち続けている。そこだけは、変わっていない。こんなに長く続けることができていて、自分に大きな影響を与えてくれたものって、なかなかない。
ブログを書き始めたきっかけは、もうあまりちゃんとは覚えていない。けどはっきり覚えているのは、先にブログを書いていた人たちがいた、ということ。ぼくはそれを毎日楽しみにして読み、いつしか自分も書きたいと思い、書くという一歩を踏み出すことができた、ということ。
そんなブログに、感謝感謝しかない。そんな魅力的なブログを書かれた方たちに、感謝感謝しかない。
ほんとに、ありがとうございます。これからも、楽しみにしています。

では、お読みいただきありがとうございました。

シェイクの始まりはキーボードショートカットから

最近やっとようやくアウトライナーを使えるようになったな、と感じる。「あぁ、これがシェイクなんか」と実感できた気がする。

これまで、アウトライナーを使ってきてたこともあり、シェイクとはなんぞやってことも理解しているつもりでいた。けど、実はあんましわかってへんかってんな、と気づけた。

基本的に、ぼくはiPhoneとiPadを使っていた。なので、アウトライナーもこの両方で使えるものをあれこれさがしては試していた。
iPhoneではアウトライナーを親指で操作する。
iPadでは、キーボードを接続してアウトライナーを操作する。けど、ショートカットキーが思うように使えるものが、ほぼない。一番いいかな、と思ったのが「outlinely」というアプリやったけど、コピペにバグがあるっぽくて、やっぱり思うようには使えない。
つまり、iPhoneやiPadでアウトライナーを使っている限り、キーボードショートカットを思うがままに使う、ということができない。

Tak.さんは、アウトライナーとは、

  • アウトライン表示の機能
  • アウトラインを折りたたむ機能
  • アウトラインを組み替える機能

の3つを備えているもの、と定義してはる。
シェイクを行うために必要なことが、これら3つの操作が思うがままに使えること。iPhoneとiPadのアウトライナーアプリから離れ、PCにてアウトライナーを使うことでようやくそれに気付くことができた。

シェイクの入り口は、キーボードショートカットを使い、アウトライナーを操作すること。アウトライン操作の5つの〈型〉は、ショートカットによってスムーズに行うことが可能になり、結果、文章はシェイクされる。

長くアウトライナーを使ってきたけども、まだまだ奥が深く、そして楽しい。
では、お読みいただきありがとうございました。

思いついては書き加えて、ブログの記事に仕上げていく(最近の文章の書き方)

長いことブログを書いています。細々と続けております。
長いこと書いてるので、記事を仕上げて更新するまでの流れを、あれこれ試してはしっくりくるものをしばらく続けてみて、、、みたいなことを何度も繰り返してます。
たいていは、「あ、ちゃうな、これ」ってなって、また前の書き方に戻る、となっちゃうわけですが。
でも、これまで何度か、ながーいこと同じ書き方を続けていたこともあります。

一つは、エントリの最後に「マインドマップ」みたいなものを載せていた時期が挙げられます。2年くらいは、エントリを書き進めていくときに、必ずマインドマップもどきを描いてから文章を書きはじめていました。
もう一つが、アウトライナーを使って文章を書き始める方法。これは今も現在進行形で、長いことその方法で書いています。マインドマップもどきを描いていたころより、今のほうがしっくりきてる感覚があります。
これは、かなり大きな変化です。だって、書くことを明らかにしていく手法が、マインドマップからフリーライティングっぽいものになり、トップダウン寄りなものからボトムアップ寄りなものにかわったってことですから。


マインドマップもどきを描いてからブログを更新していた時の流れはこんな感じでした。

何について書くのかを決める
 ↓
マインドマップを描く
 ↓
マインドマップにのっとって文章を書く
 ↓
仕上げてアップする

テーマを決めて、マインドマップを描いて、文章書いて、アップしての一方通行。たいていは一日で記事を仕上げてしまうため、「読み返し」がほとんどなかったように思います。
マインドマップを描くことで見出しが決まってきて、だいたいはそれにのっとって書く。多少手を加えつつも、おおむねマインドマップで書き出したことを文章化していく。
シェイクがなかったわけです。

アウトライナーを使うようになっては、こんな感じです。

とりあえず思いついたことを書く
 ↓
書いたものを読み返す
 ↓ ↑ (何往復もする)
読み返して思いついたことを書き加える
 ↓
全体の構成が見えてくる
 ↓
見えてきた構成にのっとって文章を書く
 ↓
仕上げてアップする

思いつくことを書き出して、書き出して、書き出して、書き出したことを読み返して、読み返して思いついたことを書き加えて、読み返しては書き加えて、そうしている間になんか見えてきて、見えてきてからはその見えたものにのっとって文章を書いていきます。
まず、書き始める。フリーライティングからはじめる。とりあえず一歩目を歩き始めることができる。
階層化はあんまりしません。そのかわり改行を多用します。たくさん改行して、文をかたまりにわけます。
文の順序の入れ替えは、頻繁におこないます。書き出した文章を入れ替えたり、書き加えたりしながら、全容をさぐっていく。
そのためか、エントリに「見出し」がないものが多くなりました。必要であれば見出しつけようかな、程度にしか考えていないので。ちょっと一呼吸おきたいときに、区切り線を入れるくらいです。

「書きたいこと定めてから書き始める」が、「なんか、とにかく書いているうちに書きたいことが浮かんでくる」にかわりました。間違いなく、大きな変化です。


マインドマップの時は、「何について書くのかを決める」の段階、すなわち一番初めの段階で、大まかに全容が見えてないと書き始められませんでした。
というのも、ぼくのはあくまでもマインドマップ”もどき”で、発想を広げるというよりも、頭の中にあることを整理しながら紙にひろげていく、という意味合いが強いものであったから。そもそも頭の中に、ブログに書けそうなことがなければ、それをマインドマップ上に吐き出すことがなかなかできないわけです。
中心から伸びたノードが「見出し」で、そこから先はその内容を書いているような感じでした。頭の中を構造化しながらマインドマップっぽく落としこんでいました。マインドマップが完成すれば、あとは必要な部分を補いながら文章化していくだけ。
マインドマップさえ描ければ記事はできあがるのですが、マインドマップを描き始めるまでがなかなかに困難だったように思います。頭の中で、ある程度は「何についてどう書くのか?」を描けていなければ、一歩目を踏み出すことができませんでした。
なので、ブログを書く時間を確保していても、一文字も書けないことがざらにありました。
一文字も書かずに時間が過ぎていく、なんてことがあると、モヤモヤします。書きたくても書けてない感がただよって、「あぁ、書かれんかったー」と多少落ち込む。
そんな感じでした。

今は、フリーライティングからはじめています。特に「これについて書く」というものがなくても、まず書いちゃう。
とりあえずなんか書ければいいや、なにが書きたいとかなくても、なんか書ければいいや、という気持ちでいるので、何かしら文章は出てきます。だって、思いついたことをそのまま書いちゃえばいいから。なんも書かれんかったー、みたいなことがほぼほぼなくなりました。モヤモヤ感は、あまりありません。何も書けずに終わる、ってのがなくなったから。
過去に書いたものを読み返して呼び水にすることもあれば、なにもせずただ頭に思い浮かんだことを書き出すこともあります。
「記事を仕上げよう」ではなく、「まぁそのうち仕上がっていくでしょ」って感覚で書いています。
いつ文章を書き終えることができるかわからないまま書き進めることになりますが、それなりに更新できてるので、書いてるうちに仕上がっていくもんなんだと思います。それでいいかな、と。

以前のように、ブログにまとまった時間がとれないってのも影響が大きいように思います。
ブログに時間をかけることができていたときは、マインドマップを小1時間かけて描き、これまた小1時間かけて文章を書くことでエントリを完成させていました。1日のうち、1時間半くらいをブログに費やすことができたからこその書き方と言えます。
けど今は、1日の中でそんなに長い時間ブログを書くことはできません。毎日長くて20分とか。細かく分割されます。分割された中では、ちまちま書き加えていく今のスタイルがあっているみたいです。マインドマップは、ちまちま書き足すのんがどうもやりにくいので。

おわりに

文章を書く。そのこと自体への親しみと楽しみが、以前よりも大きくなっているように思います。これも大きな変化。
うんうんひねり出しながら書くことが多かったのに、とりあえず書いたことをあれこれいじりたおすほうが楽しい。自分の書いた文章って読み返すとそれなりにおもしろいもんです。読み返しが刺激になり、新たに何か思いつくことだってあるもんです。
一日のなかで書くことに費やせる時間をなんとか捻出し、書く。
読み返しては、書き加えていく。
それを続けて、ブログの記事として公開しちゃう。そんなスタンスで、楽しみながら書くことができています。
そんな楽なスタンスでブログを更新するってのも、いいもんです。

では、お読みいただきありがとうございました。

ちなみに

今回のエントリは、下書きを複製しては書き加え、また複製しては書き加え、を繰り返して完成までもっていきました。というのも、文章の変遷を残しておき、それも見てもらおうかな、と考えたためです。以下にその下書きたちを載せますので、興味あればこちらもどうぞ。

最近の文章の書き方。

最近の文章の書き方。 (copy)

最近の文章の書き方。 (copy) (copy)

最近の文章の書き方。 (copy) (copy) (copy)

最近の文章の書き方。 (copy) (copy) (copy) (copy)

最近の文章の書き方。 (copy) (copy) (copy) (copy) (copy)

最近の文章の書き方。 (copy) (copy) (copy) (copy) (copy) (copy)

大阪弁と標準語とメモとブログと

キーボードで書くのとiPhoneのフリック入力で書くの。
話すときの言葉と、書くときの言葉。
口に出してしゃべるのと、声には出さず書くの。

同じ内容を考えてたとしても、考えるスピードや書くスピードは違ってくるように思う。
なので今回、話すときの言葉、つまり、大阪弁でエントリを書いてみようと思い立った。そのほうが早くブログを書ききることができるかな、なんて考えて。
それが、以下の二つ。

普段、何かしら考えごとをするときは「大阪弁」。内容があんまり見えず、思いついたことをだぁーっと書き出すときも大阪弁。つまり、考えるときは話すときの言葉を使う。
それら大阪弁で書かれているメモを見返し、内容を定め、ほかの人が読める形に「仕上げる」ときは標準語。文章を書くぞ、というときは、標準語を意識する。大阪弁ではない。
上記の二つのエントリは、話すときの言葉で書いた。考えたことをだぁーっと書いていくときの言葉で。
じゃあ、二つのエントリは、だぁーっと書き出してそのままブログになったのかというと、やっぱり違う。いつも通り、書き出す段階とブログの形に仕上げる段階に分けて書いてた。


ブログという形で人の前に提出する文章は、ほぼほぼ2回書いている。
まず、あれこれ書き出す。頭の中のモヤモヤがなくなるまで。
「これについて書けそう」と思ってても、ぼくの場合、スラスラと文章が出てくる、なんてことはない。書けそうな気はするけど、モヤモヤしてる、という感じ。まだ頭の中で固まっていない、見えてきていない感じ。
それは、あれこれ書き出すうちにちょっとずつクリアになっていく。
で、だいぶクリアになってきたら、これまで書いた文章を横に表示し、参照しながら書く。つまり、2回書いてるということ。
なんではじめから書き直すことをするのか。そのほうがいいと思うのか。
メモは大阪弁で、ブログは標準語だからだと思ってた。書き出すときは大阪弁で、仕上げるときは標準語だからだと思ってた。
フェーズが、大阪弁と標準語によって分かれているから、仕上げるときには、はじめから書き直したほうが手っ取り早いからだ、と。

大阪弁を敬体に直そうと思うと、なかなかに修正は大掛かりになる。かつ、仕上げに向かうためには、今まで書いた文章を整えていく必要があり、さらに修正は大掛かりに。というか、修正っていうレベルではなくなってくる。
だぁーっと頭の中を書き出していくことでクリアになり、文章の内容、流れはもうほぼ出来上がっているので、大きく構造をいじる必要はない。書き直していって、結果的に大きく構成を変えるときはあるものの、基本的にはできあがってる流れに沿って書き直していけばいい。
ってことで、これまで書いた文章を参照しながら、一から書き直し、仕上げる方法がしっくりくる。そう思ってた。
でも、今回大阪弁で書いてみて、いや、そうでもないなと感じた。大阪弁で書いたらからといって、2回書く必要はなくなるわけではない。早くブログを書ききることができるわけではない。
まぁそうやろうなと、うすうすは気づいてたけど。


大阪弁のブログエントリを書こうと思い、最終的な仕上がりを標準語ではなく大阪弁にしようと思いながら書いていたのに、やっぱり2回書いた。大阪弁を、また大阪弁で書き直していった。結局は、大阪弁や標準語やという区別によらず、「書き出すフェーズ」と「仕上げるフェーズ」に分かれていたほうが、ぼくは書きやすいということ。
でも、いつもと違う感覚もあった。
内容が定まって、ブログ用に仕上げていく段階、いつもは標準語で書こうと思いながら進めるけど、今回は大阪弁で書いた。明らかに、いつもよりも筆の進み具合がよかった。さらさらーっとかけていけた感じ。
大阪弁のほうが、やっぱり書きやすい。文章が比較的すらすらと出てくる感じ。言い換えないで、いつも使ってる言葉、素のままの文章。そのほうが、書きやすい。


メモをできるだけそのままブログに仕上げられんものか、そうできたほうが、ブログを書くスピードは速くなり、更新頻度が上がるのではないか、そんなことを考えてるときもあった。
でも、今回大阪弁でエントリを仕上げてみて、そうは問屋が卸さないことがよくわかった。
たとえ、敬体になおさず、標準語になおさず、大阪弁を大阪弁のままブログの一つのエントリを仕上げようと思っても、もう一度書き直す必要があった。
やっぱり、ブログの一つの記事として仕上げるための、文章を整える作業というか、言葉遣いを修正する作業とかは必要。
ちまちま修正するよりも、一から書いたほうが手っ取り早い。今回も、いつもと同じように手っ取り早かった。
メモとかを集めて、全体の流れを整えて、文章を仕上げていくためには、もうこれは必要なことと割り切っていくのがいい。


一発で文章を仕上げようとは考えない。
けっこうそれが、文章を書く上では大事じゃないかな、と思う。
まずは。
次の文章を頭から出そうとうんうん悩まず、思いついたことをそのまま書いていく。だぁーっと書いていく。書いたことを読み返すと、また何か思いつく。思いついたことをまた書いていく。それを繰り返していくと、はっきりしてくる。頭の中ではおぼろげにしかみえてなかったことが、クリアになっていく。
書き出すのは、クリアになるまで続ければいい。なかなか仕上がらなくても、気にせず。見えてくるまで書いては読み返し、書き足しを繰り返す。
そしてクリアになってから、これまで書いたことを見返しながら文章に仕上げていく。
実はこのブログエントリは、仕上がるまで半年以上かかってたりする。一番はじめのメモを書いてから、半年以上。
そっから折に触れて書いては読み返しを繰り返すことで、だんだんとクリアになってきて、書く内容が見えてきて、ようやく一つのエントリに仕上げることができた。そういう書き方も、あったりする。そういう書き方も、いいですよね。

では、お読みいただきありがとうございました。

余談

2度書くことについては、「書いてから、書く。」と題して、こちらでも書いております。

自分も習慣化に取り組みながら、「習慣化」についての連載を書くと、すごくいい

4月から「アシタノレシピ」の執筆陣に加えていただいています。
ほんとうに光栄なことで、ベックさんから声がかかったときは、「是非是非!」と参加を即決しました。というのも、アシタノレシピのいつかの記事で「書いてくれる人誰かおらんかなぁ」的なことを書いてて、立候補しようかなと思いつつ時が過ぎていってしまってたからです。なので、声をかけてもらえたのはほんまにうれしく、今も楽しみながらとりくむことができています。
というのは余談で。
現在、アシタノレシピでは「「習慣化」のための自己サポート集」と題した連載をしています。「習慣化」をテーマに記事を書いてるわけです。
連載の中でも書いているのですが、習慣化について書きはじめたくらいの頃から、「Mediumで日記を書く」ってのを新たにはじめました。習慣化について連載しながら、同時に自分自身も新たなことの習慣化にとりくみはじめたんです。で、これがすごくいいなと感じるんです。

「習慣化」について書きながら、自分も「習慣化」にとりくむ。
「習慣化」にとりくむことによって、それが連載を書く際の具体例となります。具体例があったほうが話は展開しやすいもの。自分が習慣化にとりくんでいる「Medium日記」について触れながら、習慣化についてより具体的に書くことができてる感じです。
さらには、書くことによって気づくこともたくさんある。連載で書くことで自分自身の理解も進み、新な気づきが起こり、習慣化にもプラスに働く。そういう良循環が起きている感じがします。
記事がすごく書きやすいんですよね。習慣化に取り組みながら、習慣化について書くってのは。

考えていることとやっていること、考えたこととやったこととが、書いてあるブログ

思えばこれは当たり前のことで、これってぼく自身すごく慣れ親しんでいる方法であることに気づきました。
ぼくのブログを書く際の基本的なスタンスが、考えたことを試してみて、試してみたことを書いてみる、というものだから。
ぼくの最も好きなブログは、「23-seconds blog」なのですが(ほんとうにおもしろいのでみなさんぜひ読んでみてください)、そのブログ内のあるエントリで、ぼくのブログをこんな風に表現してくれていたことがありました。
「考えることと、やってみることで満ちているブログです。」
このように表現してもらえて、ほんとうにうれしいですし、まさにこのブログを言い表してくれている言葉だと思います。
ぼくが考えていることとやっていること、考えたこととやったことを書くのは、それがやっぱり楽しいっていうのと、そうやって書いていくことでまたさらに考えてやってみて、、、が続いていくから、なのだと思います。
考えたことを試してみて、試したことを書いてみる。と、はじめに考えてたのんとはまた違った気づきが得られ、それを試してみてることに反映し、反映してみながらまた書く。また新たな気づきが得られて、、、の繰り返しがおこったりする。
それがすごく楽しくて。
「考えること、試すこと」と「書くこと」は互いにいい影響を及ぼしあってくれる。からぼくは、ブログを、考えていることとやっていること、考えたこととやったこととを、書く場にしているのだと思います。

おわりに

Atsushi – Medium
ぼくのMediumのアカウントです。自分で「Medium日記」と呼んでいる、1日の活動を振り返る日記は、毎日22時半くらいに更新されるか、と思います。とりとめのないことばかりを書いてるので、自分のために書いている、って部分が強いのですが。
Mediumでは他には、自分のブログの記事も載せたりしています。特に、はてなダイアリーで書いてたときのエントリを読み返し、「知的生産」に関する話をときどきMediumに再掲したりしてます。そんな感じで、Mediumで遊び始めているところです。なんとなしにのぞいていただければ、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。