ObsidianMobileが「Obsidianの手入れ」を後押ししてくれる

Obsidianに毎日お世話になっています。
モバイルアプリの開発が進行中で、開発を金銭面においてもサポートするユーザーを対象としてβverが公開となリマした。サポートの金額によってランクがわかれているのですが、一番リーズナブルなサポーターに対しても公開になったタイミングでライセンスを購入。今週のはじめくらいからObsidianのiOSアプリβverを利用中です。
このモバイルアプリがかなりすごくて。
今まではDropboxにデータを入れることでデバイス間での同期をしていましたが、モバイルアプリではiCloudを使う必要があったので、そちらに全て移行し、使っています。

モバイル版のすごいのが、プラグインが動くところ。
Obsidianでは、機能を拡張するために、コアプラグインとサードパーティプラグインをインストールすることができます。
コアプラグインは、公式に提供されているプラグイン。
サードパーティープラグインは、有志で作成されたプラグインで、様々な機能を提供してくれており、いくつかのプラグインをインストールして使っています。
Obsidian上のページを公開する「Obsidian publish」はコアプラグインの中の1つで、publishの契約するとそのプラグインが使えるようになる仕組みになっています。

モバイルアプリでは、全てではないものの、多くのプラグインが、デスクトップアプリと同じように動いてくれるんです。そして、Obsidian publishも動いてくれます。
ということは、publishしているページの修正や、新たなページの公開が、iOSアプリからもできる、ということ。iPhoneでpublishページに編集を加えることができるわけです。素晴らしい。

以前はScrapboxにて公開していたメモたち全てObsidianに移行しているので、それらのメモをpublishの機能を利用して公開していってます。
その際、そのまま公開するのではなく、不要なリンクは削除しつつ、お互いがよりリンクするよう修正を加えながらpublishしていっています。
修正を加えて公開するくらいなら、iPhoneからでもなんとかできるので、というか、ちょっとした時間を利用してちまちまと修正を進めることができるので、モバイルアプリを使いはじめてからpublish作業がかなりはかどっております。
Obsidianには、ブログの下書きもけっこうな数保存されていて、それらに関しては、1つの記事から複数のObsidianのページが生まれたり。
ObsidianPublishとブログには明確な境界線があり、ブログは、他の人にもわかりやすい形で、できるだけ1つの記事で完結することを意識して書いています。なので、1つの記事でいくつかのテーマに触れいることが多い。一方でObsidian publishでは1ページ1テーマを貫こうと意識しているので、ブログをObsidian publishにて公開する場合は、1つの記事を1テーマずつに分割する必要があり、1記事からいくつかのページが生まれることがよく起きる、というわけです。
そういったことを、気軽にiPhoneでできる、というのは、すごく楽しい。
そう、過去のメモやブログの記事を見返して、Obsidian publishにて公開する用に修正していくのは、楽しい作業なんです。それをいつでもiPhoneでできる、というのが、素晴らしい。
楽しいとはいえ、修正を加えるのは簡単なことではなく、それなりにあれこれ考えることになるので、頭はけっこう使います。なんぼでもできる、というわけではありません。ちまちまと進める必要があり、それにはiPhoneがピッタリだなと感じます。

モバイルアプリも使いつつ、どんどんObsidianの手入れをしていければな、と思っております。
よろしければ、本と思考のカードボックスをのぞいてください。

では、お読みいただきありがとうございました。

ObsidianPublishとブログの明確な境界線

これまでいろいろと書いたり試したりしてきました。
ブログから始めて、動画を載せる別ブログを立ち上げたり、Scrapboxに書いたり。
今は、やろうと思えばYouTubeで動画の公開ができたり、ポッドキャストで音声の配信ができたり、Substackでニュースレターを書けたり。
選択肢は色々とありますが、そんなに試してはおらず、ぼくの場合は2つの媒体に絞っています。

どちらも「文章を書いてそれを公開する」場なのですが、この2つには明確な違いがありまして。
「これについてはどっちに書こうかなぁ」と迷うことはありませんし、書き方・記述の仕方も違います。

Obsidianは、1ページ1テーマをつらぬく

Obsidianでは、1ページ1テーマをつらぬく気持ちで書きます。とにかく、1つのことについて書く。
未来の自分は他人という気持ちできちんとした文章で書きつつも、必要以上に説明しすぎることをせず、そこはリンクで別ページとのつながりを作りながら。
いわゆる豆論文を書く気持ちで。
ObsidianのPublishの一つひとつのページは、1ページ1テーマであるが故に、ブログなど他の文章を書く際に、言及・引用がしやすい状態である、と言えます。それらを組み合わせさえすれば文章が書ける、とまでは行かないまでも、1つのテーマについて書かれたものは、取り回しが良く、使いやすいのは間違いありません。
『知的生産の技術 (岩波新書)』(梅棹忠夫)を読んで何年も経ちますが、ようやく1枚1テーマで書く、ということに対する理解が追いついた気持ちです。
また、Obsidianのリンクする機能を使うことで、ページ同士がつながってくれており、それもまた言及・引用のしやすさに一役を買っています。Obsidian上のページをひらけば、それに関連するページが必ず表示されるので、思い起こすことができるから。

ブログは、1つの完成したものを

一方でブログは、はじめから読んでいけば内容を理解でき、それだけで完結することを意識して書いています。
そのためには、文中に出てくる語句の解説を入れる必要があったり、前提となる条件を書いたり、最後にまとめ的なことを書いたりすることが必要になります。
となると、1つの記事にはいくつものテーマが混在することになり、それでようやくはじめから読んでいけば内容を理解できる、読めるものが出来上がる、と思います。
ブログの記事は、それ一つで完結したものになるように心がける、ということです。

以下は、同じ「明日をInboxにする」ということについて書いた、Obsidianとブログの記事。かなり違いが表れていると思います。

おわりに

ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その1〜ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その2〜にて、その当時のObsidianPublishとブログの分け方を書いていました。
その時にも今回と同じような結論が出ていたのですが(書いたこと完全に忘れてた)、特に今後意識していきたいのは、「Obsidianは、1ページ1テーマをつらぬく」こと。で、ページ同士をリンクさせておくこと。
その気になれば、ブログには基本的には何を書いてもいいと考えているので、完成したものをと思いつつも、そこにはあまり縛られず、気軽に書いていきたい。
なので、ある意味Obsidianにてpublishする方が、そっちにちゃんと書いていく方が、結構難しかったりするかもしれません。
ただ、あまり書く前からハードルをあげすぎるのもよくないので、とりあえず書いて、後からどんどん手入れしていくという方針で、1ページ1テーマをつらぬいていこうと考えています。

では、お読みいただきありがとうございました。

自分で書いた記事・R-styleの記事ではっきり覚えているもの WRM「今週のQ」

倉下忠憲のWRM 「読む・書く・考えるの探求」第546号、ラディカルなRashitaのスタイルの変容の「今週のQ」での問いかけです。


ふと考えてみて、すぐに思いつくのは。「数学からぼくが学んだこと」と題しての連載です。

この4つのエントリで、自分が思う数学の良さや数学との向き合い方をけっこう伝えることができたのではないかと感じるくらいに、かなり力を入れた、じっくりと書き上げた記事となりました。

他には、

もとても思い入れの強い記事です。

は、かなり前に書いたものを、他の人が6年越しにツイートしてくれて、ふと目に飛び込んできて読み返して少しだけ修正を加えて新たにポストしたもの。

自分で書いた記事ではっきり覚えているものはこれらの記事かな、と思います。
どれも、数学に関して書いたもの。
数学についてどんどんブログで書きたい、と思っているものの、なかなかにそれができておらず、でもなんとかしっかりまとめ切れたという感覚があるからこそ、これらの記事はかなりはっきりと覚えているのだろうな、と思います。


R-styleの記事ではっきり覚えているのは、個人の書くブログの楽しさを教えてくれた

から始まる、一連の連載。
R-styleで展開される、Evernoteというツール越しに見る知的生産についての話が、すごく面白く、興味深く、ブログというのは面白いんだなーと思うようになったきっかけの記事となります。
で、そこから自分もブログを書きたい、となって実際に更新を始めるまでさほど時間はかかりませんでした。で、今もまた更新している、とうわけです。

他には、今ふと思い出したのが、

という、4月1日に書かれた記事。もう11年前になるんですね。
なぜこの記事が記憶に残っているかというと、

という本が、後に発売されることとなるからです。
書評 クラウド時代の知的生産の技術(倉下忠憲)が書かれたのは、倉下さんが物書きになる前、『Evernote「超」仕事術』の発売される前だったと思います。まだ本を1冊も世に出していない状況で、自分が本を出した体で記事がかかれているのがこの記事。
やがてコンビニの店長から物書きにジョブチェンジされて、『Evernote「超」仕事術』が発売され、『Evernote「超」知的生産術』がその後に続きます。
そして、『Evernoteとアナログノートによる ハイブリッド発想術』が発売され、その告知エントリが書かれて。
「ついに!!」と感動・興奮した記憶があるので、とても記憶に残っているのだと思います。

他にも、

は、よく覚えている記事の一つ。R-styleにて倉下さんの書く記事に触発されて自分も記事を書いたりしますが、やはりそういう触発を生んでくれた記事は覚えているものが多いように感じます。


自分のブログとR-styleの記事の中から覚えているものをあげてみました。
記憶力に自信がないく、基本的に忘れっぽい自分でも覚えている記事たちは、自分の中に色濃く残っているものたち、ということになると思います。
そういう記事をもっと書いていけたらなぁと思わなくもありませんが、ぼちぼちと日々書き続けるのを楽しくやってるので、まずは楽しむことを第一に今後も書き続けたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

過去の自分と今の自分の共同執筆

前回の記事、「概念の拡張と日常への適用」は、実は6年ほど前に書いた記事をリライトしたもの。
たまたまTwitterで自分の過去ブログの記事をツイートしてくれているものを発見し、どんな内容か気になって読み返したのが発端。

読み返しての感想は、「昔の自分、めっちゃいいもん書いてるやん」。
単なる自画自賛に過ぎないけど、読むことができて良かったーと感じる出来栄えだった。
と同時に、こういう記事が過去のブログにはけっこうたくさん埋もれてしまっているのかも、ということも感じた。
ぼくは、「はてなダイアリー」でブログ「 iPhoneと本と数学となんやかんやと」を開設し、6年ほどそこで書き続けた。で、4年前からWordpressに移行し、今に至っている。
Wordpressに移行するときに、過去記事を全て移すということをしなかった。
記憶の中にあった、印象深い数記事を移すだけに留めた。
今回の「概念の拡張と日常への適用」は、その印象深い数記事には含まれていなかった。だからWordpressのブログに移したいという思いが湧き、リライトして載せることにした。
こういう、印象には残っていなかったけど読み返してみると「えぇなぁ」と感じる記事は、放置されてそのままになっている。

自分のブログを読み返して感じることは、「けっこうえぇこと書いてるやん。書いたことぜんっぜん覚えてないけど」といったもの。
ほんとにきれいさっぱり忘れている。
今回のように、自分の過去記事に、大切なこと(大切に思っていたけど忘れていたこと)を教えてもらうことも多い。
その一方で、書き換えたくなる部分もある。修正すればより良くなるのでは、と。

旧ブログから今のブログに移行したのは4年前。
旧ブログは、約6年間分の過去記事が、そのままになっている。
旧ブログから学ぶことがある。
旧ブログの内容を多少良くできるのでは、と感じる部分もある。

ということで、これはもっと過去記事を読み返して、多少の修正を加えて改めて新規エントリとして更新するのも、なかなかにありではないか、と思えてきた。
過去に書いたものを読んで感じるのが、「大切に思っていたけど忘れていたことがある」ということ。けっこうあるな、と感じること。
今回のように、過去記事のリライト記事を、ちょっとずつでもいいから更新していければな、と思う。

ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その2〜

にて、今課題としていることとして、

  • ブログとObsidian publishをどう使い分けるのか
  • 過去のブログの下書きがObsidianにはあるけれども、それをpublishするか否か

を挙げました。そのうち、「ブログとObsidian publishをどう使い分けるのか」については、

  • Scrapbox「book scrapbook」で公開していたようなものをpublishしていく
  • 1ページ1テーマで書き、関連するページ同士を直接つなげていく
  • 1ページ1テーマを保つために、ブログ記事の下書きをそのままObsidianでpublishはしない
    • 1ページ1テーマに加工してからpublishする

という方針でいこう、ということになりました。
今回は、過去のブログ記事の下書きはどうするかについて。


「その1」でも述べたように、ブログ記事は、1記事1テーマになっていないか、あるいはテーマそのものを持っていないかのどちらかであるものがほとんどです。ブログの下書きも同じ。
であれば、下書きをそのままpublishするのは、Obsidianのpublishは1ページ1テーマでいく、という方針にはそぐわないことになります。
ただ、いくつかの内容を含むページがあってもいいかも、と考えたり。各メモの、「ハブ」の役割をするようなページになってくれることを期待して。
とはいえ全ての過去記事の下書きがそんな役割を担えるか、というとそうではないので、テーマを持たない雑記のような記事についてはpublishをせず、publishするものに関しては、基本的には1ページ1テーマにバラす。いろいろなものに言及しているようなものに関しては、ハブの役割となることを期待して1ページ複数テーマを持つものもpublishする、という方針でいこうかな、と思います。
とにかく、Obsidianのpublishにおいては、各ページがリンクでつながっており、(基本的には)1ページ1テーマであるが故に、そのページを読むだけでは全容を把握できないとしても、リンクを辿っていくつかのページを読めばだいたいのことはわかる、みたいな状態にしたいな、と考えています。

また、Obsidianでは、リンクとタグの使い分ける方がいいだろう、とも考えています。
リンクは「このページと関連するページはどれか?」を記述するものであり、ページ同士の結びつきを表すので、書き手が、今開いているページと関連する他のページを提案することになります。
タグは「このページは何に関することが書かれているか?」を表すものであり、そのタグに関することが書かれているページを串刺しする役割を担います。
明確に役割が違うのですから、ちゃんと使い分けていく、というのも、Obsidian publishを利用して公開していく上での基本方針となります。


Obsidian上には、ちょっとずつページが増えていってます。その中のプライベートなものを除いた全ては、公開してしまおうと考えています。
各ページが他のページとのいくつものつながりを持ち、書き直したり書き加えたりすることで日々刻々と変化していく。
そういったものにしていければなーと考えています。

では、お読みいただきありがとうございました。

ゆるめの締め切り設定と、毎日書き続けることと、何を書こうかなーと考えて思いついたことを書き出すことから始めることと

次の火曜日更新の分について考えよう
何を書こうかなぁ。なんか書こうと思ったことがあったようななかったような。
最近のブログ更新のスタイルについて書こうかな。何を書こうかな、というところから始めて、という話。
他は、教員の授業以外の仕事、分掌の仕事について書くのもいいかもね。
最近何かあったかなぁ。特にないか。
じゃあやはり、2つのうちのどちらかを書こう。明日決めよう。

ブログを再開してからというもの、いい具合に肩の力が抜けた状態で毎日書くことができています。
書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新することができているので、書くこと自体が楽しい。とてもいい感じです。

思い返せばこれまでいろんな書き方をしていました。
ブログをはじめた当初は、文章なんて定期的に書いた経験なんてなかったのと、自分が書いたものを誰でも見れるところに置くことに対する恐れからか、1記事にすんごい長い時間をかけて書いていました。何日もかけて、他のブログの見様見真似で。
やがて慣れてきて、毎日更新を目標としはじめました。その頃には、どう書けばいいかわかってきて、下書きとしてマインドマップもどきを描いてから本文を書きはじめ、合計1時間〜1時間半くらいで日々書いていました。

社会人になってからはなかなかに時間の確保が難しくなり、その中でもなんとかチラホラと更新を続ける、というのが続いています。
マインドマップもどきを描くことは減り、書く内容を考えた後、いきなり本文を書き始める、というスタイルで。
事前にマインドマップを描いてからブログ記事にするときの感じに気づいたのは、去年の、毎日更新を頑張っていたときのこと。なのでマインドマップを描いてから書く、というのは、もうまったくやっていません。

最近は、週2回更新をゆるい目標としているおかげで、書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新することができており、いつになく毎日楽しく書けています。
この、更新に向けてのんびり書くことができるという状態にあるからか、1点、今までとは違った書き方をするようになりました。
「次の火曜日の更新には、何を書こうかな」という感じの一文から書き始め、ぼんやり思いついたことをとりあえず書いていってみる、という書き始めかたです。
このエントリの冒頭部分が、それにあたります。
いつもは、更新する際にはこの部分以外を切り出しているのでブログにはこの部分は残っていませんが、だいたい毎回こんなふうなことを書くことから始めています。
週2回更新ということで、3日後に更新できるような状態にさえなっていたらいい。毎日書く時間を取ることができれば、慌てる必要はない頻度です。ゆるゆると考え始めて、頭に思い浮かんだことを書いて、何を書くのか探ることから始めても十分に間に合う感じがしています。
少なければ5行ほど、多い時でだいたい20行も書いていれば何について書いていくか定まってくるので、その段階でブログの文章を書くことにスイッチし、書き進めていきます。
とりあえず最後まで書いていき、最後の1日に読み返して修正して更新する、という流れが定着してきています。特にここ2、3回の更新は、余裕を持って最後まで書くことができているので、2回ほど読み返してから更新することができていて、いつになく完成させたものを提出できているなぁと感じています。

「毎日更新」という常に切羽詰まった状態ではなく、「更新できるときにする」という何の締め切りも設けない状態でもなく、「週2回更新」というゆるめの締め切り設定に向けて毎日書き進める。それがとても功を奏しているなぁ、と。
週2回の更新であっても、更新日にだけ書くのではなく、毎日書き進めるというところがキーポイント。
毎日書くことは決定事項とし、更新は3、4日後。何回か書くうちに完成まで持って行ければいいや、と楽に取り組むことができる。しかも、書くことは毎日やるので習慣づけやすい。
今後も肩の力を抜いて、楽な気持ちで毎日書き進め、週2回更新を続けることができればな、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新する

11月からブログを再開し、2ヶ月が経ちました。
一昨年から去年にかけては毎日更新をしていましたが、数ヶ月続けることができたものの、途絶えてしまい。そこから1〜2ヶ月に1回更新するくらいの頻度にまで落ち込んでしまいました。
で、11月からは更新頻度を週2回と定め、書き続けています。
こんくらいがちょうどえぇわぁ、と言う感じです。

毎日更新のときは、やはりなかなかに無理してました。
それなりにちゃんとしたものを、との思いで書いてたので、そうなるとまずまず時間がかかるわけで。けっこう無理やり時間を捻出して書く、という感じだったように思います。
その無理からかわかりませんが、毎日更新が途絶えてしまうととたんに書かなくなり。時間の確保を放棄してしまったので、途絶えた後には記事が続かず。

今は週2回の更新です。火曜と金曜。
2回の更新とはいえ、書く時間は毎日確保しています。だいたい10分〜20分ほどでしょうか。
新たなエントリを書き始めるときには、何書こうかなぁなんてのんびり考え、思いついたことを書き出していき。
すると、だいたい何かしら書きたいことが見つかる。
で、それについて2
3日かけて本文を完成させていく、という形でやっています。
毎回ちゃんと書くことが見つかるので、けっこう自信がついてきたのか、とりあえず書き始めたら書けるさ、という心持ちで更新を続けることができています。

更新まで3
4日あるので、書く内容が定まればたいていは急がずに書き切ることができます。ときには2日ほどで本文が仕上がり、残りの2日を推敲に使える、なんてときも。
自分として満足のいく仕上がりにできることが多く、やはりそのほうが楽しく書けますね。

週2回更新と定めていますが、実は「更新できたらいいな」くらいのゆるーい目標でしかなくて。
ゆるすぎたからか、前回のエントリは、早く書き上がったと同時に思わず更新ボタンを押してしまい、火曜に更新する予定のものを日曜に公開してしまいました。逆に早く上げすぎたパターンです。
順調に書き進めることができているわけですが、もしかしたら今後更新できない日がくるかも。まぁでも、更新できなかったとしても気にせずに、次の更新日までに書いて公開できればいいかな、というようなゆるさを維持していこうと思っています。
きっと、またやりたくなるときはくるし、こなかっても別にたいしたことはない。
たとえ途絶えても、そのうちまた書き始めると思うので、更新が途絶えちゃってもいいや、という感じで。

今の書き進めかたがとてもいい感じなので、しばらくは週2回の更新ペースでやっていってみようと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

楽しそうなところに加わりたくて

楽しいことを書いていくのです。あるいはブログを愉しむのです。何をすれば楽しくないのかは、一週目でさまざまに経験したでしょうから、その判断はきっとやりやすいかと思います。

皆さんは、どのように考えられるでしょうか。

気がつけば、ブログを10年以上書き続けてきました。
正確には書き続けたというか、途中幾度となく更新が途切れながらも、でもやはりブログを書くことを再開し、、、ということを繰り返しています。

「何をすれば楽しくないのかは、一周目でさまざまに経験したでしょうから」とあります。
自分はどうだろう?と考えてみました。

ぼくがブログを書き始めようと思ったきっかけになったブログがいくつかあります。
その一つが、「R-style」の存在です。
今も「R-style」というブログ名の横にたたずむ「Sharing is Power!」の文字。
その一言は、「ブログを始めてみたいな、どうしようかな」と迷うぼくの背中を、強く強く押してくれました。

10年前のことですし、記憶は正確ではないかもしれませんが、そのころ、まだ自分がブログを始めていなかったころに読んでいた、RSSに登録していたブログの多くが、とても面白かったことを強烈に覚えています。
毎日それらを読むのを楽しみにしていました。
「そこに加わりたい!」と思うのには時間はかかりませんでした。
おもしろいと感じることを書きあう、楽しそうな世界に。

ぼくのブログのはじまりがそこなのです。
他のことを求めたことはありません。
楽しくないことをしていないので、一周まわってなんていなくて、フラフラしながらも、ときには停止しながらも、同じ方向にずっと進んでいけている感があります。
それはやっぱり、ブログを書くきっかけを与えてくれたブログが、楽しそうだったからなんだと思っています。

儲けるため、成功するためにブログをかくのではない、と。

立派なことだったと思いますし、倫理的に正しいことだったとも思います。

一方で、その高貴な思いは必要以上に削りすぎてしまったのかもしれません。ブログにまつわる、雑多な楽しみを。

幸い、高貴な思いもあまり抱いたことはなく。
それは、ぼくが好んで読んでいるブログは、変に盛り上がったり煽り立てるでもなく、とても面白いものを、でもきっと広くは読まれないだろうなぁと感じることを、広く読まれることはないと分かりながらも淡々と書き続けていることに影響を受けているのだと思います。
淡々と、自分の興味・関心を書いてシェアすれば、それをおもしろいと感じる人はきっといる。だって自分は、そういうものに強く心惹かれるのだから。
そう思えているからこそ、今まで高貴な思いを抱くことなく、楽しみを削ることなく、だからブログを続けることができているのだと思います。

実は実利ではなかったのかもしれません。謳われていた「実利」は、飲み会の口実のようなものであって、実際は「やりとり」とそこから形成される「つながり」こそが人を呼び寄せていたのかもしれません。

ぼくがブログを書き続けることができているのは、好きなブログがあるからこそ、ということです。
これはもう、感謝するしかありません。
ありがとうございます。

そして、ぼくのブログも、誰かにとってのそんな役割になっていてくれたらな、と願うばかりです。

ぼくはそんな風なことを考えました。

ブログである必要性を問うてみたら、「今まで通り、今までと同じところで、今までと同じように書き続ける」という結論に

今、書くために使っているのは、「ブログ」である必要はあるのか?
アクセス数なんて大したことはなく、収益なんて考えてない。
じゃあなぜブログを書いているのか、続けているのかというと、誰かの何かの役に立ってくれればというのと、書くことを通じて考えることをしたいというのと、読んでくれてる人がいるからというのと、、、そんなもんか。
大きな目的とか、達成したい目標とか特にない。
書いて、公開する。それさえできればいいような気がする。
公開しておきたい。読んでくれたら嬉しいし、役立ってくれれば嬉しいし。
自分がやってること、試したこと、考えたことからヒントを得てくれる可能性が少しでもあるならば、自分だけ見れる場所ではなく、他の人も見れる場所に書いたほうがいい。
もし、ブログではない形で公開するのであれば、どういった方法が取れるものなのか。

このどれかに移行してもいいかもしれない。けど、今読んでくれてたとしても、移行したら読まなくなる可能性は、おそらく大きい。
となると、移行するメリットはないのかも。今まで通り、今までと同じところで、今までと同じように書き続ける。それでいいのかも。
ブログを更新する際にScrapboxをかましているので、Scrapboxにもブログと同じ内容が残る。
Scrapboxの方はなくてもいいのかもなぁ、とか思ったりするけれども、あえてブログはブログ、ScrapboxはScrapboxと切り分けなくてもいいかな、と。
それぞれの役割はちゃんと果たしているわけやし。
で、ブログと同じ内容をポストするという目線で考えると、静的サイトにもSubstackにも移行する必要は全然ない、ということになる。
Substackは気になるけど、始めるとなると何かしら別の、ブログやScrapboxとは違う何かを持たせる必要があって。
そんなん書けるのか、と考えると、うーん書けなさそう。

ということで、今後もしばらくはあいも変わらずブログを着々と更新していこうかな。

何を書こうか考えた結果、やろうと決めて結局やめちゃったことについて書こうかな、と。

そんなん書いてるのんあんまし見たことないので、書いてみようかな、と。

やめちゃった1:ブログ毎日更新

ブログを積極的に更新すると決意し、宣言し、実際に半年ほどは毎日更新を続けることができた。
というか、そんなに続いてたなんて忘れてて、ブログを読み返して知った。半年も続けていたことにびっくり。
このエントリは実は、本日を以て – R-styleを読んで、書いた。とにかく、感謝を伝えたくて。

ブログを書き始めたきっかけは、もうあまりちゃんとは覚えていない。けどはっきり覚えているのは、先にブログを書いていた人たちがいた、ということ。ぼくはそれを毎日楽しみにして読み、いつしか自分も書きたいと思い、書くという一歩を踏み出すことができた、ということ。
そんなブログに、感謝感謝しかない。そんな魅力的なブログを書かれた方たちに、感謝感謝しかない。

この文章は、ほぼほぼ「R-style – Sharing is Power!」というブログに向けて、R-styleを書いている倉下さんに向けて書いた。実は。
で、その感謝を、行動で示していきたいなというか、何かできないものかと思い、毎日更新を決意した。
結局は毎日更新は途絶えてしまったけど、でもぼくにとって半年も続けることができたのは結構奇跡的なことで。

やめちゃった2:数検の勉強

数検1級合格を目指して勉強し始め、合格までをブログで定期的に追って行こう、と考えてたけど、2019年10月27日に報告を開始して2020年2月2日を最後にブログでの報告を中断、その後しばらくは勉強を続けていたけど、続かなくなった。
理由は、微分方程式の解法を勉強して問題を解けるようになったけど、そもそも微分方程式の公式はなぜ成り立つのか、定理や公式や解き方の背景を含めて理解したくなったから。そのために、微分積分学を学び直すことを始めたため。
何年かかってもいいから、やっぱり「解ける」だけに満足せず、理解した上で問題ができるようになりたくて。
微分積分学の勉強も楽しく、しばらく続けることができていた。けどそれもやがてやらなくなってしまい。
ただ、数学に関しては、今後もきっと何度でも何かしらを学ぶことにチャレンジしていくと思われるので、挫折したというよりかは今はいったん中断している、と言ったところ。

やめちゃった3:紙のノートによるバレットジャーナル

連用日記の手帳版を「連用バレットジャーナル」と名付け、紙のノートを手帳として使っていた。
ただ今はもう、紙のノートは使っていなくて。
iPadのApple純正メモ帳に移行したのち、今はObsidianを使っている。連用形式で。
それについてはまた書けたらな、と思う。

おわりに

なんとなく「やめちゃったことについて書こー」と思って書き始めたこのエントリやけど、ブログ毎日更新の経緯について書けてよかった。

では、お読みいただきありがとうございました。