アイデアの土壌となりうる「経験」の受け皿としてのEvernote(「アイデアの土壌となりうる「経験」の受け皿」改題)

R-styleさんの「アイディアの傾向から見えるもの」というエントリを読み、考えたことをつらつらと。

どんな内容なのかは実際に読んでいただくこととして、このエントリの「さいごに」の部分にある記述を引用させていただきます。

・情報のインプットだけを増やしても、新しい発想が次々生まれる、ということはあまりない。

・むしろ、土台となる経験の数を増やしていく方が、しっかりしたアイデアを生み出しやすくなる。

・その土台に、多様なインプットが合わさったとき、アイデアのビッグバンが起きる。

経験だけでも、情報だけでも足りないのです。両方をうまく活かす__ハイブリッドスタイルが肝要かと思われます。
同じ情報を受け取ったとしても、そこから生まれるものってのは人によって「まぁこうも違いますか」ってくらい違うもんです。それは、その人自身のそれまでの経験によるところが大きいんでしょう。

話は変わりまして…

毎日毎日ちまちまとEvernoteにいろんなことを放り込んでいるわけですが、最近の傾向として、”自分発”のものばかりを放り込むようになったなと、ふと感じました。”自分発”とは、自分が思いついたことを書いたメモや日記、自分の行動のログなどです。ブログに書いたこともそうです。

かれこれ1〜2年ほど前になりますか。以前はRSSで受け取ったエントリや、ネット上で見つけた有用そうな情報をEvernoteに全文保存するってのをよくしていました。つまり、”他の人発”のものです。

でも、最近はめっきりそれをしなくなった。激減です。今はほとんどが”自分発”のものってことになります。

”自分発”のものとはつまりは、自分の”関心”や”経験”から、実際に生まれてきたものです。これが格段に増えた。

最近の自分は、以前の自分よりも”関心”や”経験”を重視するようになってきたんじゃないかなと思いました。意識してきてないのでよくわかりませんが、無意識のうちにそうした傾向が現れてきたんでしょう。

受け皿としての「Evernote」

ぼくの中では、そういう”自分発”のものを受け止めてくれる受け皿がEvernoteの役割と言えます。

”自分発”のものと言っても、なんらたいしたもんなんてありません。ありませんが、そのときの自分の”関心”や”経験”を、確かに切り取っています。

内にあるものを可視化し、意識化にもってきてEvernoteに保存する。

それを繰り返すことで、より”関心”や”経験”を鮮明に残してくことができるんではないか、と思います。

そういった点で、Evernoteってのはアイデアの土壌となる「経験」を山ほど受け止めてくれる、すごい存在なのではないか、と、そんなことを考えました。

おわりに

そう考えると、毎日何かしらEvernoteに放り込んでいるわけで、アイデアの土壌は日々刻々と肥えてきています。いい感じです。

ここに、アイデアの種となりうるインプットが加われば、「ジャックと豆の木」の豆の木ばりにアイデアがグングングーンと育ってくれるのかも。なんて考えたり。

では、お読みいただきありがとうございました。

おわりのおわりに

Evernoteは、今も受け皿としての役割の一部を果たしてくれていますが、以前のようにほとんどをEvernoteに集める、ということは今はやっていません。
その時々でメインのツールは変遷してきましたが、ここ半年ほどはObsidianに落ち着いています。
そして最近は、ただ書き残すだけではなく、より良い状態を保つことに意識を向けている、という感じ。
また、経験を残していこうと思えば、その分いろいろな経験をまず積んでみることが必要。
今回の記事を読み返して、改めて、日々変化を求めていきたいな、と思いました。

では、お読みいただきありがとうございました。

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