いろんな過去記事のいくつかの傾向

このブログは毎週火曜と金曜に更新しています。
で、1,2ヶ月ほど前から始めているのが、金曜の更新の時には、旧ブログの過去記事から選んだエントリに手を加えて改めて投稿する、というもの。
その試みをはじめてから、過去の10年前から6年前ほどの記事を読み返す機会が増えたのですが、記事によって抱く感想が違い、違う中にもある程度の傾向が見えてきました。

まずは、今、読んでも面白いと感じるもの。
自分の過去記事って、けっこう面白いと感じてしまうんですよね。
言い回しや文章の持って行き方が自分好みなのが一番の理由だと思いますが、中には着眼点に感心させられる記事もあったり、あぁえぇ記事やなぁと思うものも少ないながらもあったり。
過去記事のほとんどが、書いた内容を忘れているので、読み返すとなかなかに新鮮で、かつ楽しく読めます。
で、面白いと感じた記事を、少し手を加えて金曜日に投稿しています。
全体の記事数に対して、再度投稿できそうだと感じる記事はかなり少なく、そんな記事を探すために毎週けっこうな数の過去記事を読み返しています。

一番多いのは、情報が古くなっていて改めて投稿することはできないと感じるもの。
iPhoneのホーム画面を共有する記事や、アプリの解説記事はさすがにもう再度投稿するような内容でもないので、読み返すだけで終わり、となります。
個人的には楽しい記事だけど、公開はしないまま放置となる記事たちです。

そして、過去記事には、読むと恥ずかしく、切なく、それでいてうらやましくなる類の記事も結構あります。
大学院生の時から始めたブログであり、学生のときにはかなり多くの記事数を更新していました。
記事数は減りつつも、卒業して働き始め、結婚し、生活がガラリと変化しつつもなんとか続けてきたブログなので、その時々によって自分の様子が違ってきます。
なんだか一生懸命な感じが記事に出ていたり、色々試して紆余曲折していたり、貪欲な部分があったり。
目標を定めてそれに向かって行こうとしている記事や、必死になって習慣化に取り組んでいる記事、継続していくためにもがいている記事。
あれこれ試してみては、その結果について考え、次の手をまた試している記事。
そういうのを読むと、恥ずかしく、切なく、それでいてうらやましくなるわけです。
今は、昔ほどに懸命でない、頑張っていないよなぁと。
昔の方が、理想を掲げて進んでいってたよなぁと。
別にそのことに対してネガティブな感情は持っておらず、今は今で充実しているのですが、それでもやはり今は持っていないものを過去の自分は持っていたんだな、と感じます。

あらためて読むとあぁおもしろいなと感じる記事、今は情報が古くなっている記事、恥ずかしく、切なく、それでいてうらやましくなる類の記事。
読み返して、そういった色々な記事に触れ、刺激を受けながら、金曜日の更新を楽しんでいこうと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

一人で考えるよりも、シェアすればいい

先日、とりとめのないことを書きました。

ただ単に読書メモに対して自分がどう考えるのか書いただけのエントリですが、そこには「いろんな方の読書メモスタイルを知りたい」という願いを込めました。
より良い、自分に合った読書メモの形を考えてはいますが、一人で考えるよりもいろんな方の意見を聞く方がよっぽど良いからです。そしてそれは、他の多くの方にとっても参考になります。自分が考えつかないアイデアを、他の人は必ず持っている。これはもう紛れもない真実です。

アイデアの宝庫

ここで、紙とえんぴつを使って次のことをやってみてください。
「3つの丸と1つの線で、絵を描く」
どんな絵をお描きになりましたか?ぼくは発想力に乏しいのか、こんな絵を描きました。

「だんご」です。この絵を描いた人も多いのではないでしょうか。お暇があればここからさらにどんな絵が描けるのか考え、1つでも多くの絵を生み出してみてください。どんなに多く生み出したとしても、次にお見せするいくつかの絵の中には自分の描いた絵と違うものが必ずあると思います。

「自分が考えつかないアイデアを、他の人は必ず持っている。」言わば”他の方の考えたち”というのは、”アイデアの宝庫”です。じゃあ、自分一人で考えるよりも悩みをシェアしてしまえばいい。ぼくのブログの場合、返答がくることは少ないですが、それでも書かないよりは書いた方が良い。そう強く思う今日この頃です。

おわりに

ぼくにブログを書くきっかけを与えてくれたのが、@rashita2さんのR-styleです。そこでいの一番に書かれているのが「Sharing is Power!」という言葉。ブログを書き始めた当初はシェアするということがどういうことなのかわかっていませんでした。気がつけばこの「iPhoneと本と数学となんやかんやと」も半年以上経過し、ようやくその言葉の意味をぼく自身感じるようになってきたのかもしれません。
では、お読みいただきありがとうございました。

おわりにのおわりに

さらに10年が経ちました。
今もこうしてブログを更新しているのは、シェアすることで誰かの、何かの役にたったらうれしいなーという気持ちから。
この気持ちが続く限り、何かしら書き続けていくんだろうなーと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

「過去の自分」のに触れれることのおもしろさ

iPhoneを持つようになり、Evernoteを利用するようになって、「メモる」という行為が自分の中に根付きました。
また、ブログを書き始めたことで、「今、自分が考えていることを、ある程度まとめておく」という、それまでになかった習慣も身につきました。
「メモ」と「ブログ」。この二つは、「今現在の、自分の考えを切り取り、保管する」ということをしてくれています。3年ほど前までなら、Evernote内をさかのぼってメモを見ることができますし、2年半前ならブログの記事も読み返すことができます。
それ以前の自分も、ノートにあれこれ書いたりしていました。でもそれは、特定の分野についてであって、今ほどなんかっちゃぁメモしていたわけではありません。日記も続けて書いたことありませんでした。「メモ」や「ブログ」を書いていなかった、それ以前の”自分”に出会うことはなかなか困難なわけです。

いやぁ、もったいないことをしてまいました。

”過去の考え”は新鮮でおもしろい

メモを習慣的にしてこなかったころは、自分は自分であって、まるで別人に感じることなんてないやろうと思ってたと思います。
でも、メモをとるようになって、それが勘違いであることがわかります。だって、たった一月前のメモとかでも、まったく自分が書いた覚えのないものが1つならず、3つも4つもあるんですから。
これはブログにも言えます。ブログはメモと違い、ある程度は考えをまとめて書いてるので、より記憶に残りやすいはず。いやいや甘い甘い。自分が書いたとは思えない記事なんてわんさかあります。
そういうのんに出会うのが、すんごい楽しい。今の自分とは違う自分との出会いです。

過去の自分が考えたことやから、新鮮でもなんでもないはずやのに、今の自分が見たらすんごく新鮮に感じる。過去の自分が新鮮だなんて。
「こんなこと考えてたんか!」と、感心することもしばしばです。ほんま、過去の自分さまさまです。ただ単にぼくの記憶力がなさすぎなだけかもしれませんが。
中でも、読み返して一番新鮮に感じるのは、「メモ」です。その刹那に思いついたことは、別にすごいこととか書いてる訳でなくても、くだらんことを書いてても、ほとんどがくだらないことしか書いてないんですが、見返すと面白いです。
刹那的に思いついたことの方が、確実に忘れていますものね。

おわりに

メモをとり、ブログを書くことで、今の自分を切り取る。これは、よっぽどのことがないかぎり、これからも続けていくと思います。
読み返してるのは、過去の自分が書いたものなので、別に役立たんのですが、おもしろい。
過去の自分がおもしろいとなると、自分がどんなこと考えてるのかってのをより記録していこうと思うわけで。そんな、”自分の考え”ってのに、以前より確実に興味をもつようになりました。
自分ってのはなかなか興味深い生き物です。
「ほんまかいな?」と思うのならば、しばらく思いついたことやら気づいたことをメモって保管しておいてみてください。それを読み返すと、きっとそれまで以上に自分に興味を持つはず。

では、お読みいただきありがとうございました。

おわりのおわりに

、、、という、過去に自分の書いた記事に触れ、ちょっと修正し、過去のブログから今のブログに移植しました。
少し前から旧ブログの過去記事を読み返し、ちょびっと修正して現ブログにて公開し直す、ということをやっています。
中にはほんとに読みかえせてよかったと感じたり、なかなかに良いなぁと思う記事もあったり。
「過去の自分」のに触れることは、あいも変わらず面白いものです。

では、お読みいただきありがとうございました。

週2回更新と決めて、毎日書く

何を隠そう、iPhoneと本と数学となんやかんやとは、火曜日と金曜日の更新です。
週2回更新を続けています。

昨年11月12日に火曜と金曜の更新に決めた!って言ってから、多分今まで更新し続けることができていると思うので、半年続いていることになります。
積極的にブログを書くぞと思い、2019年の10月から毎日更新をしていたのは、4月で途絶え、6ヶ月で終わってしまいました。が、今やってる週2回更新は、もうちょっとは続けることができそうです。もしかしたら、もっともっと続くかも。

自分に合ったベースで更新するのが、やっぱり良いようです。

毎日更新することはできなくとも、毎日何かしらちょっと書くことはできます。
更新するとなると完成まで持っていく必要がありますが、ちょっと書き進めるだけなら途中でおわってても全然問題ない。
ちょっと書き進めるのを2,3日続ければ、一つの文章をとりあえず完成させることはできます。まぁこれくらいなら公開してもいいかな、くらいの程度には。
幸い、毎日更新の時に、ちょっとしたことを書いてえいやっと公開することになれたので、公開に対するハードルは下がったまま。
毎日書いて、ちょっとずつでも書き進めて、更新の日にはとりあえず完成させてえいやっと更新。そんな感じでもいいかな、と思いつつやってるのが、続く理由かもしれません。

習慣化は、飛び飛びになると難しいということは経験から知っています。
なので、週2回更新と定めて、更新の日だけ書く、とすると、うまいこと習慣として根付かせるのは難しい。毎日書いて、更新日がきたら公開する、としたほうが、習慣化しやすく、続きやすく、定期的に更新していくことができる。
たとえ書けない日があったとしても、残りの2日間で書いて更新できればいい。ちょっとしたイレギュラーがあったとしても自分で定めた更新日を守り続けることができるのがいい。

そんなこんなで、週2回の更新を続けていきたいなー続けていけたらなーという感じです。

では、お読みいただきありがとうございました。

ObsidianMobileが「Obsidianの手入れ」を後押ししてくれる

Obsidianに毎日お世話になっています。
モバイルアプリの開発が進行中で、開発を金銭面においてもサポートするユーザーを対象としてβverが公開となリマした。サポートの金額によってランクがわかれているのですが、一番リーズナブルなサポーターに対しても公開になったタイミングでライセンスを購入。今週のはじめくらいからObsidianのiOSアプリβverを利用中です。
このモバイルアプリがかなりすごくて。
今まではDropboxにデータを入れることでデバイス間での同期をしていましたが、モバイルアプリではiCloudを使う必要があったので、そちらに全て移行し、使っています。

モバイル版のすごいのが、プラグインが動くところ。
Obsidianでは、機能を拡張するために、コアプラグインとサードパーティプラグインをインストールすることができます。
コアプラグインは、公式に提供されているプラグイン。
サードパーティープラグインは、有志で作成されたプラグインで、様々な機能を提供してくれており、いくつかのプラグインをインストールして使っています。
Obsidian上のページを公開する「Obsidian publish」はコアプラグインの中の1つで、publishの契約するとそのプラグインが使えるようになる仕組みになっています。

モバイルアプリでは、全てではないものの、多くのプラグインが、デスクトップアプリと同じように動いてくれるんです。そして、Obsidian publishも動いてくれます。
ということは、publishしているページの修正や、新たなページの公開が、iOSアプリからもできる、ということ。iPhoneでpublishページに編集を加えることができるわけです。素晴らしい。

以前はScrapboxにて公開していたメモたち全てObsidianに移行しているので、それらのメモをpublishの機能を利用して公開していってます。
その際、そのまま公開するのではなく、不要なリンクは削除しつつ、お互いがよりリンクするよう修正を加えながらpublishしていっています。
修正を加えて公開するくらいなら、iPhoneからでもなんとかできるので、というか、ちょっとした時間を利用してちまちまと修正を進めることができるので、モバイルアプリを使いはじめてからpublish作業がかなりはかどっております。
Obsidianには、ブログの下書きもけっこうな数保存されていて、それらに関しては、1つの記事から複数のObsidianのページが生まれたり。
ObsidianPublishとブログには明確な境界線があり、ブログは、他の人にもわかりやすい形で、できるだけ1つの記事で完結することを意識して書いています。なので、1つの記事でいくつかのテーマに触れいることが多い。一方でObsidian publishでは1ページ1テーマを貫こうと意識しているので、ブログをObsidian publishにて公開する場合は、1つの記事を1テーマずつに分割する必要があり、1記事からいくつかのページが生まれることがよく起きる、というわけです。
そういったことを、気軽にiPhoneでできる、というのは、すごく楽しい。
そう、過去のメモやブログの記事を見返して、Obsidian publishにて公開する用に修正していくのは、楽しい作業なんです。それをいつでもiPhoneでできる、というのが、素晴らしい。
楽しいとはいえ、修正を加えるのは簡単なことではなく、それなりにあれこれ考えることになるので、頭はけっこう使います。なんぼでもできる、というわけではありません。ちまちまと進める必要があり、それにはiPhoneがピッタリだなと感じます。

モバイルアプリも使いつつ、どんどんObsidianの手入れをしていければな、と思っております。
よろしければ、本と思考のカードボックスをのぞいてください。

では、お読みいただきありがとうございました。

ObsidianPublishとブログの明確な境界線

これまでいろいろと書いたり試したりしてきました。
ブログから始めて、動画を載せる別ブログを立ち上げたり、Scrapboxに書いたり。
今は、やろうと思えばYouTubeで動画の公開ができたり、ポッドキャストで音声の配信ができたり、Substackでニュースレターを書けたり。
選択肢は色々とありますが、そんなに試してはおらず、ぼくの場合は2つの媒体に絞っています。

どちらも「文章を書いてそれを公開する」場なのですが、この2つには明確な違いがありまして。
「これについてはどっちに書こうかなぁ」と迷うことはありませんし、書き方・記述の仕方も違います。

Obsidianは、1ページ1テーマをつらぬく

Obsidianでは、1ページ1テーマをつらぬく気持ちで書きます。とにかく、1つのことについて書く。
未来の自分は他人という気持ちできちんとした文章で書きつつも、必要以上に説明しすぎることをせず、そこはリンクで別ページとのつながりを作りながら。
いわゆる豆論文を書く気持ちで。
ObsidianのPublishの一つひとつのページは、1ページ1テーマであるが故に、ブログなど他の文章を書く際に、言及・引用がしやすい状態である、と言えます。それらを組み合わせさえすれば文章が書ける、とまでは行かないまでも、1つのテーマについて書かれたものは、取り回しが良く、使いやすいのは間違いありません。
『知的生産の技術 (岩波新書)』(梅棹忠夫)を読んで何年も経ちますが、ようやく1枚1テーマで書く、ということに対する理解が追いついた気持ちです。
また、Obsidianのリンクする機能を使うことで、ページ同士がつながってくれており、それもまた言及・引用のしやすさに一役を買っています。Obsidian上のページをひらけば、それに関連するページが必ず表示されるので、思い起こすことができるから。

ブログは、1つの完成したものを

一方でブログは、はじめから読んでいけば内容を理解でき、それだけで完結することを意識して書いています。
そのためには、文中に出てくる語句の解説を入れる必要があったり、前提となる条件を書いたり、最後にまとめ的なことを書いたりすることが必要になります。
となると、1つの記事にはいくつものテーマが混在することになり、それでようやくはじめから読んでいけば内容を理解できる、読めるものが出来上がる、と思います。
ブログの記事は、それ一つで完結したものになるように心がける、ということです。

以下は、同じ「明日をInboxにする」ということについて書いた、Obsidianとブログの記事。かなり違いが表れていると思います。

おわりに

ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その1〜ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その2〜にて、その当時のObsidianPublishとブログの分け方を書いていました。
その時にも今回と同じような結論が出ていたのですが(書いたこと完全に忘れてた)、特に今後意識していきたいのは、「Obsidianは、1ページ1テーマをつらぬく」こと。で、ページ同士をリンクさせておくこと。
その気になれば、ブログには基本的には何を書いてもいいと考えているので、完成したものをと思いつつも、そこにはあまり縛られず、気軽に書いていきたい。
なので、ある意味Obsidianにてpublishする方が、そっちにちゃんと書いていく方が、結構難しかったりするかもしれません。
ただ、あまり書く前からハードルをあげすぎるのもよくないので、とりあえず書いて、後からどんどん手入れしていくという方針で、1ページ1テーマをつらぬいていこうと考えています。

では、お読みいただきありがとうございました。

自分で書いた記事・R-styleの記事ではっきり覚えているもの WRM「今週のQ」

倉下忠憲のWRM 「読む・書く・考えるの探求」第546号、ラディカルなRashitaのスタイルの変容の「今週のQ」での問いかけです。


ふと考えてみて、すぐに思いつくのは。「数学からぼくが学んだこと」と題しての連載です。

この4つのエントリで、自分が思う数学の良さや数学との向き合い方をけっこう伝えることができたのではないかと感じるくらいに、かなり力を入れた、じっくりと書き上げた記事となりました。

他には、

もとても思い入れの強い記事です。

は、かなり前に書いたものを、他の人が6年越しにツイートしてくれて、ふと目に飛び込んできて読み返して少しだけ修正を加えて新たにポストしたもの。

自分で書いた記事ではっきり覚えているものはこれらの記事かな、と思います。
どれも、数学に関して書いたもの。
数学についてどんどんブログで書きたい、と思っているものの、なかなかにそれができておらず、でもなんとかしっかりまとめ切れたという感覚があるからこそ、これらの記事はかなりはっきりと覚えているのだろうな、と思います。


R-styleの記事ではっきり覚えているのは、個人の書くブログの楽しさを教えてくれた

から始まる、一連の連載。
R-styleで展開される、Evernoteというツール越しに見る知的生産についての話が、すごく面白く、興味深く、ブログというのは面白いんだなーと思うようになったきっかけの記事となります。
で、そこから自分もブログを書きたい、となって実際に更新を始めるまでさほど時間はかかりませんでした。で、今もまた更新している、とうわけです。

他には、今ふと思い出したのが、

という、4月1日に書かれた記事。もう11年前になるんですね。
なぜこの記事が記憶に残っているかというと、

という本が、後に発売されることとなるからです。
書評 クラウド時代の知的生産の技術(倉下忠憲)が書かれたのは、倉下さんが物書きになる前、『Evernote「超」仕事術』の発売される前だったと思います。まだ本を1冊も世に出していない状況で、自分が本を出した体で記事がかかれているのがこの記事。
やがてコンビニの店長から物書きにジョブチェンジされて、『Evernote「超」仕事術』が発売され、『Evernote「超」知的生産術』がその後に続きます。
そして、『Evernoteとアナログノートによる ハイブリッド発想術』が発売され、その告知エントリが書かれて。
「ついに!!」と感動・興奮した記憶があるので、とても記憶に残っているのだと思います。

他にも、

は、よく覚えている記事の一つ。R-styleにて倉下さんの書く記事に触発されて自分も記事を書いたりしますが、やはりそういう触発を生んでくれた記事は覚えているものが多いように感じます。


自分のブログとR-styleの記事の中から覚えているものをあげてみました。
記憶力に自信がないく、基本的に忘れっぽい自分でも覚えている記事たちは、自分の中に色濃く残っているものたち、ということになると思います。
そういう記事をもっと書いていけたらなぁと思わなくもありませんが、ぼちぼちと日々書き続けるのを楽しくやってるので、まずは楽しむことを第一に今後も書き続けたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

過去の自分と今の自分の共同執筆

前回の記事、「概念の拡張と日常への適用」は、実は6年ほど前に書いた記事をリライトしたもの。
たまたまTwitterで自分の過去ブログの記事をツイートしてくれているものを発見し、どんな内容か気になって読み返したのが発端。

読み返しての感想は、「昔の自分、めっちゃいいもん書いてるやん」。
単なる自画自賛に過ぎないけど、読むことができて良かったーと感じる出来栄えだった。
と同時に、こういう記事が過去のブログにはけっこうたくさん埋もれてしまっているのかも、ということも感じた。
ぼくは、「はてなダイアリー」でブログ「 iPhoneと本と数学となんやかんやと」を開設し、6年ほどそこで書き続けた。で、4年前からWordpressに移行し、今に至っている。
Wordpressに移行するときに、過去記事を全て移すということをしなかった。
記憶の中にあった、印象深い数記事を移すだけに留めた。
今回の「概念の拡張と日常への適用」は、その印象深い数記事には含まれていなかった。だからWordpressのブログに移したいという思いが湧き、リライトして載せることにした。
こういう、印象には残っていなかったけど読み返してみると「えぇなぁ」と感じる記事は、放置されてそのままになっている。

自分のブログを読み返して感じることは、「けっこうえぇこと書いてるやん。書いたことぜんっぜん覚えてないけど」といったもの。
ほんとにきれいさっぱり忘れている。
今回のように、自分の過去記事に、大切なこと(大切に思っていたけど忘れていたこと)を教えてもらうことも多い。
その一方で、書き換えたくなる部分もある。修正すればより良くなるのでは、と。

旧ブログから今のブログに移行したのは4年前。
旧ブログは、約6年間分の過去記事が、そのままになっている。
旧ブログから学ぶことがある。
旧ブログの内容を多少良くできるのでは、と感じる部分もある。

ということで、これはもっと過去記事を読み返して、多少の修正を加えて改めて新規エントリとして更新するのも、なかなかにありではないか、と思えてきた。
過去に書いたものを読んで感じるのが、「大切に思っていたけど忘れていたことがある」ということ。けっこうあるな、と感じること。
今回のように、過去記事のリライト記事を、ちょっとずつでもいいから更新していければな、と思う。

ブログに投稿するもの、Obsidianでpublishするもの、ブログに投稿してObsidianでもpublishするもの〜その2〜

にて、今課題としていることとして、

  • ブログとObsidian publishをどう使い分けるのか
  • 過去のブログの下書きがObsidianにはあるけれども、それをpublishするか否か

を挙げました。そのうち、「ブログとObsidian publishをどう使い分けるのか」については、

  • Scrapbox「book scrapbook」で公開していたようなものをpublishしていく
  • 1ページ1テーマで書き、関連するページ同士を直接つなげていく
  • 1ページ1テーマを保つために、ブログ記事の下書きをそのままObsidianでpublishはしない
    • 1ページ1テーマに加工してからpublishする

という方針でいこう、ということになりました。
今回は、過去のブログ記事の下書きはどうするかについて。


「その1」でも述べたように、ブログ記事は、1記事1テーマになっていないか、あるいはテーマそのものを持っていないかのどちらかであるものがほとんどです。ブログの下書きも同じ。
であれば、下書きをそのままpublishするのは、Obsidianのpublishは1ページ1テーマでいく、という方針にはそぐわないことになります。
ただ、いくつかの内容を含むページがあってもいいかも、と考えたり。各メモの、「ハブ」の役割をするようなページになってくれることを期待して。
とはいえ全ての過去記事の下書きがそんな役割を担えるか、というとそうではないので、テーマを持たない雑記のような記事についてはpublishをせず、publishするものに関しては、基本的には1ページ1テーマにバラす。いろいろなものに言及しているようなものに関しては、ハブの役割となることを期待して1ページ複数テーマを持つものもpublishする、という方針でいこうかな、と思います。
とにかく、Obsidianのpublishにおいては、各ページがリンクでつながっており、(基本的には)1ページ1テーマであるが故に、そのページを読むだけでは全容を把握できないとしても、リンクを辿っていくつかのページを読めばだいたいのことはわかる、みたいな状態にしたいな、と考えています。

また、Obsidianでは、リンクとタグの使い分ける方がいいだろう、とも考えています。
リンクは「このページと関連するページはどれか?」を記述するものであり、ページ同士の結びつきを表すので、書き手が、今開いているページと関連する他のページを提案することになります。
タグは「このページは何に関することが書かれているか?」を表すものであり、そのタグに関することが書かれているページを串刺しする役割を担います。
明確に役割が違うのですから、ちゃんと使い分けていく、というのも、Obsidian publishを利用して公開していく上での基本方針となります。


Obsidian上には、ちょっとずつページが増えていってます。その中のプライベートなものを除いた全ては、公開してしまおうと考えています。
各ページが他のページとのいくつものつながりを持ち、書き直したり書き加えたりすることで日々刻々と変化していく。
そういったものにしていければなーと考えています。

では、お読みいただきありがとうございました。

ゆるめの締め切り設定と、毎日書き続けることと、何を書こうかなーと考えて思いついたことを書き出すことから始めることと

次の火曜日更新の分について考えよう
何を書こうかなぁ。なんか書こうと思ったことがあったようななかったような。
最近のブログ更新のスタイルについて書こうかな。何を書こうかな、というところから始めて、という話。
他は、教員の授業以外の仕事、分掌の仕事について書くのもいいかもね。
最近何かあったかなぁ。特にないか。
じゃあやはり、2つのうちのどちらかを書こう。明日決めよう。

ブログを再開してからというもの、いい具合に肩の力が抜けた状態で毎日書くことができています。
書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新することができているので、書くこと自体が楽しい。とてもいい感じです。

思い返せばこれまでいろんな書き方をしていました。
ブログをはじめた当初は、文章なんて定期的に書いた経験なんてなかったのと、自分が書いたものを誰でも見れるところに置くことに対する恐れからか、1記事にすんごい長い時間をかけて書いていました。何日もかけて、他のブログの見様見真似で。
やがて慣れてきて、毎日更新を目標としはじめました。その頃には、どう書けばいいかわかってきて、下書きとしてマインドマップもどきを描いてから本文を書きはじめ、合計1時間〜1時間半くらいで日々書いていました。

社会人になってからはなかなかに時間の確保が難しくなり、その中でもなんとかチラホラと更新を続ける、というのが続いています。
マインドマップもどきを描くことは減り、書く内容を考えた後、いきなり本文を書き始める、というスタイルで。
事前にマインドマップを描いてからブログ記事にするときの感じに気づいたのは、去年の、毎日更新を頑張っていたときのこと。なのでマインドマップを描いてから書く、というのは、もうまったくやっていません。

最近は、週2回更新をゆるい目標としているおかげで、書いたものの仕上がりに満足できるようなペースで更新することができており、いつになく毎日楽しく書けています。
この、更新に向けてのんびり書くことができるという状態にあるからか、1点、今までとは違った書き方をするようになりました。
「次の火曜日の更新には、何を書こうかな」という感じの一文から書き始め、ぼんやり思いついたことをとりあえず書いていってみる、という書き始めかたです。
このエントリの冒頭部分が、それにあたります。
いつもは、更新する際にはこの部分以外を切り出しているのでブログにはこの部分は残っていませんが、だいたい毎回こんなふうなことを書くことから始めています。
週2回更新ということで、3日後に更新できるような状態にさえなっていたらいい。毎日書く時間を取ることができれば、慌てる必要はない頻度です。ゆるゆると考え始めて、頭に思い浮かんだことを書いて、何を書くのか探ることから始めても十分に間に合う感じがしています。
少なければ5行ほど、多い時でだいたい20行も書いていれば何について書いていくか定まってくるので、その段階でブログの文章を書くことにスイッチし、書き進めていきます。
とりあえず最後まで書いていき、最後の1日に読み返して修正して更新する、という流れが定着してきています。特にここ2、3回の更新は、余裕を持って最後まで書くことができているので、2回ほど読み返してから更新することができていて、いつになく完成させたものを提出できているなぁと感じています。

「毎日更新」という常に切羽詰まった状態ではなく、「更新できるときにする」という何の締め切りも設けない状態でもなく、「週2回更新」というゆるめの締め切り設定に向けて毎日書き進める。それがとても功を奏しているなぁ、と。
週2回の更新であっても、更新日にだけ書くのではなく、毎日書き進めるというところがキーポイント。
毎日書くことは決定事項とし、更新は3、4日後。何回か書くうちに完成まで持って行ければいいや、と楽に取り組むことができる。しかも、書くことは毎日やるので習慣づけやすい。
今後も肩の力を抜いて、楽な気持ちで毎日書き進め、週2回更新を続けることができればな、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。