リストは「信頼できる」ものにしておくこと

ぼくは日々「たすくま」というアプリを利用し、1日の計画を立て、実行し、記録していってます。たすくまに全幅の信頼を置いているわけです。
が、はじめから信頼しきっていたのか、というと、そうでもないわけで。
また、長いこと使っていますが、イマイチ信頼できなくなってしまうことも多々あるわけで。
信頼しきるためには、信頼できるようにメンテナンスが必要だろう、ということです。

たすくまでは、あらゆるタスクをリピートタスクとして設定し、リピートタスクをベースに1日の計画を立てます。
で、使っていくと、たいがい出てくるんです。
リピートタスクとして登録していて毎日リストに顔を出すけれども、頻繁に削除されるようなタスクが。
また、たすくまに登録したタスクには、チェックリスト機能を持っており、作業の手順なんかを細分化して扱うことができます。でも、その
チェックリストが確認されてなかったり、いつもやらずにとばしてしまう項目があったりします。

削除されるタスクや、見向きされていないチェックリストがあるとどうなっていくか。
いつも削除するタスクが増えたり、確認されないチェックリストがふえたりと、じわじわと増殖してくるんです。
こうなると、リストへの信頼感はどんどんなくなっていってしまう。

タスクリストは、信頼できるか、信頼しきれるかどうかがカギだと思うのですが、その肝心な信頼感がなくなっていってしまう。
由々しき事態です。
そうならないためにも、普段使っているタスクリストの中に、いつも先送りされていたるタスクや、何度もリストに載ってくるけどその都度削除しているタスク、ちゃんとら確認されないチェックリストを居座らせてはいけない。
定期的にメンテナンスをして、過不足のないタスクリストを保つ努力が必要かな、と思った次第です。
タスクリストへの信頼を保つためにも。

では、お読みいただきありがとうございました。

何度もおこなうルーチンこそ、「具体的に何をするのか?」を明確にしておく

毎日行うことであったり、毎日ではなくとも頻繁にやるタスクを「ルーチンタスク」と呼んでいます。
で、ぼくはタスクシュートの考えで日々のタスクを管理しているので、ルーチンタスクが毎日、その日のタスクリストにズラっと並ぶわけです
並んでいたとしても、ちゃんと実行されないタスクもあったり。
その原因は、「具体的になにをすればいいかパッとわからない」ことにあると気づきました。

毎日のルーチンではそんなことはおこることは少ないものの、3日おきとか一週間ごとのルーチンでよくおこります。

  • 一週間の振り返りをする

このタスク名がタスクリストに並んでいるとして、じゃあ具体的にどうすればいいかパッとわかるのか?
何度も何度もこのタスクを実行していたら、「じゃあまずデイリータスクリストを見返していこうか。で、その次はプロジェクトリストを見返して。。。」と具体的な手順が思い浮かぶかもしれません。が、まだちゃんとルーチンとして定着していなければ、このタスクを見ても「。。。で、何からやればいいのだ?」となると思うんです。
で、こういう類のタスクは、着手されにくい。
ルーチン化したいと思っていても、まず確実に破綻しちゃいます。
週次レビューとか、このせいで何度習慣化できずに終わったことか。

対策としては、チェックリスト化しておくか、もしくはタスクを分割しておいて、「何をすればいいか?」を明確にしておくこと。
次にすることが明確であればあるほど、「よしやろう」と思わずともやり始めることができる。
何度も何度も繰り返しおこなうルーチンタスクこそ、「具体的に何をするか?」がはっきりわかる形で自分に明示しておいたほうがいいと感じます。

では、お読みいただきありがとうございました。

ささいなことでも億劫になるなら、タイミングを逃さずやるのが吉

ほんのささいなこと。時間にして、5分もかからないこと。それでも億劫になってしまうことがある。

対して、億劫さよりも切実さが勝つことだと、あんまりそれを感じない。
特に、身体的に不快感を生じるものは、億劫とは言ってられず、めんどうくさい気持ちがわかずにすぐ取りかかれる。
爪切りとか(皮膚が弱く、ちゃんと切っておかないと身体が傷だらけになる)、歯磨きとか(しないと口のなかが気持ち悪い)、お風呂に入るのとか(身体がかゆくなっちゃう)。

「それをしなくても別段すぐには困らないこと」が、億劫になりがち。

  • 授業後に振り返って、短くてもいいので、感想を残す。
  • 日記を書く。
  • 他の紙に書いたことを手帳に転記する。
  • やったことに関する記録をのこす。
  • プロジェクトのログを残す。
  • 家計簿をつける。
  • その日にメモしたことを振り返る。

などなど。で、あとあとけっこう大事なのも、この手のこと。

家計簿をつける、日記を書く、その日のメモを振り返るのは、1日ごとに、1日の最後の方にやっておいたほうがいい。数日分ためると、どんどんつけるのが億劫になってしまう。そのときを逃すと、億劫になる。
行動に対する感想やログを残したりは、やったそのときに書いてしまうのが一番いい。そのタイミングを逃すと、とたんに億劫になるし、数日分まとめて、ってこともできない。数日後には細かい部分なんて忘れてしまってるし。で、余計に億劫になる。

と、いうように、タイミングを逃すと億劫さは増す傾向にあるので、すぐそのときににやってしまう。
忘れず、億劫さが増す前に、ささっと。
タイミングを逃さないこと。
それだけで、日々のけっこうめんどうに感じることのめんそうさは、かなり抑えられる気がする。

では、お読みいただきありがとうございました。

やりたい・見返したいことは、思い出せるよう仕込んでおく。仕込んどかないと、忘れちゃう。絶対忘れられないのは、プッシュしてもらう。

授業後、短くていいので、ノートに感想を書こうと決意した。授業の短かい感想を、綴じノートに書き連ねていこう、と。が、それを忘れてしまう。
はじめの数日は忘れずに書いてた。けど、忘れるときが目立ち始め、今週はほとんど書けてない。
溜まると、ちょっと書くのが億劫になってしまう。あと、どんな授業をしたか、忘れてしまう。
書く時間がないわけではないはず。だって、1
2分で書けるんだもの。その気になれば、次の授業が始まるまでに書けるんだもの。
その対策は、やはり「たすくま」にタスクを登録しておく、になる。

授業メモをもとに、一週間ごとに「打ち手」を考えている。メモを見返し、みえてくる授業のやりかた・進め方の課題に対しする打ち手を。
それを授業の振り返りページに書き記しておき、日々また授業準備していく。が、そのときにはすっかり頭から打ち手のことは消えて無くなってて、考えた打ち手をまったく実行せずに次の振り返りの日を迎える、なんてことばかり。
なんとか、考えた打ち手をもとに授業準備できないか。
その対策は、やはり「たすくま」にタスクを登録しておく、になる。授業準備のタスク名に、打ち手の内容を書いておけば、準備の時にかならず目に入る。

やろうと思っていること・見返したいことは、そう思うタイミングでリマインドされるように仕込んでおく。
ぼくの場合、たすくまを見ない時はないので、たすくまにさえ書いておけば、うまくいく。
「この時間に思い出したい!」ときは、時間を設定すれば、しつこくしつこくプッシュしてくれるし。
そんなツールが一つでもあれば、手軽なことは簡単に習慣化できてしまうようになる。

では、お読みいただきありがとうございました。

Taskuma —TaskChute for iPhone
カテゴリ: 仕事効率化, ライフスタイル

「共有」からEvernoteにデータを保存する、2種類の方法

書いたものや撮った写真や音声たち。
これらは、iPhoneやiPadでは、「共有」ボタンを押せばいろんなところに受け渡せる。これが便利で便利で、「共有」を使いこなせると、iPhoneの使いやすさは抜群に上がりそうな予感しかない。

今回は、Evernoteに共有する場合の2つの手段について。

データを「共有」を利用してEvernoteに保存する際、「Evernoteにコピー」と「Evernote」の2通りの方法がある。
実際、EvernoteアプリのインストールされたiPhoneやiPadにて共有を使うと、その2つの名前のボタンが表示される。
Image
この2つの違いを知っていると、共有を利用してEvernoteに何かを受け渡す際、使い勝手が向上する。

Evernoteにコピー

こちらは、共有する際に、Evernoteのアプリにジャンプする。
今起動中のアプリから、Evernoteのアプリが起動されてそちらに移り、共有したデータが本文に添付されたノートを開いた状態になる。
なので、「共有して、そのノートに編集を加えたい時」は、「Evernoteにコピー」を選ぶのがいい。スムーズに編集に移ることができる。
例えば、データを添付したノートにリマインダーを設定したい時なんかは、こっちがいい。

Evernote

こちらは、Evernoteに共有したデータを放り込む。
ノートのタイトルとノートブック、タグを選択し、「保存」を押すと、裏で保存が行われ、アプリは移動しない。
なので、「共有するけど、まだ続きは今のアプリで作業したい時」なんかは、「Evernote」を選ぶのが吉。

おわりに

「共有」は奥が深く、便利な反面ちょっとどういう動きになるか覚えておかないといけなくて、混乱しがち。
今回の「Evetnoteにコピー」と「Evernote」のように、同じアプリに受け渡すにも、選択肢が2つあるものがいくつか存在する。そんなときは、「〇〇にコピー」はそのアプリに移動する、「〇〇」とアプリ名だけ書いているものは、今のアプリから移動しない、と覚えておけばおそらく大丈夫。
共有を使いこなせるようになると、ここのアプリへの依存度は低くなり、いろんな情報をいろんなアプリ間でやり取りでき、データの受け渡しがとても快適になるのでは?と思う。

では、お読みいただきありがとうございました。

Evernoteの強みは、なんでも蓄積していけるところと、これまでの蓄積があるところ

Evernoteの強みは、なんでも蓄積していけるところと、これまでの蓄積があるところ
Evernoteにはけっこうな量のログが残っている。自分の身の回りや家族のこと、あったことやったこと、はたまた思いつきや発見、着想を書き記したメモ。
Evernoteでキーワード検索をかければ、ほしい情報が大概はひっかかってくれる。ピンポイントではないけど、かなり絞れる。ノートが数万あったとしても。Evernoteを使い始めてから今までの数年間に蓄積されてきた個人的な情報が、検索かけるだけで手軽に引き出してこれるのは、なかなかにすごい。

Evernoteに保管してあることの中で、後から参照されるものは過去ログがほとんど。着想をメモしたものも大量に保存してあるけど、それらがまた使われる、見返されることはほぼない。
アウトライナー を盛んに使うようになったあたりから、メモをEvernoteに書くことは激減した。
さらにScrapboxが出てきたことにより、メモをEvernoteには一切入れなくなった。Scrapboxやアウトライナー により、Evernoteは着想メモの保管には適していない、というのが浮き彫りになったから。

アウトライナーやScrapbox以外にも、情報を保存する媒体はいろいろある。手帳やノートも含めると、日常的に、結構な数の媒体に触れている。
最近扱ったものについては、どこを見ればなにが書かれているかわかる。けど、数年が経つと、どこに書いたか、どこで述べたか、どこに保管しておいたかがわからなくなる。短いスパンではなく、長いスパンで見ると、これまでのいろんな情報が、Evernoteという一箇所にとりあえずは存在している、ということの強みは、でかい。
いつ起こったことなのか、いつメモしたことか、どこに書いたのか、ちゃんと書き残しているのかどうかすらわからない。けど、とりあえずEvernoteを検索してみると、出てきたりする。Evernoteをそういう場所にしておく。
ほんーのひと手間かける。「Evernoteにも保存しておく」というひと手間を。ぽいっと放り込んでおくひと手間を。

いろんな媒体に散らばる情報。それらを一つにまとめるられることの価値はけっこう高い気がする。普段はほかのツールやアプリを使うけど、とりあえずEvernoteにも残しておく。いざ数年前のことを参照したければ、Evernoteで検索かければ見つかる。そういう場所。
Evernoteの強みは、なんでも蓄積していけるところと、これまでの蓄積があるところ。
Evernoteの使い方として、ログの蓄積に特化すると、すごい頼りになる存在に思えてくる。どうか、ずーっと続いてほしいな、Evernote。

欠乏はなにをもたらすのか〜『いつも「時間がない」あなたに: 欠乏の行動経済学』を読んで学んだこと〜

余裕のあるときはついついダラダラ過ごしてしまい、そのために時間を浪費してしまう。余裕のあるときに、先に待ち構えている仕事に手をつけたり、仕事の進め方を見直したりすれば時間がない状況に陥らなくて済むと頭ではわかっていても行動に移せなかったりする。

これは、時間に対する欠乏感がないから、と考えられる。なので、仕事が立て込んできて時間がなくなってくると、欠乏感が出てきて心が今しないといけないことに占拠され、注意が集中していく。

478.仕事でも楽しみでも、時間があまりないときのほうが得るものは大きのだ。私たちはこれを「集中ボーナス」と呼ぶ。

欠乏は集中を引き出してくれるので、メリットに感じる。けれども本書で繰り返し繰り返し述べられるのは、欠乏はむしろデメリットの方が大きい、ということ。

829.欠乏への集中は無意識であり、人の注意を引きつけるので、ほかのことに集中する能力を邪魔する。

924.本性の中心的仮説、つまり「欠乏は直接的に処理能力を低下させる」につながる。低下するのは個人の生来の能力ではなく、その能力のうち現在使えるものである。

欠乏は、処理能力の低下を引き起こしてしまう。で、これが実に厄介で、人の行動の全ての足を引っ張ることになりかねない。
欠乏が集中力を引き出すものの、つねに注意が向いている事柄が頭を占拠することになる。常時気になるので、意志力が消費し続けられる。それが処理能力を低下させ、欠乏感が増す。もはやほかのことには意識が向けられなくなり、さらなる処理能力の低下を引き起こす、みたいに。

3042.余裕があまりに少ないと、抵抗しなくてはならないことが多くて、結局自制心が枯渇してしまう。

余裕の存在が、自制心に大きな影響を与える。自制心がきかなくなるとは意志力が低下するということ。


興味深かったのは、欠乏に陥っている人たち(貧困者をとりあげている)に対しておこなう、欠乏から抜け出すためのプログラムのデザインについて書かれている部分。

3180.なぜパイロットの操作ではなくコックピットの設計を見ないのだろう?なぜクライアントの弱点ではなくプログラムの仕組みに目を向けないのか?パイロットは失敗することもあり、コックピットはそのような失敗を制御できるような賢い構造にする必要があると認めるのであれば、なぜ貧困者についても同じことができないのか?

まず、プログラムの仕組みに目を向けることの重要性を述べ、

3180.重荷を背負って疲れきっているクライアントが授業を一度欠席するとどうなるだろう?授業中にぼんやりしていたらどうなるだろう?次の授業がちっともわからなくなる。もう一度か二度と欠席すると、脱退するのが当然の成り行きである。もはや授業の内容をほとんど理解できないのだから、脱退が最善の選択とさえ言えるかもしれない。柔軟性に欠けるー一回の授業が前回の授業をもとにつくられているーカリキュラムは、処理能力に過剰な負荷がかけられている生徒にとって寛容な環境ではない。

柔軟性に欠けるカリキュラムは、処理能力に過剰な負荷がかけられている生徒にとって寛容ではない、と指摘する。柔軟性に欠けるカリキュラムとは、一回の授業が前回の授業をもとにつくられているもの。
学校での教科の教育は基本的にこのカリキュラムで進む。前回があって、今回の内容を理解することができる。数学は特にその傾向が強いがために、生徒にとってもっとも寛容でない教科なのかもしれない。
では、どういった授業の進め方がいいのか。
今はまだわからない。けど、この事実を念頭に入れて授業の流れをデザインすることは、難しい・わからないと感じられがちな数学をもっと楽しめるように提示していくためには必要なことだと感じている。


欠乏感がどの程度自分に影響を与えているのかは、実際のところは自覚しにくい。けれども、「余裕がないと、知らず知らずの間に自制心が低下してしまっている」という知識は、自分の行動や状況を見る目に変化を与える。
余裕があるかないかというのは主観的なものなので、置かれた状況は同じでも、自分が余裕を感じれるような対策を講じれば、もしかしたら処理能力は回復してくれるかもしれない。で、これはライフハックに通じていく話だろうと思う。
本書から、「欠乏」がもたらすことについて知ることができたのは、大きい。

では、お読みいただきありがとうございました。