知的生産って?と、かーそると、すべてはノートからはじまると

「知的生産」とはなにか。
知的生産の技術」での定義は、

知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ

ということになっています。
そしてぼくは、この定義の「ひとにわかる」という部分の「ひと」には、自分も含めてしまえばいいと考えています(これについてはかーそる第1号にて書きました)。

すると、「知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、(自分も含めた)ひとにわかるかたちで提出すること」となります。


ノートは何のために存在しているのか。
書かれるためです。
ここでいうノートは、紙のノートはもちろん、テキストエディタやアウトライナーなど、広く「記録する媒体」のように考えておきます(「すべてはノートからはじまる」でのノートと同じ定義としておきます)。
書いたものは多岐にわたるでしょうが、中には「なにかあたらしいことがら」にあたるものも存在するでしょう。
となると、ノートに書かれたものは、知的生産になり得る、と言えます。
たとえ個人的な、自分以外の人が見返さないノートに書かれたことがらであっても、知的生産の対象に自分を含めれば、それは知的生産と呼んでも何もおかしくないと思います。

書くことと知的生産は、決して同じではないにしろ、近しいものである、ということになります。
ただ書くだけでは、「知的生産の技術」での定義における知的生産にはなりにくいとはいえ、書くことは「知的生産」のはじまりであると言えるでしょう。
この意味において、メモもまた知的生産のはじまりと位置付けることができます。


かーそる 2021年7月号」のテーマは、ノート・メモについて。
メモを残すことについて、ノートを書くことについて、書いたものをどう扱うのかについて、ほんとうに彩のある1冊になっていると思います(かーそるという雑誌は、いつもそうです)。
「知的生産の技術で盛り上がる雑誌」の名に恥じないド直球のテーマでありながら、直球から変化球まで多彩な文章の数々に出会える雑誌です。
かーそるの書き手の中の一人としてノート・メモについて書かせていただき、光栄であるとともに、この雑誌が、求める人の手に届くことを願っています。


奇しくも、同じ時期に、同じくノートが主題の、かーそる編集長の倉下さんの著作「すべてはノートからはじまる あなたの人生をひらく記録術」が発売されました。
まだすべてを読んだわけではありませんが、読み始めてすぐ感じたのが、「これこそが知的生産の技術ではないか」「ここで語られている記録術についての話と知的生産とは同一のものであると言えるのではないか」といったもの。
楽しく読ませていただいています。
そして読み始めて確信したのが、本書はぼくの中では待望の書だったんだということ。自分が書いたものではないのに、本のタイトルでエゴサーチしてしまうほどに、どう受け止められるのかが気になる本です。
それはきっと、一人の倉下ファンとして、「こんな書き手がいるのですよみなさん!」という気持ちと、まだ見ぬ倉下ファンに届いて欲しいという気持ちがぼくの中に強くあるからだと想像します。


では、お読みいただきありがとうございました。

勝手に信頼できなくなったメモ帳への信頼を取り戻すために

何かしら思いついたことや覚えておかないといけないことは、「すべてを書きつけていく用」のノートに書きつけていってます
今はObsidianがその役割をになってくれており、日中は基本的にはMac上で起動させているObsidianに書き込んでいき、家では先日AppStoreに公開になったばかりのObsidian Mobileを利用して、書き込んでいってます。
なので最近は、基本的にはメモを書くときには紙を使わず、Obsidianに直接書き込むこんでいます。

とはいえ、Obsidian Mobileの起動はそんなに早くなく、シチュエーション的にiPhoneを取り出せないこともあるので、紙のメモ帳を常に持ち歩いています。
ただ、困ったことがありまして。
紙のメモ帳を使う頻度が少なくなった影響で、メモ帳を信用できなくなっているんです。


常にObsidianを使っているわけですから、Obsidianに書き込まれたことは常々目に入ります。なので、Obsidianに書き込まれたことなら忘れてすっぽかすことはないだろう、という確信があります。Obsidianはかなり信頼しています。
が、メモ帳はそうではないのです。

ほとんどのメモをObsidianに書き込んでいるので、メモ帳を使うのはときどき。頻度で言うと2,3日に1度くらい。
それくらいしかメモをメモ帳に書き込まないようになると、メモ帳をしょっちゅう見返す、なんてことをしなくなってきます。見返すのは、次書き込むときくらい。
で、これがヒジョーにまずい。
とても大切なことを書いたとしても、それを見返すときにはそのことは終わっていた、なんてことが起こる可能性がけっこう高い。なんせ、2,3日に1度しか見返さないわけですから。
見返さない恐れがあるところに、積極的にメモを書こうなんて思えない。
なので、大事なことほどちゃんと書き残して、それを見返すことで忘れないようにしたいのに、忘れてしまう恐れのあるメモ帳なんかに書けない、となってしまう。
いつでもObsidianに直接書き込めるなら問題はありませんが、そううまくはいかないので、大切なことをメモ帳に書くしかない時も出てきます。
見返さない恐れがあるところに、忘れちゃいけないことを書いておこうなんて思えない。
完全にObsidianでいくということはできないので、紙のメモ帳は必要で、ちゃんと大切なことを書いても見返すようになっておかないと、メモ帳を信頼できるようになっておかないといけない。
ちょっと、メモ帳の使い方をちゃんと考えないといけない。

まず思いつくのは、メモ帳に書いたことを処理するタスクを必ず実行すること。
毎日デイリータスクリストを作成して、そこに書かれていることを確認しながら仕事を進めているので、そのリストに書いておけばいい。
でもこの方法は、これまでタスク管理をしてきたことからけっこう危ういことを知っています。
忙しい時ほど、そういう瑣末(に思える)なタスクはすっぽかされがち。実際は、瑣末ではないにもかかわらず。
別の対策が必要です。

あれこれ考えました。
iPhoneは常に持ち歩き、しょっちゅうポケットから取り出します。なので、iPhoneにメモ帳を貼り付けておけば、勝手に目に入ってくれて勝手に目に入ってくれて、見返し忘れはないだろう、とか。
いや、でもそれやとiPhoneを取り出すことが憚られるときにはメモできなくなってしまう。いかんいかん。やはりメモ帳は必要。
で、メモ帳は、ずーっとポケットに入れておくわけではなく、1日に何回かは、たとえば着替えるタイミングや仕事を終えた時などはポケットから取り出すタイミングがある。そのときに、書いたメモが目に入るようにしておけば、そのタイミングで確認することができる。
メモ帳の使い方を少しだけ工夫すれば、書いたことが勝手に目にはいるようにすることができ、勝手に目に入れば書いたことを確認できるので、忘れ去らずに済む。
じゃあ、取り出すときに書いていることが目に入るようにしておけばいいじゃないか。
というわけで、「1ページ目を常に開いた状態」でポケットに入れておこう、ということになりました。


  • メモ帳を使ってても、メモを書いたことを忘れて見返さない
  • 「メモ帳を確認する」というタスクは、すっぽかされることがあり、心許ない
  • なので、1日のどこかのタイミングでメモ帳に書かれたことが勝手に目に入ってほしい

よって、メモ帳は1ページ目を開いて携帯しておく。ポケットから取り出すときに、自然と書いたものが目に入るように。

とりあえずそういう使い方をしつつ、紙のメモ帳とObsidianの両方をうまいこと使っていきたいな、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

自分にあったメモのとりかたは、試して見つけていくもん

ふとしたメモは、のがさず、なんでもかんでも書いていきたい。そう思っているものの、なかなかメモをガシガシかけてないな、という感覚がずーっとあります。
iPhoneのアプリをいろいろと設定して、メモを自分の望む形で_カードみたいに、くれるように_保管できるようにしたり、5×3情報カードを普段から肌身はなさず持ち歩いたりしてきました。「メモ帳」は常に装備してたわけです。でも、思うようにメモが増えない。
で、最近はカードをやめて、ノートを持ち歩くようになりました。すると、カードを持っていたときよりもメモをガシガシ書けるようになってきたんです。カードの方があとあとうんじゃかんじゃ考えるには絶対いいんですけれども、でも、ノートを持ってる方がメモは増える。役立つメモが増えたわけではないとは思うんですが、それでもメモが増えることは望ましいこと。ひっさびさにノートを持ってみて、「あぁ、ぼくにはノートがあってるんだな」とすごく感じました。

「1枚1項目」「1ページ1項目」が、どうやら合わない

カードにメモをとるときは、一枚につき一つのテーマについて書いていきます。また、以前「100円ノート『超』メモ術」式にノートを使っていたときは、見開き1ページで一つのテーマについて書く、ということをしていました。けれども、それ、ぼくにはあんまり合わないんじゃないか、なんて思ってきたんです。実際、再びノートを持つようになって、今回は1ページ一項目とか関係なく、順番に書き連ねていってるんですが、そのほうが格段にメモしようって気になるんです。
1ページ一テーマとか考えず、そんな決まりなんてもうけず、好きなことを書いちゃえ。そういうスタンスでいたほうが、メモって増えるもんなんですね。ぼくはそうみたいなんです。だから、あとあと利用しやすい、活かしやすい「カード」よりも、「ノート」に書き付けていった方がメモ自体は増えてくれる。

もちろん、カードもこれまで通り使っていきますが、今までがカードに偏りすぎてたと感じるので、ほどよく、どっちも十分に活かすことができるようなバランスを探していこうと思います。

フリック入力では、なかなかメモらない

iPhoneのメモ環境もこれまで模索し続け、満足いく形でテキストメモを保管できるようになったことはなったのですが、なかなかメモが増えていかない。なんでだろうと考えてみると、原因は「フリック入力」にあることに気づきました。

フリック入力で文章を打つのが、あんまり好きではない。だから、紙に書けないときにだけ、iPhoneを使ってメモをとろうという、サブ的な役割になる。と、この時点で、ガシガシメモをとろうという気持ちでなくなってるわけです。「やむを得ないときにはiPhoneでメモろうかな」、なんて消極的な姿勢では、メモは増えてはいきませんでした。

夏場って季節も、フリック入力には向きません。だって、手汗かくと入力しづらくなっちゃうんですもの。手汗かきのぼくにとっては、これはなかなか乗り越えがたい壁かもしれません。対して、冬場は手汗は比較的ましになるので、もっとガッツリメモをとっていけるようになればいいな、なんて期待をしております。

季節に影響を受けるフリック入力。快適なメモの環境を手に入れるためにも、今後も模索し続け、さらに快適さを追い求めていく必要がありそうです。

試してみなけりゃ、見えてこない

iPhoneを使うようになり、Evernoteを利用し、メモをとるという行為を日常的に行うようになって数年。たくさんの方法を模索してきました。
iPhoneでは、いろんなアプリを使ったり、Evernoteにメモを保管したりしなかったり、快適にメモがとれるよう、メモアプリの環境整備につとめたり。
手書きでは、メモパッドを持ち歩くようになり、母艦ノートとメモパッドの体制でしばらくメモをとり続けたり、A6サイズのノートを常にポケットに携帯するようになったり、情報カード一本に絞ってみたり、ルーズリーフを試してみたり。
振り返ってみれば、かなりいろいろなことをやってきたなぁ、と。で、結局ノートに戻ってきたのは、いろいろ試してみたからこそ。必要なメモ試しまくり期間だったんだと思います。
メモの量は、メモをとる環境が快適であれば、増えます。自分のふとした思いつきをキャッチできるかどうかは、いかに自分が快適と感じる環境を手に入れるかにかかっています。その環境をゲットするための近道はないんだろうと思います。考えて、試して、変えてみて、また試して。なんでもそうですが、やってみないとわからないことも多いので、とりあえず試してみるってのが大事なんでしょう。

おわりに

なんだかすごく当たり前な結論にたどりついたんですが、久々に「すべてを書き付けていく用」のノートを持ち歩くようにしてみて、メモが増えているうれしさから、書きたくなったので。
たぶん、今後もあれこれ試しては、より自分にあったメモの形ってのを探していくことと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

おわりのおわりに

この記事を書いたのは今から7年前。
今でも、「すべてを書きつけていく用」のノートにすべてを書きつけていってます。
その日やろうと考えているタスクから、やったことに対するメモから、なんやらかんやら。
書きつける対象は紙のノートからアウトライナーに代わり、また紙のノートを使ってはiPadのメモ帳にいき、今はObsidianに行きついている、という感じ。
その時々で何に書きつけているかは変化してきましたが、本記事書かれていることは今でも変わっていません。
「何に書くか」は変化するかもしれませんが、「どう書くか」は結構固まってきたので、引き続き「すべてを書きつけていく用」のノートを使い続けることと思います。

全然関係ないことなのですが、読み返して感じたのが、今と改行の仕方が全然違う、ということ。
文章を書くリズムも、時と共に変遷していってるのかもなーと思いました。

では、お読みいただきありがとうございました。

「記録すること」の重要性

「記録しておく」。自分の中でその行為の重要性が日に日に増していっております。元来、めんどうくさがりなぼくですが、色々と工夫しながら、手間無く簡単に、かつ意味のある記録をする方法を模索しております。
なぜそんなに「記録」が重要なのか。

不確かな「記憶」と確かな「記録」

「過去の自分は他人である」と言われるほど、記憶はあいまいで、忘れ去られることも多く、また、知らず知らずのうちに書き換えられることも多々あります。
様々なことを書き留め、記録しておく。それしか曖昧な「記憶」に対抗する術はありません。

「初心」を記録する

「初心者忘れるべからず」と言われるのは、初心は忘れやすいものだからでしょう。それをしっかりと書き留めておく。
一番始めに燃えたぎっていたやる気・情熱というのは、少しずつではありますが確実に弱まって来るものです。それを再燃させるには、はじめの決意を蘇らせ、そのときの気持ちを取り戻すことです。人は知らず知らずの間に変化していき、初心を忘れてしまうこともあります。そんな自分に活を入れるためにも、「初心」は必要になってきます。

「時間」を記録する

時間は過ぎ去っていくもので、あえて目を向けることをしなければ、どんどん浪費していってしまいます。それを防ぐためにも、時間の記録を取ることは重要すぎてなりません。
時間の記録をとることで、行動にかかる時間の見積もりが正確になって行きます。もし記録がなければ、いくら理想の時間の使い方を考えたとしても、実際の使い方と照らし合わせることができず、机上の空論となってしまいがちです。
また、見積もりが正確になると、一日の見通しが良くなります。それは集中の大敵「不安」を取り除くことにつながり、より集中して作業に取り組むことにつながります。

「そのときそのとき」を記録する

日記やライフログも大切な記録の一つです。その日一日を記録することで、自分の歩みを確固たるものとすることができます。
日記では、毎日の自分の変化に注目して記録することもなかなかいいです。ぼくは毎日「今日は昨日と比べてどんな成長があったか?」という質問に答えるようにしています。
日々の変化というのは見えにくく、自分が成長できている実感というのはなかなか感じることはできません。成長の実感は次の成長への大きなモチベーションとなります。それを逃さないためにも、毎日の変化を見つめていくということは、とても大切です。

「目標」を記録する

「よしやるぞ!」と目標を設定しても、ぼく、よく忘れちゃいます。忘れちまったらおしまいなので、目標を書き留め記録記録。そのときそのときの目標を記録することは、大きな視点で自分がどこに向かっているのかを確認することができ、方向を見失わないですみます。
また、目標の達成度を知るためにも記録は必要です。そして目標設定と達成度の確認を繰り返すことで、目標設定力というのはついていくものだと思います。

おわりに

「記録」するのは、めんどうくさいです。記録する対象が増えれば増えるほどめんどうくささは増し、「いちいちやってらんない!」ってなっちゃうかもしれません。でも、「記録する」ことは間違いなく大切な行為です。
めんどうくささに対抗するためにも、記録の大切さを自覚することが必要なんじゃないかなーとか思ったりしています。

では、お読みいただきありがとうございました。

おわりにのおわりに

この記事は10年前に書かれたもの。このころからずっと、記録を大切にしています。つまり、10年分の「そのときそのとき」や「目標」の記録が蓄積されている、ということです。
それらが実用的に役立っている、というわけではありませんが、その気になれば10年前の今日に何をしていたのか詳細に振り返ることができます。12年前になるとまったく記録が残っておらず、なにしてたかなんて一切わからないわけで。
記録があるかないかはえらい違いだなぁと感じます。

記録は、ときどき役に立つことはありますが、劇的に何かを変えてくれるのかというとそういうものでもないと思います。
でも、確かにそれが存在している、ってところに価値があるのかもな、と今は感じます。

では、お読みいただきありがとうございました。

「過去の自分」のに触れれることのおもしろさ

iPhoneを持つようになり、Evernoteを利用するようになって、「メモる」という行為が自分の中に根付きました。
また、ブログを書き始めたことで、「今、自分が考えていることを、ある程度まとめておく」という、それまでになかった習慣も身につきました。
「メモ」と「ブログ」。この二つは、「今現在の、自分の考えを切り取り、保管する」ということをしてくれています。3年ほど前までなら、Evernote内をさかのぼってメモを見ることができますし、2年半前ならブログの記事も読み返すことができます。
それ以前の自分も、ノートにあれこれ書いたりしていました。でもそれは、特定の分野についてであって、今ほどなんかっちゃぁメモしていたわけではありません。日記も続けて書いたことありませんでした。「メモ」や「ブログ」を書いていなかった、それ以前の”自分”に出会うことはなかなか困難なわけです。

いやぁ、もったいないことをしてまいました。

”過去の考え”は新鮮でおもしろい

メモを習慣的にしてこなかったころは、自分は自分であって、まるで別人に感じることなんてないやろうと思ってたと思います。
でも、メモをとるようになって、それが勘違いであることがわかります。だって、たった一月前のメモとかでも、まったく自分が書いた覚えのないものが1つならず、3つも4つもあるんですから。
これはブログにも言えます。ブログはメモと違い、ある程度は考えをまとめて書いてるので、より記憶に残りやすいはず。いやいや甘い甘い。自分が書いたとは思えない記事なんてわんさかあります。
そういうのんに出会うのが、すんごい楽しい。今の自分とは違う自分との出会いです。

過去の自分が考えたことやから、新鮮でもなんでもないはずやのに、今の自分が見たらすんごく新鮮に感じる。過去の自分が新鮮だなんて。
「こんなこと考えてたんか!」と、感心することもしばしばです。ほんま、過去の自分さまさまです。ただ単にぼくの記憶力がなさすぎなだけかもしれませんが。
中でも、読み返して一番新鮮に感じるのは、「メモ」です。その刹那に思いついたことは、別にすごいこととか書いてる訳でなくても、くだらんことを書いてても、ほとんどがくだらないことしか書いてないんですが、見返すと面白いです。
刹那的に思いついたことの方が、確実に忘れていますものね。

おわりに

メモをとり、ブログを書くことで、今の自分を切り取る。これは、よっぽどのことがないかぎり、これからも続けていくと思います。
読み返してるのは、過去の自分が書いたものなので、別に役立たんのですが、おもしろい。
過去の自分がおもしろいとなると、自分がどんなこと考えてるのかってのをより記録していこうと思うわけで。そんな、”自分の考え”ってのに、以前より確実に興味をもつようになりました。
自分ってのはなかなか興味深い生き物です。
「ほんまかいな?」と思うのならば、しばらく思いついたことやら気づいたことをメモって保管しておいてみてください。それを読み返すと、きっとそれまで以上に自分に興味を持つはず。

では、お読みいただきありがとうございました。

おわりのおわりに

、、、という、過去に自分の書いた記事に触れ、ちょっと修正し、過去のブログから今のブログに移植しました。
少し前から旧ブログの過去記事を読み返し、ちょびっと修正して現ブログにて公開し直す、ということをやっています。
中にはほんとに読みかえせてよかったと感じたり、なかなかに良いなぁと思う記事もあったり。
「過去の自分」のに触れることは、あいも変わらず面白いものです。

では、お読みいただきありがとうございました。

ObsidianMobileが「Obsidianの手入れ」を後押ししてくれる

Obsidianに毎日お世話になっています。
モバイルアプリの開発が進行中で、開発を金銭面においてもサポートするユーザーを対象としてβverが公開となリマした。サポートの金額によってランクがわかれているのですが、一番リーズナブルなサポーターに対しても公開になったタイミングでライセンスを購入。今週のはじめくらいからObsidianのiOSアプリβverを利用中です。
このモバイルアプリがかなりすごくて。
今まではDropboxにデータを入れることでデバイス間での同期をしていましたが、モバイルアプリではiCloudを使う必要があったので、そちらに全て移行し、使っています。

モバイル版のすごいのが、プラグインが動くところ。
Obsidianでは、機能を拡張するために、コアプラグインとサードパーティプラグインをインストールすることができます。
コアプラグインは、公式に提供されているプラグイン。
サードパーティープラグインは、有志で作成されたプラグインで、様々な機能を提供してくれており、いくつかのプラグインをインストールして使っています。
Obsidian上のページを公開する「Obsidian publish」はコアプラグインの中の1つで、publishの契約するとそのプラグインが使えるようになる仕組みになっています。

モバイルアプリでは、全てではないものの、多くのプラグインが、デスクトップアプリと同じように動いてくれるんです。そして、Obsidian publishも動いてくれます。
ということは、publishしているページの修正や、新たなページの公開が、iOSアプリからもできる、ということ。iPhoneでpublishページに編集を加えることができるわけです。素晴らしい。

以前はScrapboxにて公開していたメモたち全てObsidianに移行しているので、それらのメモをpublishの機能を利用して公開していってます。
その際、そのまま公開するのではなく、不要なリンクは削除しつつ、お互いがよりリンクするよう修正を加えながらpublishしていっています。
修正を加えて公開するくらいなら、iPhoneからでもなんとかできるので、というか、ちょっとした時間を利用してちまちまと修正を進めることができるので、モバイルアプリを使いはじめてからpublish作業がかなりはかどっております。
Obsidianには、ブログの下書きもけっこうな数保存されていて、それらに関しては、1つの記事から複数のObsidianのページが生まれたり。
ObsidianPublishとブログには明確な境界線があり、ブログは、他の人にもわかりやすい形で、できるだけ1つの記事で完結することを意識して書いています。なので、1つの記事でいくつかのテーマに触れいることが多い。一方でObsidian publishでは1ページ1テーマを貫こうと意識しているので、ブログをObsidian publishにて公開する場合は、1つの記事を1テーマずつに分割する必要があり、1記事からいくつかのページが生まれることがよく起きる、というわけです。
そういったことを、気軽にiPhoneでできる、というのは、すごく楽しい。
そう、過去のメモやブログの記事を見返して、Obsidian publishにて公開する用に修正していくのは、楽しい作業なんです。それをいつでもiPhoneでできる、というのが、素晴らしい。
楽しいとはいえ、修正を加えるのは簡単なことではなく、それなりにあれこれ考えることになるので、頭はけっこう使います。なんぼでもできる、というわけではありません。ちまちまと進める必要があり、それにはiPhoneがピッタリだなと感じます。

モバイルアプリも使いつつ、どんどんObsidianの手入れをしていければな、と思っております。
よろしければ、本と思考のカードボックスをのぞいてください。

では、お読みいただきありがとうございました。

情報カードと、本と思考のカードボックス

「情報カード」をご存知でしょうか。

情報カードは、簡単に言うと「ちょっとコシのある、一定の大きさの紙」のこと。
大きさは名刺サイズの小さいものから、B6サイズのものまで色々あり、大きさによって使い分けることになります。

『知的生産の技術 (岩波新書)』(梅棹忠夫)を読んでから興味をもち、A6サイズのものをけっこう長い間使ってみたり、5×3サイズをガッツリ使ったり、はたまた名刺サイズをメモを捉える用として常備したりと、色々と試してみました。
今はもう情報カードを使ってはいないのですが、何かしら書かれたA6サイズ・5×3サイズの情報カードは結構な枚数が机上に鎮座していたり、ほんの一言を書きつけた名刺サイズの情報カードが箱に収まっていたり、情報カードを使った形跡が今も机上には残っています。

今は基本的にはObsidianを使っており、情報カードのようなアナログなツールは使っていないのですが、でもやはり情報カードには魅力があります。
情報カードの「操作のしやすさ」は、最強じゃないかと思うんです。
何かしら書きつけたカードを机の上に並べ、近しいものは束ねたり、そういう操作を通してわかったことをデジタルに書き換えたり。

カードの書き方の基本は、1枚1テーマでまとめていくこと、というか、大きさの制約上、1枚にいくつものことを盛り込むことができないので、自然と1枚1テーマになる感じです。

情報カードを大量に使うようになると、書いたカードをしまっておくためのボックスが必要になってきます。
情報カードに何か書いたら、それをカードボックスにしまう。
カードの大きさにもよりますが、ふとしたメモやちょっと考えたことをまとめた物などを書き残していくと、どんどん情報カードボックスは増えていき、手に負えない感がありました。
とはいえ、書いたカードはボックスにしまうという基本方針が、カードを使っていく際に重要ではないかな、と感じます。


基本的に情報はObsidianに書くようになってから、読書メモや読んだ本の感想、ふと思いついたことをまとめた物などは、1日の色々を書きつけていくデイリーページから切り出して、個別に1ページを与え、個々に置いておくようになりました。
ページごとに分割されていてリンクで繋げることができるアプリは、1ページ1テーマを保持しやすいので、Obsidianも1ページ1テーマに保ちやすい。なので、書く時の作法として、1ページ1テーマを心がけて内容をまとめていっています。

そして、先に述べたように、情報カードも1枚1テーマで書きつけていくことを基本とします。
Obsidianの1ページ1ページは、情報カードの1枚1枚と似たところがある、というか、情報カードの利用法を真似てObsidianを使っています。

よって、Obsidianは情報カードボックスである、と言えそうです。


日常的に、かなりヘビーにObsidianを使うようになり、ObsidianPublishの機能を使って一部のページを公開するようにしました。Obsidianには、好きなページをブログのように公開する機能があるんです。
Obsidianにはいろいろなことを書いているのですが、その中でも、本を読んだ感想を書いたページや、考えたことを1ページ1テーマでまとめているものをPublishする、という方針で公開しています。
つまり、情報カードの利用法を真似ているものに関して公開していることになります。
また、先にObsidianは情報カードボックスである、と言え流ことを確認しました。

以上より、本や考えたことを書いたページ、情報カードのように運用しているページを公開しているので、Publishしているサイト名を

とすることにしました。
今はまだいろいろとどういう形がいいか模索している段階ですが、是非是非訪れてみていただければと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

仕事を進める上でなくてはならない道具7選

ぼくは、高校で教員をしています。
教師の仕事は、ただ教科を教えればいいってものではなく、他にも色々とやることが結構わんさかあります。
それらをこなしていこうと思うと、道具の力を借りなくては、にっちもさっちもいかなくなります。ぼくの場合。
仕事に就くちょっと前に「ライフハック」という言葉を知り、そこで色々と自分なりに調べては試し、タスク管理をし始めることができたことは、今思えば、自分にとってはかなりの財産になってくれているな、と感じます。

仕事に就いてはや10年。これまで仕事をなんとかこなしてこれたかな、と思っているのですが、その時々でタスク管理を試行錯誤し、それなりに自分にあった手法を見出してきました。
おそらくこれからもやり方や使う道具は変わっていくとは思いますが、今現在使っている、仕事を進める上でなくてはならない道具を紹介していこうと思います。

  • Mac
    • Obsidian
  • iPhone
    • 1writer
  • iPad
    • iPad+Apple Pencil
    • Noteshelf
    • Keynote
  • Hand Writing
    • JETSTREAM
    • pocket size memocho

Obsidian

まずは、Obsidianにて連用手帳をしているので、Obsidianは欠かせません。今はかなりお世話になっています。
仕事中は基本的にはデイリーページを開きっぱなしにし、そこに書き出されているタスクを一つ一つ消化しながら、何かあればメモをする、という日々を過ごしています。

1Writer

ObsidianはiPhoneでは使えないので、代わりに1Writerを使っています。
iPhoneではショートカットと 1Writerを用いて、Obsidianのデイリーページへ一発アクセスできるようにしてあり、デイリーページに何かしら書き込みたければ1Writerを使う、という使い方です。

iPad+Apple Pencil

iPad+Apple Pencilは、仕事では欠かせない存在となりました。

板書計画をたて、それをそのまま授業に使うことができる。
配置も自由に決めることができ、書き直しが容易であること。書いてから配置を変えることができるのは、考える際にとてもありがたい。

NoteShelf

今は書き心地と機能を考えて、NoteShelfを使っています。

書き心地がなかなかよく、機能も充実している。また、書いたものをコピーし、他のアプリに受け渡すことが簡単で、そういった細かい部分も気に入って使っています。

Keynote

iPadアプリでもう一つ欠かせないのが、Keynote。
授業をする際に、よく電子黒板を利用してあらかじめ用意してあった板書内容を生徒に提示するのですが、その際はKeynoteを使っています。
また、数学の問題の解説動画を作ったりするときには、Keynoteの手書きによる注釈と画面録画を利用しています。
なので、なかなかにお世話になっているアプリです。

JETSTREAM

文房具が好きで、特に紙質とペンの書き心地にはこだわるほうだと自分では思っています。
なので、ボールペンであればJETSTREAMの書き心地は欠かせない。
ストレスなく、ぬるぬると紙の上を線が滑っていってくれるあの感覚は、とても心地いいものです。

pocket size memocho

最後は、ポケットサイズのメモ帳。
基本的にはiPhoneを取り出してメモをするのですが、それがはばかられる時やiPhoneを持ち歩いていない時はメモ帳にメモし、後でObsidianに転記したりそのまま使い終われば破棄したり。
メモ帳とJETSTREAMのタッグは、今回の道具の中では一番の古参で、長いことお世話になっています。


思い返せば、メモ帳を常に持ち歩く、というのも、仕事に就くちょっと前からやり始めたことでした。
ライフハックというものを知り、学び、試してみたこと。
メモ帳を常に持ち歩き、メモをするという行為を自分のものにできたこと。
そして、同じ時期にiPhoneを使い始めたこと。
これらは間違いなく、ぼくに大きな転換をもたらしてくれました。
どれもが、10年経ってもいまだに活躍してくれているので、これからも大切にしていきたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

ページの書き換えを反映したいので、Obsidianのpublishを使い始めた

book scrapbook」をObsidianのpublishに移行しようかな、と考え始めた。

こう思ったきっかけは、Obsidian上のページを見返して書き換えていたとき。

ぼくはあれやこれやをObsidian上の”デイリーページ”に書いており、メモしたことをデイリーから個別ページへの切り出してScrapboxにて公開している。
個別ページに切り出されたものの書き換えをし、他のページとのリンクのさせ方を変えると、Obsidian上では互いのページの結びつきが変化していくけど、それを公開しているScrapboxではObsidianでの書き直しを同期しないと変化していかない。これがなぁ、と。
ObsidianとScrapboxという別々のところに書いているので、いちいち同期するのは現実的ではない。

  • Obsidian上でページを書き換える
  • →コピーする
  • →Scrapboxにて、書き換えたページを検索する
  • →コピーしたものを貼り付ける

という工程を経なければいけない。手間に思って確実に続かないのは明らか。
となると、ページの書き換えまでを公開に含めたいとなると、Obsidianのpublish機能しかないかなぁという結論に至っているところ。

Obsidianには、ページを公開する機能を有料で提供してくれている(Obsidian Publish)。それを使おうかな、と。
静的サイトを作ってやればいけるのかもしれないけど、ObsidianのようなGraphは表示されないし、「リンクされてるページ」の表示も難しいのでは?と思ったり。
あとは、Obsidianには日頃とてもお世話になっているので、課金してもいいかな、という気持ちもあり。
かつ、色々と書き換えていったらそれがすでに公開しているものにも反映してくれるのであれば、今よりももっと書き換えの作業をする気になって、自分のObsidianが充実するかも?という魂胆もあったり。
書き換えることへのアフォーダンスをうむのではないかな、という期待。

早速、Obsidianのpublishをsubscription。publish機能を1年間使えるようになった。
今、ページをどんどん増やしているところ。
もともと「book scrapbook」にあったページは全てObsidianに移行しているので、それらを選んでpublishさえしてしまえば、book scrapbookの移行は完了する。
ただ、結構むやみやたらにページ同士をリンクさせているので、大幅に修正したい気持ちがある。ページを一つ一つ確認して、ぽちぽちと修正してはpublishしていこうかなぁ、と考え中。
一つのページは大抵は別のページとリンクしている。そのリンクを辿りながら、リンクを修正しながら、次々とpublishし、Obsidianのpublishを充実させていければなぁ、と。
ちなみに、Obsidianのpublishは「choiyakiノート」という名前で公開しているので、よろしければチェックしてください。

では、お読みいただきありがとうございました。

個別にページを与えてログを取っているものたち

自分が好きなもの・ことのログをとるのが好きです。
Evernoteを使い始めて身についたログをせっせととる習慣は、WorkflowyScrapboxなどのデジタルツールを渡り歩いて、今使っているObsidianになっても続いています。
具体的に何のログをとっているのか?というと、

  • 読書メモ
  • 読了した本
  • 飲んだビール・日本酒
  • 観た映画
  • コーヒー豆焙煎の記録

あたり。これらについては、毎回個別のページを作成し、そこにあれこれ書きつけていってます。
毎日その日のデイリーページを作成し、そこに日中あれこれ書いているので、何かしら書くならそのデイリーページに書いておきさえすればいいっちゃいいのですが、上記については、わざわざ個別ページを新規に作成しています。

読書メモ、読了した本

もう10年以上、本を読んでいるときにはいわゆる「ねぎま式」で読書メモをとっていってます。本文の引用と、それに対して自分が考えたことを書き添えていく、という方式。
で、1冊読み終えたら、また新たにページを作成し、本の画像や本の著者や出版年、出版した会社名、ざっくりまとめた本に対する感想、などの情報を、テンプレートに沿って書いていきます。
読書メモのページと読了した本のページを分けているのは、読了した本については、Scrapboxに公開するから。
Scrapboxの公開プロジェクト、book scrapbookには、いろんなメモが、主に着想を捉えたメモや、ブログの下書きなんかが集まっています。本についての感想を書いてると、そういうメモたちとリンクで繋がることがよくある。だから、book scrapbookにてメモと読了した本のページを一緒くたにしています。
ほんとうなら、読書メモもScrapboxにおきたいところなんですが、というか読書メモページと読了した本ページを分けずに一緒にしたいのですが、読書メモページの方はあまりにも引用箇所が多いので、それを公開するのは憚られるので、分けています。

飲んだビール・日本酒、観た映画

ビールが大好きでして、スーパーやコンビニ、デパートなどで、今まで飲んだことのないビールが売っていれば、ついつい買って見ては飲んでいます。
大好きなものなので、飲んでみた感想を書いて残しておきたい。ということで、テンプレートを作成し、飲んだビールについて書き残していってます。
日本酒も飲むので、ビールに倣っていろいろ飲み試し、そのログを書いていってます。
映画を観るのも好きなので、観たら必ずこれまたテンプレートにのっとってメモを残しています。友だちと映画の話をすることも多く、そんなときは最近観た映画のログを一覧し、おもしろかったものを共有したり。

コーヒー豆焙煎の記録

コーヒーも大好きで、あれこれ試していくうちに、しまいには生豆を手に入れて自分で焙煎するようになりました。
焙煎は温度変化の仕方により仕上がりが大きく変わっていく代物。豆を焙煎機に(コンロに置いて使焙煎するものを使っています)投入してからの温度変化を追いかけ、どのあたりで終了したか、などを記録しています。
で、合わせて、試飲してみた感想もそのページに追記し、果たしてその焙煎で豆の味を引き出せているのか、というのを確認できるようにしています。
同じ豆を使って何度か焙煎するので、うまくいったと感じる温度調整があれば、それを再現するように努め、自分で焙煎した美味しいコーヒーを飲むためにログを取っています。
ちゃんと記録を残しておくことが大切なので。


大抵はデイリーページにメモするだけに留めておきますが、わざわざ新たにページを作成してログをきちんと残していっているモノたちは大体このくらいでしょうか。
加えて、デイリーページに書いている着想メモの中で、1つの項目としてまとめることができそうなものに関しては、ページを作成して書き残し、Scrapboxで公開しています。
ほとんどはデイリーページへのメモで済ませているので、ログとしてちゃんと個別にページを与えているのはこれくらいかな、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。