「過去の自分」のに触れれることのおもしろさ

iPhoneを持つようになり、Evernoteを利用するようになって、「メモる」という行為が自分の中に根付きました。
また、ブログを書き始めたことで、「今、自分が考えていることを、ある程度まとめておく」という、それまでになかった習慣も身につきました。
「メモ」と「ブログ」。この二つは、「今現在の、自分の考えを切り取り、保管する」ということをしてくれています。3年ほど前までなら、Evernote内をさかのぼってメモを見ることができますし、2年半前ならブログの記事も読み返すことができます。
それ以前の自分も、ノートにあれこれ書いたりしていました。でもそれは、特定の分野についてであって、今ほどなんかっちゃぁメモしていたわけではありません。日記も続けて書いたことありませんでした。「メモ」や「ブログ」を書いていなかった、それ以前の”自分”に出会うことはなかなか困難なわけです。

いやぁ、もったいないことをしてまいました。

”過去の考え”は新鮮でおもしろい

メモを習慣的にしてこなかったころは、自分は自分であって、まるで別人に感じることなんてないやろうと思ってたと思います。
でも、メモをとるようになって、それが勘違いであることがわかります。だって、たった一月前のメモとかでも、まったく自分が書いた覚えのないものが1つならず、3つも4つもあるんですから。
これはブログにも言えます。ブログはメモと違い、ある程度は考えをまとめて書いてるので、より記憶に残りやすいはず。いやいや甘い甘い。自分が書いたとは思えない記事なんてわんさかあります。
そういうのんに出会うのが、すんごい楽しい。今の自分とは違う自分との出会いです。

過去の自分が考えたことやから、新鮮でもなんでもないはずやのに、今の自分が見たらすんごく新鮮に感じる。過去の自分が新鮮だなんて。
「こんなこと考えてたんか!」と、感心することもしばしばです。ほんま、過去の自分さまさまです。ただ単にぼくの記憶力がなさすぎなだけかもしれませんが。
中でも、読み返して一番新鮮に感じるのは、「メモ」です。その刹那に思いついたことは、別にすごいこととか書いてる訳でなくても、くだらんことを書いてても、ほとんどがくだらないことしか書いてないんですが、見返すと面白いです。
刹那的に思いついたことの方が、確実に忘れていますものね。

おわりに

メモをとり、ブログを書くことで、今の自分を切り取る。これは、よっぽどのことがないかぎり、これからも続けていくと思います。
読み返してるのは、過去の自分が書いたものなので、別に役立たんのですが、おもしろい。
過去の自分がおもしろいとなると、自分がどんなこと考えてるのかってのをより記録していこうと思うわけで。そんな、”自分の考え”ってのに、以前より確実に興味をもつようになりました。
自分ってのはなかなか興味深い生き物です。
「ほんまかいな?」と思うのならば、しばらく思いついたことやら気づいたことをメモって保管しておいてみてください。それを読み返すと、きっとそれまで以上に自分に興味を持つはず。

では、お読みいただきありがとうございました。

おわりのおわりに

、、、という、過去に自分の書いた記事に触れ、ちょっと修正し、過去のブログから今のブログに移植しました。
少し前から旧ブログの過去記事を読み返し、ちょびっと修正して現ブログにて公開し直す、ということをやっています。
中にはほんとに読みかえせてよかったと感じたり、なかなかに良いなぁと思う記事もあったり。
「過去の自分」のに触れることは、あいも変わらず面白いものです。

では、お読みいただきありがとうございました。

近い未来の「ノートの技法」は、タブレットをノートとして活用する技術のことを指すことになりそうと感じた

5月21日。この日を待ちに待っていました。
4月30日に注文してから約3週間。とても待ち遠しかったです。
新品を購入するのは、約8年半ぶり。長い間中古を買い替えて過ごしてきましたが、今回は新品を、満を持しての購入。

はい、iPadの話です。


主に仕事で、iPadを活用しています。
板書計画とiPad+Apple Pencilの相性は抜群で、書いては消し、書いたものを移動しながら適切な場所を模索し、といったことをしながら、板書計画を立てています。
これまでは、一昨年の夏に中古で購入した10.5インチのiPad Proを使っていました。正直、この昔のiPad Proで何不自由なかったのですが、新しいiPadが発表されたら買おう!と決意していて、なおかつAppleの発表会を見たらM1チップがiPad Proに乗るということで、予約開始日に必死こいて予約をし、発売日にゲットすることができました。
届いてしばらく試し、もちろん動作はサクサク快適なのですが、これまでと別にたいして変わったことをするわけでもないので、今まで通り使っていこうかな、といった感じです。

では、今まで使っていた10.5インチの古い方のiPad Proはどうなったかというと、子どもが使う用にすることにしました。
自分が使わなくなったiPadやMac子どもにあげよう!と決意していたので。
今回新たにiPadを購入し、古いiPadは子どもが使えるようにセットアップし直しました。

一番上の子は小学校に入ったばかりで、ひらがなを毎日の宿題として練習しています。また、次女は英語を習っており、アルファベットのなぞり書きを練習中です。
そこで、ネットでなぞり書きのPDFを探し、受け渡したiPadに入れることにしました。
そうすることで、何回でも何回でも練習することができるようになります。
そして、思いました。やはり、将来的にはノートはタブレット+専用のペンに置き換わっていくかもな、と。
近い未来の「ノートの技法」は、タブレットをノートとして活用する技術のことを指すことになっていきそうだな、と。

とはいえ、実際に今のようにえんぴつで紙に書く練習がなくなるのかというと、「?」です。それは、やはり鉛筆の方が書きやすく、練習にはもってこいだから。
上の子は小学校に入り、ひらがなを熱心に練習しています。使う鉛筆は、「4B」のかきかたえんぴつ。
4Bなんてもうほとんど使うことがないくらい、芯の柔らかい鉛筆です。
力を込めて書いても芯が折れにくく、芯が柔らかい分、紙との摩擦がしっかりしており、HBとかと比べるとやはり書きやすい(好みにもよると思いますが)。
そういう、書きやすさの面では、iPadは(今のところ)紙と鉛筆にはかないません。
文字を練習し始めたばかりの子どもにとって、柔らかい鉛筆を使うことは必要なことなのかも、と感じます。
いきなりiPadにて書く練習をするよりも、しっかりと力を入れて書きやすい紙と濃い鉛筆から入り、慣れてきたら移行したほうが良さそうかなーと。
また、画面の広さの制約があるため、紙が必要なくなるのはまだ先のことだろうな、とも感じます。
それもこれも、今後手書きがどう発展していくかによるとは思いますが。


手書きというのはいいものです。
紙に鉛筆やペンを使って文字や絵を書くのは、タブレットとペンを使うよりも心地よく、色鉛筆やクーピー、クレヨンで描くという行為にも、独特の手触りが、感触があります。iPadとはいえ、それにはまだまだ及ばない。けれども、今後の発展次第では、書き心地の差は埋まっていくのかもしれませんし、それとは違った体験をさせてくれそうな気もします。
いずれにせよ、子どもと一緒に使っていけるのが嬉しいので、今後も新しいのを買うごとに受け渡していこうかな、と考えています。
お古ばっかりでごめんね。

では、お読みいただきありがとうございました。

「教える」よりも「引き出す」に重点を置く

ぼくの好きな本に、「プロ研修講師の教える技術」というのがあります。
なぜこの本を購入するに至ったかと言うと、”はじめに”でこんなことが書かれていたからです。

「こちらが、詳しくていねいに話す」のではなく、「こちらの説明はポイントだけで、答えは相手に見つけてもらう」

プロ研修講師の教える技術

寺沢 俊哉 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2011-10-16

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この考えにすごく共感し、思わず購入したわけです。”教える”よりも、答えを”引き出す”ことで授業を組み立てていき、話を進めていく。初任校でみんなの前に立って教えはじめてしばらく経ったころから、その重要性に気づき、意識し始め、そこから数ヶ月が経った頃、本書と出会いました。

予備校での日々

少し過去を振り返ってみると、大学に入ってから大学院を卒業するまでの6年間、ぼくは予備校で講師のバイトをしていました。メインは個別指導で、1対2〜3で数学を教えていました。相手は受験生で、最大の目標は「志望校に合格すること」。
合格点に達するかどうかが一番の課題なので、言ってしまえばパターンや解法の暗記でもいいから問題が解けさえすればいい。とはいえ、数学を学ぶからには、問題を解くときには頭を使って考えてほしい、脳みそを鍛えてほしいという思いが常々ありました。
それはただのぼくのエゴなのかもしれませんが、なんとか質問を多くしながら生徒に考えてもらい、意見を引き出す努力をしていました。でもやはり、”教える”という意識が強かったように思います。

算数を教える日々

そして初任校は特別支援学校で、担当の1つとして数学の授業を持っていました。数学という教科名をしてはいますが、内容は算数。算数を教えるのはとても難しく、反省の多い日々でした。その時の話です。

教えはじめてしばらく経ったころから、悩みの多かった数学の授業が、すごく楽しくなってきました。予備校時代もとても楽しみながら授業をしていたのですが、それを上回ります。なぜそんなに楽しくなったのか。
それは、”みんなの意見をきく”ことを主体とした授業構成にしたからです。
授業なので、もちろん身につけてほしい考えや計算という目指す目標はあります。でもそこまでこちらがグイグイと引っ張っていくのではなく、みんなの言葉を引き出しながら、こちらはその意見をもとに目標に向かって行くというスタンスです。これが楽しい。予想外の意見や、こちらの予想を超える考えがバンバン飛び出してくるからです。
みんなの意見に驚きながら、それを拾い、拡げながら授業を展開していくのがほんとうに楽しい。

”引き出す”ことが大切

考えて、頭を働かせていないと自分の意見を持つことはできません。みんなからいろんな意見を聞き出すことができているということは、しっかりと考えている、頭を働かせている証拠だと思います。
予備校時代からの「学ぶからには頭を働かせて考えてほしい」という思いが、いくらかは達成できていたのではないか、と感じます。こうしてみんなの意見・考えを聞き、ぼく自身がすごく楽しみながら授業ができているので、それは生徒みんなにも伝わっているはず。以前より意見が活発に飛び出すようになってきていると感じます。

”引き出す”。そのためにはやはり準備が大切。
どこまで材料を与えるのかはとても難しい。材料を与えなさすぎると、生徒はどうしていいかわからなくなりますし、玉に材料を与えすぎたり、質問しすぎると誘導尋問みたいになってしまいかねません。その微妙なライン攻めるのがまた楽しかったりするのですが。
考えを引き出す授業構成も大切ですが、自分の意見を言いやすい雰囲気づくりもとても大切になってきます。
授業中のクラスの”空気”には細心の注意を払いながら、意見を言いやすい良い雰囲気を保つこともとても難しいものです。「考えを促す授業構成」と「意見の言いやすい雰囲気づくり」は、今一度取り上げていきたい目標です。

おわりに

”教えている”という意識は、少し間違えると「教えてやっている」やら「これだけ言ってなぜわからないんだ」という気持ちを誘発してしまう危険性があります。もう一度本の内容を引用させてもらいますと、

「こんなことがわからないのか!」ではありません。
「こいつ、人の話を聞いていないんじゃないか!」ではありません。
伝わらないのは、教える側が悪いのです。

まさにそのとおりなのでしょう。これからもずっと”教える”よりも”引き出す”ことに重点を置きながら、生徒みんなと楽しみながら進んでいければなとおもいます。

では、お読みいただきありがとうございました。

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会議資料の作成にアウトライナーを使うのが快調

『アウトライン・プロセッシング入門:アウトライナーで文章を書き、考える技術』を読み、アウトライナーという道具を利用して、書くこと、考えることについて学んでからは、実際にアウトライナーをより日常的に使うようになりました。
確かに、アウトライナーは、書くことにより、考えることを強力にアシストしてくれる存在だと感じています。
一方で、ある形式にのっとった書類を作成する時にも、大変に役立ってくれるものだとも思うようになりました。アウトライナーを用いて、会議資料を作成し始めたことによって。


昨年度から定期的に会議の資料を作成することになりました。
はじめは勝手が分からないので、これまでの資料を参考に作ることになるわけですが、会議資料というか、会議のレジュメは明らかに階層構造を成しています。
大きな見出しとして「審議事項」と「連絡事項」が並び、その子要素としていくつかの案件や連絡事項が並びます。そして、そのそれぞれに対して、内容と説明文が書かれている、といったように。
これは見るからに、アウトライナーを使って作成していくのが良さそうだと感じ、使ってみて、予想通りの快適さです。

会議のレジュメは、最終的にはWordファイルで作成し、残しておきます。が、下書きを作成する段階では、アウトライナーを使っています。
Wordにもアウトライナーモードはありますが、あんまし使い慣れておらず、思うように操作できなかったというのが理由の1つめ。
Wordでは基本的に1回の会議につき1つのファイルを作成していくため、会議ごとにファイルが分割されます。分割するのではなく、全ての会議を1つのアウトライン上で扱いたい、という考えがあったってのが、下書きではWordを使わないもう1つの理由。
というのも、まず間違いなく、今年度作成した会議資料は、来年度参考にします。1つに連なっていてくれた方が、時期なども確認できて良い。変更させたいときも手軽。
また、今回の内容が、次回の会議に影響を及ぼすことは多々ありますし、今回あがっていた議題が次回に持ち越される場合もあります。今回の会議で触れるべきことを考えているときに、次回以降に取り上げたい内容を思いつくこともしばしばあり。
となると、会議ごとに分割されているのではなく、全ての会議のレジュメは1つのアウトライナー上に乗っておいてくれたほうが、まず間違いなく便利です。回を跨いでの移動が、とても簡単になるので、柔軟に組み替えていくことができます。

アウトライナーを使って会議資料の下書きを済ませた後は、それをコピーしたものをWordに貼り付け、整形していきます。
毎回、見出しごとのスタイルを調整するのは手間でしかないので、Wordファイルのテンプレートを作成し、利用しています。
中でも便利なのが、見出しごとにショートカットキーを割り当てること。
見出し1を「ctr+1」、見出し2を「ctr+2」、、、と割り当てておくことで、貼り付けた後の整形作業がとても捗ります。
整形の手間のかなりの部分を省いてくれますし、テンプレートの見出し構造が手になじみ、使い勝手がかなり上がってきたとも感じます。
そして使っていくうちに、ほとんどの資料をそのテンプレートを使って作成するようになりました。ショートカットキーによって小気味良く構造化していきながら書き進めていくのがとてもいい感じ。


テンプレートを使うことと、見出しの設定にショートカットキーを割り当てること。
この2点は、知ってしまうともうこれなしにはやってられないレベルの機能に感じます。

で、重要なのが、アウトライナーというツールを知っていたことと、今まで使ってきていたことがすべてのはじまりになっているということ。
そこで学んだシェイクなどは、会議資料を作成する際にはほぼやらないわけですが、たぶん、階層化によって文章を構造的に表現しながら書くことを知らなければ、そもそも資料の作成にアウトライナーを使おう、と思わなかったわけで。
知的生産とライフハックのつながりを強く感じる一件です。

では、お読みいただきありがとうございました。

週2回更新と決めて、毎日書く

何を隠そう、iPhoneと本と数学となんやかんやとは、火曜日と金曜日の更新です。
週2回更新を続けています。

昨年11月12日に火曜と金曜の更新に決めた!って言ってから、多分今まで更新し続けることができていると思うので、半年続いていることになります。
積極的にブログを書くぞと思い、2019年の10月から毎日更新をしていたのは、4月で途絶え、6ヶ月で終わってしまいました。が、今やってる週2回更新は、もうちょっとは続けることができそうです。もしかしたら、もっともっと続くかも。

自分に合ったベースで更新するのが、やっぱり良いようです。

毎日更新することはできなくとも、毎日何かしらちょっと書くことはできます。
更新するとなると完成まで持っていく必要がありますが、ちょっと書き進めるだけなら途中でおわってても全然問題ない。
ちょっと書き進めるのを2,3日続ければ、一つの文章をとりあえず完成させることはできます。まぁこれくらいなら公開してもいいかな、くらいの程度には。
幸い、毎日更新の時に、ちょっとしたことを書いてえいやっと公開することになれたので、公開に対するハードルは下がったまま。
毎日書いて、ちょっとずつでも書き進めて、更新の日にはとりあえず完成させてえいやっと更新。そんな感じでもいいかな、と思いつつやってるのが、続く理由かもしれません。

習慣化は、飛び飛びになると難しいということは経験から知っています。
なので、週2回更新と定めて、更新の日だけ書く、とすると、うまいこと習慣として根付かせるのは難しい。毎日書いて、更新日がきたら公開する、としたほうが、習慣化しやすく、続きやすく、定期的に更新していくことができる。
たとえ書けない日があったとしても、残りの2日間で書いて更新できればいい。ちょっとしたイレギュラーがあったとしても自分で定めた更新日を守り続けることができるのがいい。

そんなこんなで、週2回の更新を続けていきたいなー続けていけたらなーという感じです。

では、お読みいただきありがとうございました。

おもしろいポッドキャストを紹介します

おもしろいポッドキャストを紹介します。

1つ1つが長いです。1時間以上あります。
哲学とか倫理とか、難しそうなことを話しているときもあります。
何より、本をじっくり読みたくさせられます。


読みたい本は尽きないもので、今も読まれることを待っている本が家の中に何冊もあります。
読みたい本がスタンバイしていると、どうしても次に次に読んでいきたい気持ちになり、1冊読み終えたらすぐ次の本に手を出し、となってしまいがちです。
でも、ここには厳しい現実が待ち構えています。
そうやって次々読んだとしても、読みたい本の増加のペースと、本を読了していけるペースは、どうあがいても読みたい本の増加ペースの方が早いという現実が。
そうなんです。
次々に本を読んでいったとしても、読みたい本はそれ以上のペースで増えていきます。
これは、抗いようのない事実。

どうせ、読みたい本、積読は増える一方なのははじめから決まった事実なんだから、次々読んでみたい本が積み上がっていくのを防ごう、なんて、あきらめちゃってもいいようなものです。
でも、なぜなんでしょう。そう簡単に、あきらめられない何かが、そこにはあります。
「ブックカタリスト」は、その「あきらめられない何か」を突き崩してくれる力があるように感じます。
次々読んでも読みたい本はどうせ増えていくのだから、それはもう仕方ない。
読むペースは落ちるとしても、1冊1冊をじっくり読むのもいいもんだ、読んでみたい本が積み上がってもいいじゃないか、と思えてくる。
もっと、1冊1冊をじっくり、その本について人に語ることができるまでに読み込みたいなぁと。
だって、そうやって本を読み込んでいるお二方のブックカタリストで繰り広げられる話は、すこぶる面白いのですから。

せめて、読んだ本についてブログに書けるほどにはしっかり読みたい。
今は、読めば次の本、読めば次の本と、次々に本を読んでいっており、じっくりは読めてない。
せめて、もう少しは、語るまではいかなくとも、書けるまでは。
書くよりも語る方が何倍も深く読み込まないといけないはずなので、読んだ本について語ることができるところまではもっていけないかもしれませんが、次に次にと読むよりも絶対にいい。


おもしろいポッドキャストを紹介します。

1つ1つが長いです。1時間以上あります。おもしろい話を長い時間聞けるなんて最高です。
哲学とか倫理とか、難しそうなことを話しているときもあります。それを、お二人のやりとりの中で深掘りしたり、質問から話が展開したりで、紐解かれていく過程が、聞いているこちら側を理解へと導いてくれます。
何より、本をじっくり読みたくさせられます。それこそが、このポッドキャストのおもしろい証です。

ぜひぜひ。

ObsidianMobileが「Obsidianの手入れ」を後押ししてくれる

Obsidianに毎日お世話になっています。
モバイルアプリの開発が進行中で、開発を金銭面においてもサポートするユーザーを対象としてβverが公開となリマした。サポートの金額によってランクがわかれているのですが、一番リーズナブルなサポーターに対しても公開になったタイミングでライセンスを購入。今週のはじめくらいからObsidianのiOSアプリβverを利用中です。
このモバイルアプリがかなりすごくて。
今まではDropboxにデータを入れることでデバイス間での同期をしていましたが、モバイルアプリではiCloudを使う必要があったので、そちらに全て移行し、使っています。

モバイル版のすごいのが、プラグインが動くところ。
Obsidianでは、機能を拡張するために、コアプラグインとサードパーティプラグインをインストールすることができます。
コアプラグインは、公式に提供されているプラグイン。
サードパーティープラグインは、有志で作成されたプラグインで、様々な機能を提供してくれており、いくつかのプラグインをインストールして使っています。
Obsidian上のページを公開する「Obsidian publish」はコアプラグインの中の1つで、publishの契約するとそのプラグインが使えるようになる仕組みになっています。

モバイルアプリでは、全てではないものの、多くのプラグインが、デスクトップアプリと同じように動いてくれるんです。そして、Obsidian publishも動いてくれます。
ということは、publishしているページの修正や、新たなページの公開が、iOSアプリからもできる、ということ。iPhoneでpublishページに編集を加えることができるわけです。素晴らしい。

以前はScrapboxにて公開していたメモたち全てObsidianに移行しているので、それらのメモをpublishの機能を利用して公開していってます。
その際、そのまま公開するのではなく、不要なリンクは削除しつつ、お互いがよりリンクするよう修正を加えながらpublishしていっています。
修正を加えて公開するくらいなら、iPhoneからでもなんとかできるので、というか、ちょっとした時間を利用してちまちまと修正を進めることができるので、モバイルアプリを使いはじめてからpublish作業がかなりはかどっております。
Obsidianには、ブログの下書きもけっこうな数保存されていて、それらに関しては、1つの記事から複数のObsidianのページが生まれたり。
ObsidianPublishとブログには明確な境界線があり、ブログは、他の人にもわかりやすい形で、できるだけ1つの記事で完結することを意識して書いています。なので、1つの記事でいくつかのテーマに触れいることが多い。一方でObsidian publishでは1ページ1テーマを貫こうと意識しているので、ブログをObsidian publishにて公開する場合は、1つの記事を1テーマずつに分割する必要があり、1記事からいくつかのページが生まれることがよく起きる、というわけです。
そういったことを、気軽にiPhoneでできる、というのは、すごく楽しい。
そう、過去のメモやブログの記事を見返して、Obsidian publishにて公開する用に修正していくのは、楽しい作業なんです。それをいつでもiPhoneでできる、というのが、素晴らしい。
楽しいとはいえ、修正を加えるのは簡単なことではなく、それなりにあれこれ考えることになるので、頭はけっこう使います。なんぼでもできる、というわけではありません。ちまちまと進める必要があり、それにはiPhoneがピッタリだなと感じます。

モバイルアプリも使いつつ、どんどんObsidianの手入れをしていければな、と思っております。
よろしければ、本と思考のカードボックスをのぞいてください。

では、お読みいただきありがとうございました。

本だけでは学び得ない何か

アドラー心理学を学び続けています。
これまではいろんな本を読んで勉強していました。が、本で学んだことを実生活にて実践することがなかなかできていませんでした。
特に、自分の子どもと接する時に実践できてないなぁと感じることばかりで、怒りを使ってなんとかすることも多く(大抵はなんとかなっていない)、難しいなぁと思う日々でした。

いつかは研修に参加してみたいと思いつつも、日々の忙しさやらなかなか研修が近場で開催されないことやらで、2,3年が過ぎ。
ようやく、京都で開催される「アドラーギルド」という会社のセミナーに参加してみました。
結果、とても、とても良かったです。

土日2日連続で開催され、その2週間後の土日にまた開催されるという、全部で4日間の研修でした。
いろいろな本に手を出し、読んでいたので、知識はまぁまぁあるのではないかと思いながらの参加でしたが、研修から得られたものは、これまで読んだどの本からも得られたことのなかったものになったと断言できます。
実際に研修を受け、他の参加者の方々とのワークをしたりする中で、本からは得られなかった、実践においての勘所をいくつか掴めた感覚があります。
前半の2日間と後半の2日間の間には2週間の期間があり、研修で得たことを、何か1つに絞って実際に実践してみてくださいとの軽い宿題が出ました。
研修内でも何度か語られていたのが、アドラー心理学は、実践ありきである、ということ。学んだことを実践しないことには、より深く理解することはできない、と。
前半2日間の研修を受け、本では感じることのなかった、「これは、日々実践していけそうだ」という感覚を得ていたので、研修が終わる頃には今までになく自信がありました。本からは、そういう感覚を得たことがなかったので。
まぁ案の定、そんなうまくはいかなかったわけですが、前半から2週間の実践を経た上での後半2日間も学びの多い研修でした。

参加してみて感じたのは、実際に講義を聞いたり他の参加者の方々とのワークや会話からの学びは、本からは得られないものがある、ということ。
講義の構成がとてもよく考えられているというか、巧妙に深い理解へと導いてくれた感じ。特に2日目は、霧がパッと晴れる演出のされた講義で、感動を覚えました。
他の参加者の方々と取り組んだワークでは、自分が事例を上げたこともあり、その分析を手伝ってもらったおかげで、自分と他の人とのやりとりをアドラー心理学的に見るとどうなのか、という部分を体験することができました。
そういった中で、なぜぼくはアドラー心理学が好きなのか、「これや!」と感じているのかがわかってきた部分もありました。
学んだことについては、また何らかの形でまとめていく予定です。


実際に研修に参加し、講義を聞き、他の人とのやりとりの中から学んだことは、本だけでは学び得ないなーと今回強く感じました。

アドラー心理学は、実践ありき。研修後も、今も、今後も実践し続けること。
また研修に参加した時に、より学び多いものにするために、日々実践し、本を読んでいければなと考えています。

では、お読みいただきありがとうございました。