ゆるめの締め切り設定と、毎日書き続けることと、何を書こうかなーと考えて思いついたことを書き出すことから始めることと

次の火曜日更新の分について考えよう
何を書こうかなぁ。なんか書こうと思ったことがあったようななかったような。
最近のブログ更新のスタイルについて書こうかな。何を書こうかな、というところから始めて、という話。
他は、教員の授業以外の仕事、分掌の仕事について書くのもいいかもね。
最近何かあったかなぁ。特にないか。
じゃあやはり、2つのうちのどちらかを書こう。明日決めよう。

ブログを再開してからというもの、いい具合に肩の力が抜けた状態で毎日書くことができています。
書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新することができているので、書くこと自体が楽しい。とてもいい感じです。

思い返せばこれまでいろんな書き方をしていました。
ブログをはじめた当初は、文章なんて定期的に書いた経験なんてなかったのと、自分が書いたものを誰でも見れるところに置くことに対する恐れからか、1記事にすんごい長い時間をかけて書いていました。何日もかけて、他のブログの見様見真似で。
やがて慣れてきて、毎日更新を目標としはじめました。その頃には、どう書けばいいかわかってきて、下書きとしてマインドマップもどきを描いてから本文を書きはじめ、合計1時間〜1時間半くらいで日々書いていました。

社会人になってからはなかなかに時間の確保が難しくなり、その中でもなんとかチラホラと更新を続ける、というのが続いています。
マインドマップもどきを描くことは減り、書く内容を考えた後、いきなり本文を書き始める、というスタイルで。
事前にマインドマップを描いてからブログ記事にするときの感じに気づいたのは、去年の、毎日更新を頑張っていたときのこと。なのでマインドマップを描いてから書く、というのは、もうまったくやっていません。

最近は、週2回更新をゆるい目標としているおかげで、書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新することができており、いつになく毎日楽しく書けています。
この、更新に向けてのんびり書くことができるという状態にあるからか、1点、今までとは違った書き方をするようになりました。
「次の火曜日の更新には、何を書こうかな」という感じの一文から書き始め、ぼんやり思いついたことをとりあえず書いていってみる、という書き始めかたです。
このエントリの冒頭部分が、それにあたります。
いつもは、更新する際にはこの部分以外を切り出しているのでブログにはこの部分は残っていませんが、だいたい毎回こんなふうなことを書くことから始めています。
週2回更新ということで、3日後に更新できるような状態にさえなっていたらいい。毎日書く時間を取ることができれば、慌てる必要はない頻度です。ゆるゆると考え始めて、頭に思い浮かんだことを書いて、何を書くのか探ることから始めても十分に間に合う感じがしています。
少なければ5行ほど、多い時でだいたい20行も書いていれば何について書いていくか定まってくるので、その段階でブログの文章を書くことにスイッチし、書き進めていきます。
とりあえず最後まで書いていき、最後の1日に読み返して修正して更新する、という流れが定着してきています。特にここ2、3回の更新は、余裕を持って最後まで書くことができているので、2回ほど読み返してから更新することができていて、いつになく完成させたものを提出できているなぁと感じています。

「毎日更新」という常に切羽詰まった状態ではなく、「更新できるときにする」という何の締め切りも設けない状態でもなく、「週2回更新」というゆるめの締め切り設定に向けて毎日書き進める。それがとても功を奏しているなぁ、と。
週2回の更新であっても、更新日にだけ書くのではなく、毎日書き進めるというところがキーポイント。
毎日書くことは決定事項とし、更新は3、4日後。何回か書くうちに完成まで持って行ければいいや、と楽に取り組むことができる。しかも、書くことは毎日やるので習慣づけやすい。
今後も肩の力を抜いて、楽な気持ちで毎日書き進め、週2回更新を続けることができればな、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新する

11月からブログを再開し、2ヶ月が経ちました。
一昨年から去年にかけては毎日更新をしていましたが、数ヶ月続けることができたものの、途絶えてしまい。そこから1〜2ヶ月に1回更新するくらいの頻度にまで落ち込んでしまいました。
で、11月からは更新頻度を週2回と定め、書き続けています。
こんくらいがちょうどえぇわぁ、と言う感じです。

毎日更新のときは、やはりなかなかに無理してました。
それなりにちゃんとしたものを、との思いで書いてたので、そうなるとまずまず時間がかかるわけで。けっこう無理やり時間を捻出して書く、という感じだったように思います。
その無理からかわかりませんが、毎日更新が途絶えてしまうととたんに書かなくなり。時間の確保を放棄してしまったので、途絶えた後には記事が続かず。

今は週2回の更新です。火曜と金曜。
2回の更新とはいえ、書く時間は毎日確保しています。だいたい10分〜20分ほどでしょうか。
新たなエントリを書き始めるときには、何書こうかなぁなんてのんびり考え、思いついたことを書き出していき。
すると、だいたい何かしら書きたいことが見つかる。
で、それについて2
3日かけて本文を完成させていく、という形でやっています。
毎回ちゃんと書くことが見つかるので、けっこう自信がついてきたのか、とりあえず書き始めたら書けるさ、という心持ちで更新を続けることができています。

更新まで3
4日あるので、書く内容が定まればたいていは急がずに書き切ることができます。ときには2日ほどで本文が仕上がり、残りの2日を推敲に使える、なんてときも。
自分として満足のいく仕上がりにできることが多く、やはりそのほうが楽しく書けますね。

週2回更新と定めていますが、実は「更新できたらいいな」くらいのゆるーい目標でしかなくて。
ゆるすぎたからか、前回のエントリは、早く書き上がったと同時に思わず更新ボタンを押してしまい、火曜に更新する予定のものを日曜に公開してしまいました。逆に早く上げすぎたパターンです。
順調に書き進めることができているわけですが、もしかしたら今後更新できない日がくるかも。まぁでも、更新できなかったとしても気にせずに、次の更新日までに書いて公開できればいいかな、というようなゆるさを維持していこうと思っています。
きっと、またやりたくなるときはくるし、こなかっても別にたいしたことはない。
たとえ途絶えても、そのうちまた書き始めると思うので、更新が途絶えちゃってもいいや、という感じで。

今の書き進めかたがとてもいい感じなので、しばらくは週2回の更新ペースでやっていってみようと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

楽しそうなところに加わりたくて

楽しいことを書いていくのです。あるいはブログを愉しむのです。何をすれば楽しくないのかは、一週目でさまざまに経験したでしょうから、その判断はきっとやりやすいかと思います。

皆さんは、どのように考えられるでしょうか。

気がつけば、ブログを10年以上書き続けてきました。
正確には書き続けたというか、途中幾度となく更新が途切れながらも、でもやはりブログを書くことを再開し、、、ということを繰り返しています。

「何をすれば楽しくないのかは、一周目でさまざまに経験したでしょうから」とあります。
自分はどうだろう?と考えてみました。

ぼくがブログを書き始めようと思ったきっかけになったブログがいくつかあります。
その一つが、「R-style」の存在です。
今も「R-style」というブログ名の横にたたずむ「Sharing is Power!」の文字。
その一言は、「ブログを始めてみたいな、どうしようかな」と迷うぼくの背中を、強く強く押してくれました。

10年前のことですし、記憶は正確ではないかもしれませんが、そのころ、まだ自分がブログを始めていなかったころに読んでいた、RSSに登録していたブログの多くが、とても面白かったことを強烈に覚えています。
毎日それらを読むのを楽しみにしていました。
「そこに加わりたい!」と思うのには時間はかかりませんでした。
おもしろいと感じることを書きあう、楽しそうな世界に。

ぼくのブログのはじまりがそこなのです。
他のことを求めたことはありません。
楽しくないことをしていないので、一周まわってなんていなくて、フラフラしながらも、ときには停止しながらも、同じ方向にずっと進んでいけている感があります。
それはやっぱり、ブログを書くきっかけを与えてくれたブログが、楽しそうだったからなんだと思っています。

儲けるため、成功するためにブログをかくのではない、と。

立派なことだったと思いますし、倫理的に正しいことだったとも思います。

一方で、その高貴な思いは必要以上に削りすぎてしまったのかもしれません。ブログにまつわる、雑多な楽しみを。

幸い、高貴な思いもあまり抱いたことはなく。
それは、ぼくが好んで読んでいるブログは、変に盛り上がったり煽り立てるでもなく、とても面白いものを、でもきっと広くは読まれないだろうなぁと感じることを、広く読まれることはないと分かりながらも淡々と書き続けていることに影響を受けているのだと思います。
淡々と、自分の興味・関心を書いてシェアすれば、それをおもしろいと感じる人はきっといる。だって自分は、そういうものに強く心惹かれるのだから。
そう思えているからこそ、今まで高貴な思いを抱くことなく、楽しみを削ることなく、だからブログを続けることができているのだと思います。

実は実利ではなかったのかもしれません。謳われていた「実利」は、飲み会の口実のようなものであって、実際は「やりとり」とそこから形成される「つながり」こそが人を呼び寄せていたのかもしれません。

ぼくがブログを書き続けることができているのは、好きなブログがあるからこそ、ということです。
これはもう、感謝するしかありません。
ありがとうございます。

そして、ぼくのブログも、誰かにとってのそんな役割になっていてくれたらな、と願うばかりです。

ぼくはそんな風なことを考えました。

ブログである必要性を問うてみたら、「今まで通り、今までと同じところで、今までと同じように書き続ける」という結論に

今、書くために使っているのは、「ブログ」である必要はあるのか?
アクセス数なんて大したことはなく、収益なんて考えてない。
じゃあなぜブログを書いているのか、続けているのかというと、誰かの何かの役に立ってくれればというのと、書くことを通じて考えることをしたいというのと、読んでくれてる人がいるからというのと、、、そんなもんか。
大きな目的とか、達成したい目標とか特にない。
書いて、公開する。それさえできればいいような気がする。
公開しておきたい。読んでくれたら嬉しいし、役立ってくれれば嬉しいし。
自分がやってること、試したこと、考えたことからヒントを得てくれる可能性が少しでもあるならば、自分だけ見れる場所ではなく、他の人も見れる場所に書いたほうがいい。
もし、ブログではない形で公開するのであれば、どういった方法が取れるものなのか。

このどれかに移行してもいいかもしれない。けど、今読んでくれてたとしても、移行したら読まなくなる可能性は、おそらく大きい。
となると、移行するメリットはないのかも。今まで通り、今までと同じところで、今までと同じように書き続ける。それでいいのかも。
ブログを更新する際にScrapboxをかましているので、Scrapboxにもブログと同じ内容が残る。
Scrapboxの方はなくてもいいのかもなぁ、とか思ったりするけれども、あえてブログはブログ、ScrapboxはScrapboxと切り分けなくてもいいかな、と。
それぞれの役割はちゃんと果たしているわけやし。
で、ブログと同じ内容をポストするという目線で考えると、静的サイトにもSubstackにも移行する必要は全然ない、ということになる。
Substackは気になるけど、始めるとなると何かしら別の、ブログやScrapboxとは違う何かを持たせる必要があって。
そんなん書けるのか、と考えると、うーん書けなさそう。

ということで、今後もしばらくはあいも変わらずブログを着々と更新していこうかな。

何を書こうか考えた結果、やろうと決めて結局やめちゃったことについて書こうかな、と。

そんなん書いてるのんあんまし見たことないので、書いてみようかな、と。

やめちゃった1:ブログ毎日更新

ブログを積極的に更新すると決意し、宣言し、実際に半年ほどは毎日更新を続けることができた。
というか、そんなに続いてたなんて忘れてて、ブログを読み返して知った。半年も続けていたことにびっくり。
このエントリは実は、本日を以て – R-styleを読んで、書いた。とにかく、感謝を伝えたくて。

ブログを書き始めたきっかけは、もうあまりちゃんとは覚えていない。けどはっきり覚えているのは、先にブログを書いていた人たちがいた、ということ。ぼくはそれを毎日楽しみにして読み、いつしか自分も書きたいと思い、書くという一歩を踏み出すことができた、ということ。
そんなブログに、感謝感謝しかない。そんな魅力的なブログを書かれた方たちに、感謝感謝しかない。

この文章は、ほぼほぼ「R-style – Sharing is Power!」というブログに向けて、R-styleを書いている倉下さんに向けて書いた。実は。
で、その感謝を、行動で示していきたいなというか、何かできないものかと思い、毎日更新を決意した。
結局は毎日更新は途絶えてしまったけど、でもぼくにとって半年も続けることができたのは結構奇跡的なことで。

やめちゃった2:数検の勉強

数検1級合格を目指して勉強し始め、合格までをブログで定期的に追って行こう、と考えてたけど、2019年10月27日に報告を開始して2020年2月2日を最後にブログでの報告を中断、その後しばらくは勉強を続けていたけど、続かなくなった。
理由は、微分方程式の解法を勉強して問題を解けるようになったけど、そもそも微分方程式の公式はなぜ成り立つのか、定理や公式や解き方の背景を含めて理解したくなったから。そのために、微分積分学を学び直すことを始めたため。
何年かかってもいいから、やっぱり「解ける」だけに満足せず、理解した上で問題ができるようになりたくて。
微分積分学の勉強も楽しく、しばらく続けることができていた。けどそれもやがてやらなくなってしまい。
ただ、数学に関しては、今後もきっと何度でも何かしらを学ぶことにチャレンジしていくと思われるので、挫折したというよりかは今はいったん中断している、と言ったところ。

やめちゃった3:紙のノートによるバレットジャーナル

連用日記の手帳版を「連用バレットジャーナル」と名付け、紙のノートを手帳として使っていた。
ただ今はもう、紙のノートは使っていなくて。
iPadのApple純正メモ帳に移行したのち、今はObsidianを使っている。連用形式で。
それについてはまた書けたらな、と思う。

おわりに

なんとなく「やめちゃったことについて書こー」と思って書き始めたこのエントリやけど、ブログ毎日更新の経緯について書けてよかった。

では、お読みいただきありがとうございました。

ブログはじっくり書きつつも、Scrapboxは毎日ページ作成・更新

ブログの毎日更新を目標にして頑張っていました。でもあっさり途切れてしまい。
こういう時は、毎日更新をまたやっていくのか否かを、否応なしに問われます。
毎日更新をするか否かの決断は、毎日更新をしてみてどうだったか、に影響を受けるわけで。で、思いを馳せたわけです。毎日更新しててどうやったかなぁ、と。

やり始める時は、もちろん毎日書くことは良いことだ、と思っていました。「良いこと」って偉い漠然としていますが、「読んでもらうことを想定した文章を書く」のは、メモなどの「自分のための文章を書く」のとは全く違うわけで。
理解できている、と思っていることでも、他の人に伝わる形にしようとすると、その理解はただ単に「わかった気」になってただけだった、みたいなことって結構あります。「わかった気」というのはかなり厄介な奴でして。わかった気に陥っている時は、自分がわかった気になっているだけだということに気づくことが結構難しかったりします。
だって、わかっていると思い込んでいるんですから。
それを打開してくれるのが、他の人に説明してみる、という行為。
なので、他の人が読んでも理解できるように書くというのは、自分の「わかった気」に気づかせてくれ、理解が確実に深まります。
また、自分自身の理解を前提に文章を書くべきではない。
色々と補足的なことを書かないと、自分とは違う誰かに、できるだけ伝わるように伝えることはできません。
そんなことを頭の片隅に持って書いた文章と、ただただ自分がわかれば良いと思ってる文章は、どう考えても変わってきます。
なので、ブログを書くこと自体は、良いことなのは間違いない。

ただ、毎日更新となると、時間という制約をもろに受けて、30分くらいで1記事を更新するる必要がありました。時間が切迫していると、読んでもらう人たちに十分な注意を払って書くことはかなり難しくなるわけで。
1つの記事を、じっくり書くか、その都度完成させていくかは悩ましいところなわけです。
とにかく毎日書きたい。今はじっくり書くよりもとにかく更新したい。そう思って日々時間の許す範囲で、もしくは少し睡眠時間を削りながらもブログを仕上げ、毎日更新してました。
1記事ごとの分量はさほど多くはなく、1000文字あるかないか、といったところ。限られた時間ではそれが限界でした。30分で書いて、えいやっと更新。
自分が満足できる状態まで仕上げられず、最後はえいやっと更新する日がほとんど。満足するものを書けてない感があったので、そこにちょこっと引っかかってたのも、更新が途絶えた理由かもしれません。

とはいえ、ブログをなかなか更新できなかった日々に戻りたくはない。書きたいのに書けないのは避けたい。
また、ブログとScrapboxがリンクしてるのも、書き続けていきたいという気持ちの一つ。

ブログは、Scrapbox上で書き、公開しています。で、Scrapboxで書いた文章もそのまま残しているので、ブログを更新すると、それに伴いScrapboxのページも1つ増える、ということになります。
ブログを書きさえすれば、知のネットワークであるScrapboxがどんどん充実していく。一石二鳥感があります。
でも、実際は一石二鳥ではなかった。
毎日更新では、1記事多くて1000文字程度。その文字量では、ブログとしては中途半端で、でも1記事で話の流れを成立させるために、補足的な文章も結構あるがために、Scrapboxの1ページとしてはちょっと助長な面がある。
どっちつかずな感じです。

  • 毎日更新は良かった。できれば続けていきたい。
  • でも、今のように、ブログの1記事ともScrapboxの1ページとも言えない、どっちつかずなものを毎日書くことはやめようかな。

ということで、ScrapboxはScrapbox用の情報の残し、そちらは毎日1ページずつ増やすためにScrapboxのページは毎日更新していく(既にあるページのリライトもOKということに)。
ブログは自分が満足のいく記事を書いていく。もっと、読んでもらうことを意識した、何度か推敲を重ねた「読み物」として成立したブログ記事を書いていく。
その両方をやっていこう、という結論に至りました。

というわけで、ブログの更新は時々忘れた頃に、になっちゃうとは思いますが、Scrapboxは毎日何かしら書いていこうと思うので、 この「iPhoneと本と数学となんやかんやと – あなたになんやかんやな、なんやかんやを」とあわせて、「book scrapbook」もよろしくお願いします。

では、お読みいただきありがとうございました。

「一個人の、知的生産・タスク管理の技術」まとめと感想

長いこと続いた「一個人の、知的生産・タスク管理の技術」連載も今回で終わりとなります。
知的生産においても、タスク管理においても、まず大事なのは「とらえる」ことだと思っています。特にぼくは覚えるのが苦手なので、ちゃんと書いておかないとどこかに忘れ去られてしまう。
頭に浮かんだ「あれやろう」や「こんなんどうやろう?」や「覚えとかな」、「あれやって」や「こんな風にやればいいよ」と指示されたこと、やってみたことに関する感想や反省点などなど、とりあえず書いて「とらえる」。
そして、そのとらえたものたちをどうするのか、というところが、個人個人のタスク管理や知的生産が担っている部分かな、と思います。
そういう観点で、今回の連載では、とらえたものの扱いを、「タスクスケジュール」と「その他メモ」に分けて、書き連ねてきました。全体的にざっくりとした話が多くなったかなと思いますが、全容は語ることができたのではないかなーと思います。

今回、連載の全体像をあらかじめ考えてから書き始めてみたわけですが、それがかなり功を奏したなーと感じます。というのも、もうすでに話の流れができているので、日々の更新では自分が書きたいなーと感じるところまでをとりあえず書いちゃって更新しちゃう、結構中途半端でも「これくらいでいこか」と思ったところで区切って更新できるというメリットがありました。
いつもであれば、一応結論めいたものを最後に書いて締めにする、というのが必要なので、そこに案外時間を取られたりするのですが、連載、しかも次の話の展開が見えている連載では、まぁこんなとこで区切っとこかーと自由に切り上げることができるので、気軽に書きあげることができました。
もちろんあらかじめ考えたようには話が進まなかったところもありつつ、な感じだったのですが、更新はいつも以上に気軽にサクッとできたように思います。

一番はじめのエントリでも書きましたが、いろんな人が、自分自身のやり方をどんどんシェアしていくとどんどん面白くなるのでは、一個人の方法がたくさん出回ることで多様さが増し、いろんなひとにとって参考になる方法が増えていくのではないか、と思っているので、みんなどんどんどんな風に日々のタスク管理をしているのか、ブログを書くときにはどういうツールを使ったり、どんな流れで仕上げているのか、なんかを書いて教えてほしいなーと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

知的生産その1「知的生産とは」〜一個人の、知的生産・タスク管理の技術11〜

タスク管理についてはひと段落したので、今後は知的生産について考えていきたいと思います。

知的生産

「知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ」

『知的生産の技術 (岩波新書)』(梅棹 忠夫)において、知的生産は上記のように定義されています。ぼくも、この定義のもと、話を進めていきたいと思います。

では、実際にぼくの環境で、置かれた状況で、活動の中で「知的生産」と言える部分はどこか、というのを考えてみますと、このブログも仕事でおこなっている日々の授業も、仕事の一つ一つにおいても、知的生産の要素を多分に持っているなーと感じます。
ブログは、なにかを書く行為です。もちろん、頭をはたらかせます。考えないと、ちゃんと文章は書けません。新しい事柄を提示できているかはわかりませんが、誰かにとって何かの役に立ってくれればいいな、誰かにとっての新しい事柄であってくれればいいな、という気持ちをもちつつ、書いています。実際、自分でなにか新しいことを試してみて、考えたりやってみて、それをブログで書くことが多いので、その時点ではぼくにとっては新しい事柄なわけで。ということは、それを書けば、誰かにとっては新しいと感じることかもしれないので、「新しさ」については、そこまで気にすることはないかな、と思ったりしています。で、書いたものをネットの世界に提出しています。なので、ブログを書くのは知的生産の一つと呼んで差し支えはないかな、と思います。

ぼくの職業は、教員です。教えることが仕事です。日々の授業は、知的生産の場である、と思っています。
授業を考えるときは、もちろん頭をはたらかせます。はたらかせまくります。生徒にとっての新しい事柄をどうやったらわかりやすい形で提出できるのかに尽力します。そこには、ただ新しい事柄を提出するだけでなく、いかにわかりやすく、興味を引くような形で、しかも教えすぎず、生徒自身が考え発見できるような形はどんなものか考えながら、加えてどうやって20〜30人の集団に対して身に付けてほしいものを伝えていくかを日々実践しています。と書いたものの、なかなか十分に取り組めていない現状があるのですが。ひとにわかる形で、しかも身につく形を模索して、伝えていく行為が授業だと思うので、紛れもなく知的生産である、と言えます。

仕事の一つ一つも知的生産の要素を多分に含んでいます。何かの書類を作るにしても、ただ書けばいいというわけではなく、その書類を意味のあるものにしようと思えば、他の人がわかる形で書くことが求められます。形式的に書かなければいけない書類もなかなかに多いのが現状ですが、会議の資料なんかは、ちゃんと頭を働かせるべきときでしょうし、みんなで問題を解決するために必要な情報を、まだ皆さんが知らないことがらを提出することが多いわけで。
もちろん、会議をどう進めるか、展開するのか、なんて考えることも情報を提出する上では重要な要素となってきそうです。
と、考えると、資料ひとつとってもそこには知的生産があるなーと思うわけです。

とまぁ知的生産の風呂敷を広げたわけですが、今回はなかでも「ブログ」と「授業」についての話を中心に展開して行こうかなと考えております。

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「全体の構成を考える」段階が好き

何かの連載をして、ブログのネタに困らなくなっちゃおう大作戦」決行のために、Dynalistを使って、連載にて書くことの構成をかんがえています。やっていて思うのですが、ぼくはこういう作業がほんとに好きみたいです。
授業準備とかでもそう。全体の構成を、流れを考えるのが好き。
授業は基本的に、ある単元を伝えるために複数回の授業を行っていくことになります。なので、新しいところに入るときには、最終的にどこに持っていきたいのか、どこを到達点とするのかを考え、そこに至るために何をどうやってどんな順番で伝えていけばいいか考えます。この、全体の構成を考える段階がやってて楽しい。到達したいところに至るための仕掛けをあれこれ考えて、思い浮かんだアイデアを実際に当てはめてみたらどうなるかをシミュレーションし、あーでもないこーでもないと考える段階です。

連載をするために全体の構成を考えることも、授業の構成を考えるのとよく似ています。何を伝えたいかをベースにどうやったらうまいこと伝わりそうか考え、伝えるための仕掛けはないか模索する。
で、一つ授業と違うところは、目標とする到達点が変化しちゃうこともあるというところ。
どうやったら伝えられそうか考えるうちに、実は伝えたいことは当初考えていたこととは違うかもしれないと気づく。で、再度その線で練り直してみるとしっくりきたり。

授業でもブログの連載でも、全体の構成を考え、全体像を掴み、そこから一回一回の部分を固めていく。
時間はかかれど、きっと一回一回を行き当たりばったりに進むよりもいいものができるのではないか、いいものができることを信じて、ちょっと時間をかけていきたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

全体の構成がまとまるまでは連載を開始できなくなっちゃって更新もおぼつかなくなりそうなのが、「何かの連載をして、ブログのネタに困らなくなっちゃおう大作戦」のデメリット

何かの連載をして、ブログのネタに困らなくなっちゃおう大作戦」を決行するために、何について書こうかなーと悩んでいるところ。
で、1日のうちの30分ほどをブログの時間として割り当てていて、当然ブログで何についての連載を開始するのか、全体の構成はどうするのかは、その割り当てられたブログの時間に考えるわけです。もちろん、そんな簡単に書くことは定まらず、構成を練ることもできず。となると、割り当てられたブログの時間に、今日更新するためのブログを書くことができなくなるわけで。別途、時間が必要になってしまいました。
ネタに困らず、いつもよりもスムーズは更新を目指して始めたことが、かえっていつもよりも時間をかける必要が出てきてしまったっていう。

ブログでの連載を、いきあたりばったりではなくちゃんと全体の構成を考えた上で書き始めるためには、当分はブログにかける時間がいつもの倍くらいになってしまいそうだな、と思っています。おそらく、連載が始まってしまえばそこからはいつもみたいにネタに困ることもなく、その分ブログの時間も短縮できそうではありますが、連載を始める下準備の期間は、日々の更新がいつもよりもきつくなるっぽいです。実際今日も、いつもの割り当て以上の時間がかかる中、ブログを更新しているところ。

時間はかかりますが、普段のブログの書き方とだいぶ違ったことをしているので、楽しい。楽しみながらあれこれ考えて、何について、どんなながれで、どう書くのか、を定めていければなーと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。