「7つの習慣」からの「経営者の条件」からの連用バレットジャーナルにまとめを書き書き

現状は、とりあえずタスクは回ってる。けど、ただこなしてるって感じを覚えたりする。
全然それでええねんけれども、でも、もうちょいなんとかしていきたいとも思ったり。
そこで、「7つの習慣」。とにかく、第3の習慣までを実践できるように。

第3の習慣までは、「私的成功」。セルフマネジメントの範囲。セルフマネジメントといえば、ドラッカー「経営者の条件」。ということで、オーディオブックを購入し、聴いて、再度学ぶように。
聴いてみると、Kindleで読んでたときよりもおもしろく感じて、学びも多く、「これはちゃんとまとめておきたい!」となり、章ごとに連用バレットジャーナルにまとめていくことに。
「まえがき」と「序章」を手始めにまとめてみた。書き出すと、夢中になって気がつけば1時間が経ってた。没頭してた。いや、おもしろくて。
ノートに章ごとにまとめていくのは、確実に理解は深まりまくる。時間かかるけど、でも、その価値は必ずある、と思う。全部の本をまとめていくのはむずかしいので、「これや!」と思ったものについてはまとめていきたい。

経営者の条件を皮切りに、ドラッカーの著作にまた興味を持ったので、どんどん読んでいこうと思う。また、「7つの習慣」も、章ごとにまとめていきたいところ。もちろん、連用バレットジャーナルに。そうしておけば、あと最低2回は見返すことになるから。

では、お読みいただきありがとうございました。b

完訳 7つの習慣 人格主義の回復
スティーブン・R.コヴィー
キングベアー出版
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ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー
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電子書籍・オーディオブック・紙の本。全部で持ってたっていいじゃない。

「経営者の条件」がおもしろい。
ドラッカー名著集」のトップバッターを飾る、「経営者の条件」。
はじめはkindleで購入し、読みました。細切れ時間、短い時間ずつしか読めなかったので、読むのがだいぶと途切れ途切れになってしまい、全体の把握には程遠い状態でした。けれども、途切れ途切れになりながらもそのおもしろさを感じていたようで、3回ほど通読。やはり途切れ途切れに読んでいたので、把握できた感はなかなか掴めないままでした。

忙しいあなたも、耳は意外とヒマしてる – audiobook.jp」にて、多くのドラッカーの著書がオーディオブック化しています。経営者の条件もあったので、半額セールのときに購入。
オーディオブックのいいところは、他のことをしながら本が聞けること。聴き漏らすことも多いのですが、本を読むときよりも短い時間で聴き終わるので、ざっくり全体を把握するのにはうってつけです。
これまで何度か再読しているのと相まって、オーディオブックで聴くことで全体像の把握ができ、そのおもしろさを強く再確認しました。

まずは電子書籍で買って、オーディオブックも購入。これは、ぜひとも本棚に並んでいて欲しい。紙の本でも買ってしまおうかな、という考えが頭をよぎります。
電子書籍とオーディオブックで持ってるのに、さらに紙の本でも買っておこうとするなんて。それをやろうとしている自分がいる。

はい、やってしまいました。ちょろっと悩んだのも束の間、買っちゃいました。電子書籍、オーディオブック、紙の本のグランドスラム達成。
いつでもどこでも読めて、耳でも聴けて、ペラペラと紙をめくりながら内容を確認できる。そんな状態になりました。
自分がいいなと思った本は、他で持っていようが関係なく紙でも買っておこうとおまいます。

では、お読みいただきありがとうございました。

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「考える」ときに、本から学んだ知識が役に立ちそうな時がきっとある

どうやら、仕組みや仕掛けを「考える」ことが好きなようだ、と気づいたのですが、考えるときには、読んだ本がやっぱりすごい参考になるなーと思った話です。

ぼくは、生徒に数学の力をつけてもらいたいなーと考えてるわけです。論理的に考え、組み立てられるようになって欲しいなーと。いわゆる論理的思考力というやつです。
生徒の力を伸ばしたい、能力を身につけて欲しいわけです。
で、これが今読みかえしている本、「『超一流になるのは才能か努力か? (文春e-book)』(アンダース・エリクソン,ロバート・プール)」と結びつきます。

「超一流になるのは才能か努力か?」には、人の力は伸ばせること、脳を変化させていくことができること、そのためには正しい努力が必要であることが述べられています。で、具体的にどんな練習をすれば良いのかってのも語られてるわけです。そして、「目的のある練習」が、力を伸ばすのに必要だ、と。
もし、授業を「目的のある練習」ができる時間になるようデザインできれば、、、今よりももっと力を伸ばしてもらえるんでないか。
そう思えてきました。

目的のある練習をするには、以下の4つを満たす必要があるそうです。

562.一 、目的のある練習には 、はっきりと定義された具体的目標がある

581.二 、目的のある練習は集中して行う

600.三 、目的のある練習にはフィ ードバックが不可欠

619.四 、目的のある練習には 、居心地の良い領域から飛び出すことが必要

ぼくの赴任している高校は、勉強の苦手な生徒がほとんどで、小学校の算数の内容もおぼつかない生徒もいます。なので、1年生のときに、小中学校の内容のおさらいを1年かけてやるのですが、その部分にこの「目的のある練習」を念頭においた授業が合うのではないか、という考えに至りました。
フィードバックの部分は、今までみたいな講義形式の授業では十分にできていないと思います。できれば即時にフィードバックできるような環境を整えれたら。それには教員数は足らないので、映像教材や電子教材の活用が、、、と思考が進んでいっています。

いろいろ考えていますが、使えるリソースは限られていで、時間もかなり限られている。その中で何ができるか。思いついたことは試してみたい。何が効果あるなんてはっきりわからないので。
本からいろいろ学び、実際の授業への応用を考え、試し、改善して、また並行して本からいろいろ学び。
そういったことをできていけばなーと思ったりします。

では、お読みいただきありがとうございました。

超一流になるのは才能か努力か?
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文藝春秋
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2019年、出会いは少なかったけれども、良い出会いが多かったように思います #mybooks2019

本を読むことが好きです。
これは、けっこう小さい時からそうで、絵本を好んで読んでいたそう。
小中学生の頃はそれが漫画になり、高校生からは小説に。
大学生から小説以外の、実用書やビジネス書などの自分の学びになりそうな本を好んで読むように、と、変遷をしてきています。

大学生の頃は、気になった本は片っ端から読む、という感じで、多くの時間を読書にあてていました。
推理小説を読んだり、ミステリを読んだり、はたまた自己啓発書に手を伸ばしたり、実用書を次々読んだり。

働きはじめ、家庭を持ち、確かに、本を読む時間は少なくなっています。
でも、「読まない」という選択肢はなく、必ず何かを読み続けいています。
数は多くなくとも、今年も何冊かの本に出会うことができました。

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『人を伸ばす力』(エドワード・L・デシ、リチャード・フラスト)
この本を挙げずにはいられません。
「何度も読み返すやろうな」と感じる本は、そう多くはありません。でも本書は、確実にまた読むことになりそうです。
成長を後押しできる存在になりたいと思っているので、本書とアドラー心理学は、ぼくにとっての指針となります。

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『思春期・青年期支援のためのアドラー心理学入門 どうすれば若者に勇気を与えられるのか』(深沢孝之)
アドラー心理学についての本を、次に次にと読んでいってます。
最近は、アドラー心理学の実際の実践例について書かれている本を中心に。
本書は、はじめにアドラー心理学についてのコンパクトなまとめがあり、その後は高校や大学、専門学校などでのカウンセリングの実践についての事例と考察がのっており、実践的です。

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『プロ研修講師の教える技術』(寺沢 俊哉)
何度も再読をしている本です。
今年の読書は、積極的に再読をしてきました。中でも本書は、何度も読み返すことの多い本で、自分の授業づくりにとても影響を与えてくれている本です。

以上が、2019年の<びっくら本>です。

では、お読みいただきありがとうございました。

「意図的な練習」=「目的のある練習」≒「考え抜いた練習」

MM読了『やり抜く力 GRIT(グリット)』(アンジェラ・ダックワース)」という本をオーディオブックで聞きました。

本書は、その題名のとおり「やり抜く力」について突っ込んだ、成果を上げるためにはやり抜く力が大きく影響することを説いた本です。
その中で、「意図的な練習」というものが紹介され、力を伸ばすためにはこの練習が必要である、そして、この意図的な練習を継続するためにも、やり抜く力が大切であることが述べられています。
意図的な練習、、、その内容と、それを提唱しているアンダース・エリクソンという名前も聞き覚えがあり、すぐに以前読んだ「MM読了『超一流になるのは才能か努力か? (文春e-book)』(アンダース・エリクソン、ロバート・プール)」という本に思い当たりました。

「GRIT」で「意図的な練習」と呼ばれているものは、「PEAK」では、「目的のある練習」と呼ばれています。以下のようなもの。

一 、目的のある練習には 、はっきりと定義された具体的目標がある

二 、目的のある練習は集中して行う

三 、目的のある練習にはフィ ードバックが不可欠

四 、目的のある練習には 、居心地の良い領域から飛び出すことが必要

この四つを満たすものが「目的のある練習」であり、目的のある練習が、上達には不可欠であることが書かれているわけです。

『究極の鍛錬』(ジョフ・コルヴァン)」という本も、PEAKを読むよりも前に読みました。
この本でも、自分の能力を伸ばすことについて、

達人と素人の違いは特定の専門分野で一生上達するために、考え抜いた努力をどれだけ行ったかの違いなのである。

練習は、ちゃんと考えられたものが必要であることや、

結果に関し役に立つフィードバックのない訓練は価値がない。

フィードバックが必要不可欠であること、

訓練は好きなだけやってもかまわないが、訓練の成果がわからなければ、次の二つのことが起こるとカーは言っている。一つはけっして上達しないこと、もう一つは注意深く練習をしなくなってしまうことだ。

自動的にやってしまうことを避ける能力

自動的にやってしまうのではなく、集中して、自分にとってはキツいと感じる練習をしなければいけないこと、集中して取り組む必要があることが述べられていて、その内容は、PEAKに書かれていることととても似ています。

結論は出ているわけです。
何か上達したいことがあれば、目的のある練習を行うことが必要であるということが。
じゃあ、やることは決まっています。
数学の力を伸ばしたかったり、授業がうまくなりたいのだから、目的のある練習にとりくんでいけばいい。上達するには、それが必要だから。
やれば上達するし、やらなければおそらく上達しない。
まずは目的のある練習はどういったものになるか考え、その努力を続けていこうと思います。

ここで、忘れてはいけないことが、どの本にも言われているのが、そういった練習は「キツい」ということ。楽しくないこともあるし、なぜこんなことをしなければいけないのか、と感じることもあるとのこと。
続けるためにできることを考えることも、かなり重要になってきそうです。

では、お読みいただきありがとうございました。

欠乏はなにをもたらすのか〜『いつも「時間がない」あなたに: 欠乏の行動経済学』を読んで学んだこと〜

余裕のあるときはついついダラダラ過ごしてしまい、そのために時間を浪費してしまう。余裕のあるときに、先に待ち構えている仕事に手をつけたり、仕事の進め方を見直したりすれば時間がない状況に陥らなくて済むと頭ではわかっていても行動に移せなかったりする。

これは、時間に対する欠乏感がないから、と考えられる。なので、仕事が立て込んできて時間がなくなってくると、欠乏感が出てきて心が今しないといけないことに占拠され、注意が集中していく。

478.仕事でも楽しみでも、時間があまりないときのほうが得るものは大きのだ。私たちはこれを「集中ボーナス」と呼ぶ。

欠乏は集中を引き出してくれるので、メリットに感じる。けれども本書で繰り返し繰り返し述べられるのは、欠乏はむしろデメリットの方が大きい、ということ。

829.欠乏への集中は無意識であり、人の注意を引きつけるので、ほかのことに集中する能力を邪魔する。

924.本性の中心的仮説、つまり「欠乏は直接的に処理能力を低下させる」につながる。低下するのは個人の生来の能力ではなく、その能力のうち現在使えるものである。

欠乏は、処理能力の低下を引き起こしてしまう。で、これが実に厄介で、人の行動の全ての足を引っ張ることになりかねない。
欠乏が集中力を引き出すものの、つねに注意が向いている事柄が頭を占拠することになる。常時気になるので、意志力が消費し続けられる。それが処理能力を低下させ、欠乏感が増す。もはやほかのことには意識が向けられなくなり、さらなる処理能力の低下を引き起こす、みたいに。

3042.余裕があまりに少ないと、抵抗しなくてはならないことが多くて、結局自制心が枯渇してしまう。

余裕の存在が、自制心に大きな影響を与える。自制心がきかなくなるとは意志力が低下するということ。


興味深かったのは、欠乏に陥っている人たち(貧困者をとりあげている)に対しておこなう、欠乏から抜け出すためのプログラムのデザインについて書かれている部分。

3180.なぜパイロットの操作ではなくコックピットの設計を見ないのだろう?なぜクライアントの弱点ではなくプログラムの仕組みに目を向けないのか?パイロットは失敗することもあり、コックピットはそのような失敗を制御できるような賢い構造にする必要があると認めるのであれば、なぜ貧困者についても同じことができないのか?

まず、プログラムの仕組みに目を向けることの重要性を述べ、

3180.重荷を背負って疲れきっているクライアントが授業を一度欠席するとどうなるだろう?授業中にぼんやりしていたらどうなるだろう?次の授業がちっともわからなくなる。もう一度か二度と欠席すると、脱退するのが当然の成り行きである。もはや授業の内容をほとんど理解できないのだから、脱退が最善の選択とさえ言えるかもしれない。柔軟性に欠けるー一回の授業が前回の授業をもとにつくられているーカリキュラムは、処理能力に過剰な負荷がかけられている生徒にとって寛容な環境ではない。

柔軟性に欠けるカリキュラムは、処理能力に過剰な負荷がかけられている生徒にとって寛容ではない、と指摘する。柔軟性に欠けるカリキュラムとは、一回の授業が前回の授業をもとにつくられているもの。
学校での教科の教育は基本的にこのカリキュラムで進む。前回があって、今回の内容を理解することができる。数学は特にその傾向が強いがために、生徒にとってもっとも寛容でない教科なのかもしれない。
では、どういった授業の進め方がいいのか。
今はまだわからない。けど、この事実を念頭に入れて授業の流れをデザインすることは、難しい・わからないと感じられがちな数学をもっと楽しめるように提示していくためには必要なことだと感じている。


欠乏感がどの程度自分に影響を与えているのかは、実際のところは自覚しにくい。けれども、「余裕がないと、知らず知らずの間に自制心が低下してしまっている」という知識は、自分の行動や状況を見る目に変化を与える。
余裕があるかないかというのは主観的なものなので、置かれた状況は同じでも、自分が余裕を感じれるような対策を講じれば、もしかしたら処理能力は回復してくれるかもしれない。で、これはライフハックに通じていく話だろうと思う。
本書から、「欠乏」がもたらすことについて知ることができたのは、大きい。

では、お読みいただきありがとうございました。

アドラー心理学を教育現場に〜クラスはよみがえるを読んで学んだこと〜

アドラー心理学を知り、いくつかの書籍を読んだのちにこの本を読んだ。
どれほど実践できるかわからないものの、でも、根底にはやはりアドラー心理学の考えを持ちつつ、生徒と接していきたいと思う。


人間のもっとも根元的な欲求は『所属欲求』であると私たちは考えています。人間にとって集団に所属する欲求は、生存の欲求よりも強いのです。

人間は強い「所属欲求」を持っている。
その前提に立つと、教室に「競争原理」を持ち込むと、他に勝つことがすなわち所属の欲求を満たすことに、他よりも特別な存在に自分をおくことが所属欲求を満たすための手段になる。
するとどうなるか。
何か得意なことがある者は、それを認められる機会があるけれども、もしそれがないなら。。。
どういう手段をとることになるか。
どうやって他に勝ち、どうやって特別な地位につくか。

また、競争相手は他の生徒に加え、教師もその相手になる場合も考えられる。生徒対教師。
競争原理を持ち込むくらいなので、教師はもちろん生徒に負けてはならないと考えるだろう。そうやって負かされた生徒は、果たしてそのあとどうするか。

どちらの場合も、問題行動が現れるには十分な状態が整う。

というように、所属欲求を前提にすると、クラスに競争原理を持ち込むのはいささかまずいことになる。だから、アドラー心理学では、競争原理を生むような働きかけはすべきではない、と考える。「ほめる」もその一つになるので、ほめてはいけないという方針が立つことになる。
「ほめてはいけない」という言葉だけをきくと、いやいやそんなわけないと否定したくなるけれども、その訳を聞き、考えてみると、論理を重ねた結果に得られる帰結であることがわかる。

アドラー心理学の考えは、常識にとらわれてないがために斬新に感じるし、拒否反応を起こす人も中にはいるかもしれない。
でも、アドラー心理学で語られる、「当たり前でない」言葉の数々は、背景にはこのような論理がしっかりと組み立てられており、当たり前は脇に置いて読むと腑に落ちていくことも少なくない。


個々の問題児とどう接するのかの前に、教室が正常に運営されていることがすべての鍵であることを、私たちは多くの経験を通じて知りました。

アドラー心理学は、普段はあまり持たない視点を与えてくれる。当たり前と思っている、盲点とも呼べるような視点を。

頭で考えていくら正しい方法でも、無効なものは無効なのです。別の方法を実験してみるべきです。それが科学的な態度というものです。

正しい思ってやっていたとしても、他のみんなもやってることであっても、効果がないものは効果がない。じゃあ同じことを何度繰り返しててもらちがあかず、他の方法を考え試してみるのが建設的なのは明らか。でも、固執してしまいがち。

どうしても視線は個に向かいがちになる。けど、個よりも集団へのアプローチを考えてみると、もしかしたら何かしら変化させることのできる一手が得られるかもしれない。


実践のハードルは決して低くない。むしろ、常識とは違うアプローチも多く、ハードルはかなり高いといえそう。
とはいえ、もし今あまり上手くいっていないことがあるなら、これまでのやり方をいったん脇に置いて、別の切り口を探す必要がある。
また、短期的にはうまくいっていそうに見えても、ちょっと先に目を向けるとそうではないこともある。

将来的な自立を目指して。
ぼくにできる働きかけを考え、続けていきたいと思う。

では、お読みいただきありがとうございました。

全体像を把握しやすい本の読みかた2つ

再読をしたい。常々思っていることの一つです。
日々、いろんな本の存在を知ります。読んでみたくなります。読みたい本は増える増える増え続ける。
過去に読んで、もう一度読みたいな、と感じる本があります。それも読みたい。また読みたい本は増える。
読みたい本だらけ。でも、もちろんすべてを読む時間はありません。
読むからには、自分のものにしたい。けれども、読む時間がなかなかとれないと、日を多くまたぎながら読み進めることになり、読了するのに時間が、長い期間がかかってしまいます。
ぼくの読書のスタンスは、「じっくり」なのです。
読書メモをとりながら、じっくり読んでいきます。
じっくり読みすぎるがために、全体像を思い描くことが難しくなっちゃったりします。じっくり読むので読み切るのに長い期間がかかり、内容を忘れつつ、読み進めることになるから。
読んだ内容が頭からこぼれ落ちつつ、一定期間読書ができないときとかもあったりして、さらに内容が頭から離れていき、そんな中また読み始めて「これどうやったっけ?」と戻りつつ、戻ってはさらに時間がかかって、なんとか最終的に読了する、という感じです。
なので、もう一度読みたいと感じる本が多くなってしまいます。2回目なら、きっと内容をさらに理解でき、全容も把握しやすいやろう、と思うから。

短い期間で、「一気に読み切る」

あるとき、再読を中心に、読書しようときめ、しばらく読んだことのある本ばかりを選んでは読み進めたことがありました。そのときの読み方が、なかなか気に入り、どんどん本を再読していくことができたんです。
いつもとちょっと読み方を変えることで、1冊の本の全体像を把握しやすくなることを知ったんです。
単純な方法です。「一気に読むぞ」という気持ちで、再読の本たちを読み進めていくというとても単純な。
速読という技術は持ち合わせてはいません。「一気に読むぞ!」って意識し、いつもよりはやめに文字を追っていくだけ。
一度読んだことのある本なので、思い切ってさささっと読むことができたのだと思います。たぶん、一読目の本であれば、どうしてもじっくりな読み方になっちゃうので。
「一気読み」では、メモもとりません。いつもより早く読む意識で、いっさいメモをとらず読み進めていきます。
目的は一つ。短い期間で読み切るため。
短い期間、1日2日の間に、一気に読み切る。そのほうが、いくら忘れっぽいぼくでも、本の内容の多くが頭の中にのこっておいてくれます。なので、全体像を把握しやすい。
一度読了している、という安心感があるので、再読するときには、この方法がぴったりだと感じるようになりました。
その思いは、オーディオブックを聞いくことで強くなりました。

頭に内容が残ったままグイグイ進むオーディオブック

今年の1月あたりから、オーディオブックを利用しはじめました。
芥川賞もオーディオブックで”聴ける” – FeBe(フィービー)
そのときに、こんなメモを残していました。

オーディオブックで本を聞くと、読むよりも短い期間で最後まで聴き終える。から、内容が記憶に残ってる状況で読み進めることができる。
最近思うように読書の時間をとれておらず、どうしても一冊にかかる期間が長くなっちゃってる。と、読んだ内容を忘れながら読み進めることになり、思うように理解できず読み終えてしまう、みたいなことがおこりがち。
オーディオブックやと、それがない。意外な事実やった。オーディオブックのほうが、聞き流してしまうし、読書メモも取ることなく進んでしまうので、頭に内容が残らんのではないか?と危惧していたから。

目次を書き足していって、流れを都度思い起こす

内容が頭からこぼれ落ちる前に、一気に読み切る。
いつでもそれができればいいのですが、一気に読み切るためにはそのぶん時間も必要なわけで。となると、時間が確保できないときには、その方法はちょっとしんどい。
読みたい本がオーディオブックにあるとも限りません。
一気に読み切れない。そんなときには、「読みながら目次を書き写していく」ことが、全体像の把握にはとても有効です。
限られた時間の中で、少しずつ本を読み進めていくわけですが、その際、読んだところの目次を書いていくんです。手間ですが、この効果はとても大きい。
具体的な方法としては、本を読みはじる際に、その日付と本の名前をメモしておきます。で、大きな章を読み終えるごとに、そのメモに読み終えた部分の目次を追記していくんです。
そうすると、目次を書き写すごとに、前に読み終えた部分の目次が目に入ります。目に入ると、「あぁ、あんな内容のこと書いてた章やな」と記憶がよみがえってくれます。
はじめから今読んでいる部分までの目次に目を通すことになるので、そこまでの流れが想起してくれやすい。
書くだけで、「あぁそうや、あの話がこうきて、そこへと進んだんや」と、全体の流れの把握にとても大きな役割を買ってくれるんです。
これは、書物を使って勉強していくときにも、とても有効です。
勉強となると、おそらく普通に読み進めるよりも一冊読み切るまでの時間はかかるでしょうし、本の全体像を把握するのってかなり大事ですから。
目次が増えていくのも、うれしい。これだけ進んできたんやな、と確認できるので、モチベーションにもつながります。

おわりに

全容を把握するための読み方は、

短い期間で読み切る意識を持つ
読み終えた章の目次を追記していく

全体像が把握できると、じっくり通読するのとはまた違った理解が得られます。
「メモをとりながらじっくり読む」のと、「一心不乱に一気読み切る」の。
「細部を読み込む」のと、「全体像を把握する」の。
両方合わさったら、1冊から得られることは、きっと何倍にも増してくれる。そう信じながら、これからもちょくちょく再読に取り組んでいこうかな、と思っています。

では、お読みいただきありがとうございました。