細かなメモは、積極的に分類する

iPhoneではWorkFlowyに手書きでは名刺サイズの情報カードに着想をメモしていってます。
着想といっても、他愛もない一言メモのようなもの。一つ一つがなにかしら重要な意味合いがあるわけでも、一つのメモが単体で価値を持つわけでもありません。思いついた、ほんの些細なことをメモしているだけ。
となると、「メモしたあとどうするか?」が大事で、そこが決まっていないことにはメモして終わって「なんのためのメモやったんやろう?」ってなっておしまい、です。実際そうなったメモは数知れず。
そこでこれまであれこれメモの活用というか、メモした後のフローを考えていました。

着想メモをとにかく思いついた順に書きつけて、それを眺めて書き足し、あるいはメモ同士をくっつけたりしてふくらませていました。が、思うようにいかない。特に、メモが増えてきたら、なんの秩序もなく、ただ単に書かれた順に並ぶ着想メモが手に負えなくなり、メモの順番を変えたり近しいものをくっつけたりっていう操作がとてもしにくくなてしまいました。
この現象はこれまで、着想メモ全般に言えることだったのですが、最近はWorkFlowyのメモに限って目立つ問題となっていました。情報カードのメモのほうは、けっこううまいこと使えてる。
これはなぜか。
情報カードを見返すという操作を何度か繰り返しているうちに、その原因に気づきました。

情報カードの扱い

着想のメモされた情報カードは、インボックス用の箱に入れ、一箇所に集めていきます。で、折を見て集められたカードの束をさささっと見返しながら、机に近しいもの同士を配置していきます。
で、いくつかのかたまりができたあと、あるものはScrapboxに転記して着想メモの役割を果たし、アーカイブの箱に移動されます。
転記し終えたあとは、かたまりができているものの、まだまとまりきっていないと感じるものが机に残ります。その数は、転記されるものよりも多いわけですが、一度すべて回収してひとつの束にし、またインボックスに戻します。

これを定期的におこなうことで、インボックスの中は空にはならないものの、カードが増えすぎることを防ぐことができます。かつ、インボックス内のカードが、近しいもの同士のかたまりができた状態で保管されることになります。
かたまりを作っておくことで、次またこの作業をおこなうときに、新規に作成されたカードを配置しやすく、かたまりのどこかに属しやすくなるので、次の工程のScrapboxへの転記がおこなわれやすくなり、結果、インボックスのカードの増加防止につながってくれます。
で、この、カードを定期的に見返してかたまりをつくるって作業をすることで、着想メモの書かれた情報カードの束は、つねに変化を繰り返し、増えすぎることなく、ある程度の秩序をもってインボックス内におさめられ、次の新たなメモを待ち構えてくれています。
この状態を保っていることが、着想メモを次に使っていくためには必要なのではないかと気づきました。
つまり、メモが使われにくくなってしまう原因は、「何の秩序も与えられていない着想メモが大量に増えすぎること」にあったわけだろうということです。

積極的に分類する

そこで、WorkFlowyに書きとめる着想メモにも同じことをしてやろう、と思ったわけです。
ただ、WorkFlowyでは情報カードのように机の上に好きに並べて、近しいものは近くに配置していく、なんてことはできません。WorkFlowy内の着想メモは、必ず上から下に一列に並んでいます。好きな場所に配置して、、、とかできない。
並び替えはできますが、似てる感じのするもの同士を近くに集める、とかはけっこうやりにくかったりします。操作の点では、情報カードにはかなわない。
じゃあどうするか。
情報カードがうまい感じにいってるのは、

  • ちょくちょくかたまりを作っていること
  • まとまったものは転記してアーカイブして枚数を減らすこと

の2点にありました。そこで、着想メモたちに関しては、「積極的に分類する」という方針をとることにしました。
「細かなメモは、積極的に分類する」です。

メモったそばから分類する。
似たようなメモはすぐてきとーに見出しをつけてひとまとめにする。
新たなメモはどこかのグループに放り込む。
放り込む先がなければ、また新たに見出しをつけてそこに入れる。
ちょっとまとまってきたらScrapboxに転記する。

積極的に分類することで、かたまりを作ってまとめ、転記してアーカイブしてメモの量が増えすぎないようにすることにしました。
転記先のScrapboxは、分類とは無縁の場。
WorkFlowyの細かな着想メモは積極的に分類し、それをある程度まとめたあとは、逆に分類とは無縁のScrapboxへ。
最近はそんな方針でメモしていってます。

おわりに

思えば、Scrapboxが後ろに控えてくれるから、WorkFlowyでは「かたまりづくり」に専念できるのかもしれません。
着想メモの一つ一つはささいなもので、いくつか集まることで力を発揮してくれるようになる。なので、それまでは、積極的に分類してかたまりを作ることに専念する。
かたまりができてしまえば、分類は考えず、更新順に配列し、リンクを張り巡らせた状態でスタンバイさせておく。
メモが最終的にどう使われるのか、はメモするときにはわからないので、メモ同士をリンクさせておき、またいつか自分の目に触れる可能性を持たせておくのが一番かな、と。で、そういう状態で保管する場がScrapboxで、その前段階の細かな着想メモたちをまとめ、そこまで持っていくのが、WorkFlowyの役割かな、ということで。

では、お読みいただきありがとうございました。

iPhoneで着想メモをとらえたい

iPhoneに求めるメモとは?について考える。

「iPhoneでメモ」するときの4つの条件

iPhone上でうんじゃかんじゃする気はさらさらない。ので、あくまでも一時的にメモしておきくのみでいい。画面が小さく制約の多いiPhoneでは、操作するのを求める必要はない。

普段、手書きの着想メモは、名刺サイズの情報カードにとっていってる。で、それを操作して近しいものを束ね、Scrapboxにスクラップしている。ので、基本的にiPhoneでもメモもこの方針に則っていきたい。やから情報カードみたいに1枚1枚な感じがいい。で、それを次に受け渡しやすいのがいい。
具体的には、メモの一つ一つが全文表示され、各メモの内容をスクロールにてさらさら…と眺めれるようなもの。

iPhone上での操作は基本はしないつもりなので、メモった後、PC上ではそのメモを操作することができるのが望ましい。
メモの順番を入れ替えたり、近しく感じるものを集めたり。

あとは、アクセスのしやすさも大事。手間なく、サクッと一発で書き込みができる、ってのが大事にしたい点。

  • 全文表示
  • エクスポートしやすい
  • PCではうんじゃかんじゃできる
  • すぐ起動できてメモできる

Scrapboxか、Bearか、Evernoteか、、、

候補として考え付いたのは、Scrapbox、Bear、Evernote、WorkFlowy。

細かなメモをScrapboxに入れて、全文表示させて眺めるのがいいとおもった。PCでカードサイズを最大にすれば、内容もけっこう表示される。

ので、Scrapboxを候補にあげたけど、やっぱり、カード同士の結合や並び替えができないのは、着想メモを置いておくにはちょっと厳しい。
Scrapboxでは、1テーマ1ノートで書いていき、「書いたメモを組み合わせて大きくしていく」のではなく、「メモ同士をリンクでつなげて、それぞれを変化させていく場」って感じがいい気がする。
なので、Scrapboxの役割は「情報カードを幾枚か束ねる場所」の方がいいと思ったので、着想メモを置いておく場所ではないな、という結論に。

Bearは起動も早くていいかもと思い、一つのノートに追記していくのはどうか、と考え、実際にやってみた。たけど、PCでうんじゃかんじゃしにくいことに気づいたので、ボツ。
Evernoteも同様の理由と、サクサク動いてくれへんのでボツ。
結局WorkFlowyに落ち着き中。

条件を満たすのはWorkFlowy

着想メモはやはり、「名刺サイズ情報カード」っぽくメモっていきたいので。断片としては、一番細かいものとして扱いたい。
そのメモ自体にはタグをつけたりリンクをはったりしたいとは思わない。ほんとうに一言の、ちょっとしたメモばかりなのでいちいちそんなことをしてられない。
ちょくちょく見返しては操作し、組み合わせて大きくしていく。
タイトルとかもつけず、とにかく一言を残したい。
そういう意図を満たし、かつ上記の4点

  • 全文表示
  • エクスポートしやすい
  • PCではうんじゃかんじゃできる
  • すぐ起動できてメモできる

を満たすのはやはりWorkFlowyだと判断し、デジタル上での「着想メモをとらえ、置いておく場所」として活用していくことに。
ただ、過去に同じように使ってみて、結局とらえた着想をそのまま放置してしまった経験があるので、少し運用を変えることにしたのについてはまた今度。

おわりに

iPhoneでどうやって着想メモをとらえるのか再度考えてみて、結局はWorkFlowyに落ち着いたのは、やはり情報カードを使っているからってことが大きい。
手書きの情報カードにある程度似せて使えるってのが基準としてあって、やっぱそれはアウトライナーだった。
操作の点では情報カードにはかなわないものの、加工の手軽さはWorkFlowyに部がある。どっちにもそれぞれ向き不向きがあるものの、そのときどきの状況で、メモをとりやすい方法を選び、とにかく思いついたことをもれなく書き残すのが大事かな、と思う。

では、お読みいただきありがとうございました。

Scrapboxはアウトプットとして文章を書く際の「補佐役」

Scrapboxをしばらく使っていて、だんだんとその立ち位置のようなものが見えてきました。

1ノート1テーマ

Scrapboxのようなことをアナログでおこなうことは不可能と言ってもいいでしょう。書いたもの同士がどんどんとリンクでつながっていく。サクッと手軽につながっていく様は、なかなかに心躍る体験です。
で、それぞれがリンクで手軽につながっていくがゆえに、べつに一つのノートにいろいろと詰め込まなくていい。だから、1ノート1テーマを保持しやすい、と言えそうです。
ノートを分けて書いたとしても、リンクによってつながりは保たれるので、1ノート1テーマにしやすく、1テーマにフォーカスしやすい。まずはそういう性質が挙げられます。

それぞれを変化させ、大きくしていく

また、Scrapboxはリンクをはりめぐらせることに優れているがゆえにか、ノート同士の結合の機能を実装してはいません。
結合する必要はなく、リンクでゆるくつながっていればいいって思想があるからなのでしょうが、ノートの結合ができないので、書いたものをそれぞれくっつけながら大きくしていくというよりも、ノート同士をリンクでつなげて、それぞれに書き足し、変化させ、大きくしていくってのがいいとぼくは結論づけました。

Scrapboxは「補佐役」

以上のことから、Scrapboxは、アウトプットとして文章を書く際の「補佐役」がもっともいいポジションではないか、と感じています。もっともこれは、Scrapboxを個人で利用するときに言えることとなりそうですが。
まず、1ノート1テーマを書きためるところであり、かつノートの結合ができない。また、一つのノートを書いているときにほかのノートを見ながら書く、ということができない。よって、Scrapbox上で文章を完成までもっていくことはちょっとやりづらい。
ということで、Scrapboxでは、まずはテーマをしぼり、メモを大きく育てていく。で、実際にアウトプットを生み出そうとするときに、Scrapboxを脇に表示し、参照しながら、別のエディタ上で書き上げていく。そういう立ち位置が適しているのではないか、というところに着地しました。
実際にこのエントリは、脇にScrapboxを表示させ、リンクをたどりながら一から文章を書き始め、仕上げていきました。まずまずいい感触です。

おわりに

以上はあくまで個人でScrapboxを利用する際に言えることで、Scrapboxにはほかにも色々な使い方ができる、懐の深さがあります。
プライベートではなくパブリックにし、ブログのように使うことができ、ぼくもそのように使って読んだ本についてあれこれ書いていく「book scrapbook – Scrapbox」をはじめました。また、いろんな人を招待し、メモにお互い書き込みをしてワイワイと着想を育てていくって方法もできます。今までにない、なかなかにおもしろいサービスです。
ぼくも楽しみながら、使っていこうと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

細かな着想の死蔵を防ぐための、「操作」とアーカイブ

せっせと着想をメモする、ってことを何年も続けている。
Evernoteにやっていたころもあった。WorkFlowyにメモしていたこともあった。もちろん、紙のノートに書きつけていたことも。そして今は、情報カード(名刺サイズ)に書きしたためてっている。

今使っているのは情報カード。じゃあ、過去に使っていたEvernoteやWorkFlowyに書かれた着想たちはどうなっているのか?
長いこと見返されることなく、手を加えられることもなく、ただそこにずっと残っているだけ。
いわゆる「死蔵」の状態になってる。

ここで話している「着想」というのは、100〜200文字くらいの、ふとした思いつきを書いたもの。ぼくの着想メモのほとんどがそういったものなので、100〜200文字くらいのメモが大量にEvernoteにもWorkFlowyにも存在して、ずーっと同じ場所で同じように、見返されることなくたたずんでいる。
で、こういう100〜200文字くらいの着想メモは、単体ではあんまり意味をなさず、いくつかの着想メモが組み合わさることで、例えばブログの一記事になったり、日々のタスク管理の改善策につながったりする。
メモを組み合わせるためには、メモを見返さなければいけないし、そえぞれのメモを移動させたり配置したりの操作をしなければいけない。
それをしなければ、メモどうしはなかなか組み合わさっていってはくれない。書いて終わり、になってしまう。
ということは、

  • 見返すこと
  • 操作すること

の2点が満たされないと、ただ書いて終わり、死蔵してしまうということ。

見返さないことにははじまらない。なにをメモしたか、書いたかなんて、書いたら忘れてしまう。忘れてしまって、もう二度とその着想に出会えなくなるのを防ぐために書くのだから。見返さなくちゃ、忘れているその着想には出会えない。
そして、すごく、すごーく重要なのが、操作すること。
さきほど述べたように、100〜200文字くらいの細かな着想メモは、単体ではあんまり意味をなさない。書き溜められたものたちを見返し、組み替え、似たものは近くに配置したり、グループを作ったり、順番を入れ替えたりすることで塊ができてきてこそ、次のアウトプットにつながったり、行動の改善を促してくれたりする。
Evernoteのノートは操作できない。
WorkFlowyは、順番を入れ替えたり、グループを作ったりの操作ができるのでいけるかな、と思った。けれども、メモが増えたらすごく操作がしにくくなってしまう。

だから、今はカードを使っている。

カードは、EvernoteやWorkFlowyに比べ、抜群に操作しやすい。操作しよう、という気持ちにさせてくれる。見返し、操作することを楽しみながらできる。
書いたカードは、ふと思い立った時に見返し、机の上にざっくり配置していく。近しく感じるものは近くに置き、なんとなしに塊みたいなものができあがってくる。あるテーマでひとくくりにできそうに感じたら、束ねておく。
束ごとにどこかにまとめなおしたり、それを材料にブログを書いたり。それをし終えれば、カードはお役御免ということで、アーカイブする。
並べ、配置し、束ね、まとめ、アーカイブする。それを繰り返し、ほうっておけば増える一方のカードの全体量を減らしつつ、また書きためていく。
このサイクルが止まり、メモが増える一方になってしまうと、やがて見返すことは無くなってしまうと思う。そうして、EvernoteやWorkFlowyのメモたちは、今、陽の目を見ることがなくなってしまっているから。
で、サイクルを回し続けようと思えるのが、カードの「操作のしやすさ」にある。だから、細かな着想メモを書きため、利用していくには、操作することがすごく、すごーく重要。
それが、カードを使うことで見えてきたこと。

操作し、束を作った後は、Scrapboxに書き写すこともあれば、そのまま何枚かのカードをもとにブログを書き始めることもある(今回のエントリはそれでできあがった)。なにかしらの改善につながるメモなんかは、書いてすぐに実践してみることもある。もちろん、カードに書かれたままずーっと放置されるものもある。
操作のサイクルを回し、全体量を調整することで、名刺サイズの情報カードを使った着想メモの管理システムをながいこと維持していけたらな、と思う。

https://gyazo.com/d6568d281481a08e711381ff45ca2e43

では、お読みいただきありがとうございました。

Scrapboxは、情報カードを束ごとに保管し、持ち運ぶケース的なイメージで

PoICを名刺サイズ情報カードで実践すると、蓄積は「発見」のみに

カードはバラバラ。これは利点でもあり、欠点でもある。
どちらの面も持っているものの、「持ち運び」を考えたときには欠点として働きがち。
バラバラなものを持ち運ぶのはこわい気もするし、外出先ではカードを広げて俯瞰する、なんてこともしにくい。バラバラな利点を活かしきれない。
でも、書いたカードを持ち運んでおきたかったりもするよなぁ、なんて感じることもしばしばあり、なんとかならんものかと考えたりしていた。

 

カードは、1枚ではささいな思いつきでも、書きためて見返して近しいものを何枚かくっつけて束ねて膨らませていくことで意味を深めていく。
カードは名刺サイズのものを使っており、1枚1枚には短い文章が、ほんのささいな着想が書きつけられているだけ。書いた着想は、個別に何枚かあったらいいってもんではない。たくさんたまってきたときに見返し、同じテーマについて書いてるものはひとまとめにしたりしながら、「束」を作っていくことで育っていく。
https://gyazo.com/adc254919032d47d1ee4567af1699a6e
となると、持ち運ぶならたくさんのカードを持っていくか、もしくは、テーマごとに束ねられたカードにしぼって持ち運ぶか、になる。
後者の、何枚かを束ねて1つのテーマをつけれるくらいまで育った着想なら、それを持ち運ぶ価値ありそう、と考えたりしていた。

 

ScrapboxというWebサービスが一時期話題になった。ぼくもすぐに使いだし、メモを書きためていった。
使っていくうちにわかったことは、「1ノート1テーマを保持しやすい」ということ。
Scrapboxでは、ノート同士をリンクでつなげることで、1つのノートからいろんなノートへアクセスできるようになる。リンクの機能が優れているので、ひとつのノートにいろいろと詰め込まなくても、リンクでつなげればいいやって考えが働く。
よって自然と、1テーマ1ノートの発想に落ち着く。
Evernoteでは、ノート同士ははっきりと分断されている。
WorkFlowyでは、良くも悪くも「境目」があいまいになる。
Scrapboxは、「ノート」という区切りがあり、なおかつノート同士をリンクで簡単につなげ合うことができる。そのため、テーマごとに分けたとしても、完全には分断されず、つながりを保ったまま分けれる。1テーマ1ノートにしやすく、1テーマにフォーカスしやすい。
テーマごとの情報をぶぁーっとあつめておく場所として、Scrapboxは適していると感じた。

 

というわけで、

書いた情報カードをどう持ち運ぼうか?
 → たくさんのカードを持ち運ぶ?1つのテーマごとに束ねられたカードを持ち運ぶ?
 → Scrapboxは1テーマごとにノートに情報をまとめていきやすい
 → じゃあ、書いたカードをScrapboxにてテーマごとに束ねていき、持ち運べばいいやないか!

ということに落ち着いた。

基本的には、カードの内容をScrapboxに転記していくわけやけれども、Scrapboxは画像も扱えるので、カードの写真撮って貼り付けるだけでもいい。

情報カードのメモは、1つ1つよりも、いくつか束になることで情報は膨らみ、深まり、クリアになる。
それを束ねる場としてのScrapbox。
で、Scrapbox上に束ねていくことで、持ち運べるようになるという利点に気がついたとき、俄然どんどんScrapbox上にカードの内容を保管していくことへのモチベーションが高まった。
Scrapboxの

  1. 1ノート1テーマを保持しやすい
  2. iPhoneさえあれば見れる

って利点をどんどん活用していこうと思う。

では、お読みいただきありがとうございました。

ノートがあたえてくれるもの、カードがさずけてくれるもの

ノートは、安心をあたえてくれる。
自分の頭だけでは心もとない。でも、ノートがあれば、常用するノートがあれば、必要とあらばすぐに心もとない自分の頭をサポートしてくれる。
何か考えるとき。覚えておきたいとき。頭の中がいっぱいなとき。
まっさらなページを開けば、考えるをサポートしてくれる。これまでの考えたことを見返しても、新たな着想を与えてくれる。
書いたことを見返すと、忘れていたことも思い出させてくれる。ノートに覚えておいてもらうことができる。
頭の中がパンクしそうそうなとき、とにかくそれを書き出すと、いくらかの落ち着きを取り戻すことができる。
ノートは綴じられていて、いつでも書いたことを、書いた順番に見返すことができる。書いたものは動くことなく、いつでも同じ状態で、そこにいてくれる。
だから、ノートは安心をあたえてくれる。
考えられる安心。覚えておける安心。いっぱいでも、書き出して落ち着きを取り戻せる安心。
そしてそれらが、いつでも同じ場所にある安心。

カードも、必要とあらばすぐに、心もとない自分の頭をサポートしてくれる。
けど、カードは安心をあたえてくれるわけではない。
ノートは、安心を与えてくれる。けど、カードはそうじゃない。
ノートは綴じられていて、ばらけない。がゆえの安心感。
カードは綴じられておらず、一枚一枚がバラバラ。だから、安心できない。不安定。
でも、不安定さがカードの真骨頂。
ノートにあれこれ書き出すのとはまた違う形で、考えるをサポートしてくれる。
ノートのように、書いたものが同じ場所にとどまることはない。いつなにがどこにいくかはわからない。いつでもどれでもどこにでも動いてしまう。いや、動かすことができる。
綴じられていないがゆえの利点。
そう、カードの強みは動かすことができることにある。「操作」できることにある。
カードは安心をあたえてはくれないが、代わりに操作できる。
くれる。組み替えれる。動かすことができる。配置できる。束ねられる。自由に。
つまり、ノートとカードは役割が全く違う。

安心できるノートと、安心はできないカード。
安定的なノートと、不安定なカード。
固定されるノートと、流動性をたもてるカード。

ノートは情報カードの代わりにはなれないし、情報カードはノートの代わりにはなれない。

「細かなメモ」を書き、活かすために

これまでずっと、「細かいメモ」の活用に悩んでいました。
Evernoteに放り込んでいた時期もあれば、5×3サイズの情報カードに書きつけていた時期もあります。そこからWorkFlowyにすべて集めるようになり。。。いろいろ試してきましたが、まだこれといった決定打がなく、死蔵していったメモは数知れず。

「細かいメモ」とは、200文字以内の、ふとした思いつきのようなものです。名刺サイズの情報カードにメモすることができるほどの、着想や発見やふとした思いつきを書きつけたもの。

少し前にScrapboxが登場し、「これ、細かいメモを書いていったらおもしろいかも!?」と期待に胸を膨らませて使い始めてみたものの、すぐに使わなくなり。
細かいメモにタグをつけたりリンクを貼ったりするのって、ものすごい手間ってことにすぐに気づいたからです。1日に何個か作成されるメモたちに対して、いちいちそんなんしてられないですものね。

 

「細かいメモ」ってのは、タグつけたり分類したりリンク貼ったりってのがめんどうで、いちいちやってられないものの、いくつか集めてみると、それなりに新たな発見につながったりっていう性質を持っていると思います。
一つじゃそこまで意味をなさないけど、いくつか集まったときは何かしら生まれてくる。そんな予感のさせる、細かいメモたち。
となると、メモったあとにうんじゃかんじゃしやすい状態が一番望ましい。
見返し、近しいものを集めたり、意味をなすように並べ替えたり、くっつけたりはなしたり、配置し直したり。細かいメモに対しては、そういう操作をおこないたい。操作しやすいのを最優先に考えたほうがいい、と思うんです。

でね、これってやっぱり情報カードの出番だと思うわけです。

 

カードのデメリットはいっぱいあります。
クラウドのようにいつでもどこでも参照できるわけじゃないし、ノートのようにまとめて持ち運びやすくもない。メモを検索することができないために探しづらい。書くスペースも限られている。
でも、それでも、まだどう活かされるかわからない「細かいメモ」の保管には情報カードが、名刺サイズの情報カードがもっとも適している。
情報カードはなにより、操作性に秀でています。これはもう他の追随を許さない。デジタルにおいても、アナログにおいても。
簡単にグループ分けできますし、机一面にひろげて置いて俯瞰したり、カードの束ねかたによってカードどうしの結びつきの強さを表現したり、グループどうしを一つのメモでつなげたりもお茶の子さいさい。

おわりに

細かいメモの扱いについてあれこれ考え、試しては他のものに手を出し、を続けてきました。
今回、新たにScrapboxというサービスを利用してみて、また細かいメモについて考え、一つの暫定的な結論に達しました。
それが、名刺サイズの情報カードを使うこと。
で、使い始めていろいろ考え、考えたことを書き残したのが「PoICを名刺サイズ情報カードで実践すると、蓄積は「発見」のみに」になりました。
今後も、名刺サイズの情報カードを、着想を書き残す場として使い続けてみたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

PoICを名刺サイズ情報カードで実践すると、蓄積は「発見」のみに

これまで何度も、情報カードを使ってみては他のツールに心移りし、またカードにもどってきては他に目移りし、というのを続けてきました。そして今回、また情報カードにもどってきてます。
これまでメインに使っていたのは、5×3サイズの情報カード。PoICの規格と同じもの。でも今回は、名刺サイズの情報カードを使ってみていて、これがなかなかにいい感じなのです。
名刺サイズの情報カードで、PoICを実践しようとしている、と言えます。

PoICを名刺サイズ情報カードで実践すると、蓄積は「発見」のみに

PoICでは、メモは「記録」「発見」「GTD」「参照」の4つのいずれかとされます。5×3サイズの情報カードにメモをとり、4種類のどれにあたるのかタグ付けしてわかるようにして、それらのメモを時系列に並べ、蓄積していくってのが基本方針。
で、それを名刺サイズの情報カードで、今の自分に合った形で実践してみようと考えました。

ぼくの場合、「記録」はたすくまか手帳に書き付けていってるので、それらにメモできない状況下においてのみ、ポケットに入れている名刺サイズ情報カードにメモすることになります。でも情報カードに書いた後は、最終的には手帳に転記するか貼り付けられるので、「記録」をカードのまま残しておくことはありません。
となると残りは、「発見」と「GTD」と「参照」。

「参照」は本から得ることが多く、読書メモはWorkFlowyに書いていってます。他にはレシピなんかも「参照」にあたるけれども、以前はEvernote、今はScrapboxに記録してるので、「参照」においてカードの出る幕はなし。(と書きつつ、今、読書メモをカードに書いていったらどうなるかってのを実験中。それはまたおいおい。)

「GTD」、つまりタスクは、基本的に手帳に書きます。手帳が手元にないときだけ、カードに書く。カードに書いたとしても、必ず手帳やたすくまに転記する。その二つがマスタータスクリストとデイリータスクリストを担ってるから。なので、カードに書かれたタスクは、転記された時点で役目を終えます。タスクを書いたカードが蓄積されることはありません。

ということで、残りは「発見」。カードに書いて、それを蓄積していくのは、「発見」のみということになるわけです。

まとめると、

  • 「記録」はたすくまか手帳
    • カードに書いても、手帳に貼るか転記する
  • 「参照」はWorkFlowy、Scrapbox
  • 「GTD」はカードに書いたとしても、たすくまか手帳に転記されたら役目を終える
  • よって、「発見」だけが蓄積されていく

ってのが、ぼくのPoICの名刺カードでの実践になりそうです。

ちなみに、どのカードにも「タイトル」はつけてません。サクッととるメモに対して、いちいちタイトルをつけるのは、、と思ったから。
ほんの些細な思いつきをメモするために名刺サイズを使う、とも言えます。PoICよりも、メモの粒度としては細かいと言えるのかも。
書いたカードを見返し、束ね、まとまってきた段階で、タイトルをつけるようにしてます。その話もまた、おいおい。

で、ここまで書いて思いました。これはもはやPoICではないな、と。
ただ単に、名刺サイズの情報カードをメモ帳として使う具体的な方法やな、と。

最終的には、「着想」のすべてを情報カードに

というわけで、着想、思いつき、発見の類のメモは、最終的には必ず情報カードに書いて蓄積していっております。

記録は「たすくま」と「手帳」が担ってくれてるわけですが、記録から着想を得たり、振り返ることで気づきがあったりもします。それもカードに転記して、カードの状態で書き残して、蓄積していくってのが基本方針です。
思いついたことをカードにかけない状況では、iPhoneにてたすくまにとりあえずメモしておいてしのぎます。で、たすくまのログは、毎日必ず見返すようになってるので、そのときにカードに転記します。
そんな感じで、着想、思いつき、発見の類のメモは、最近は全て、ほんとに全て名刺サイズのカードにメモし、蓄積していくってのを続けております。
基本は、そのメモたちは、時系列にストックされていくわけなのですが、そうするとカードばっかが増えていくだけで、たいした意味をなさないってなことになりがち。そこでどうしていくか、については、また回を改めて。

おわりに

A6、5×3、B6、名刺と、いろんなサイズの情報カードを使ってみてきました。大きさが違えば用途も違ってきますし、カードの書き方も変わってきます。
で、ぼくにとっては、「思いつきを一言書き残しておく」くらいの使い方が一番合っているようで、数あるサイズの中で、名刺サイズがいい感じにしっくりきています。
で、使うたびに思うのが、操作する楽しさ。カードをくり、あれこれ考えては好きなように配置し、いくつか束ねて大きくしていく。それがやっぱり楽しいな、と感じます。
「ちっさすぎるやろう」と思ってあんまり使ってこなかった名刺サイズの情報カードが、自分には一番しっくりくるもんやったんやなぁとちょっと驚きつつ、今日もせっせと書き残していってます。

では、お読みいただきありがとうございました。

名刺サイズで遊ぶ (情報カードの大きさについて)

情報カードにメモをするってのを、休み休みずーっと続けてる。で、そのときに使ってたのは、5×3サイズの情報カードばっかりやった。43Tabsを実践してるときも、5×3サイズ。最近またカードを使い始めたけど、やっぱり5×3サイズ。
でも2,3週間ほど前から、名刺サイズを使い始めた。というのも、5×3サイズは、ちょうど程よい大きさやと思ってたけど、ポッケにはちと大きくておさまりがわるいため。名刺サイズは、小さいぶんポッケに無理なくおさまる。
そして、iPhoneのケースにもおさまる。これがけっこう、いやかなり重要やったりする。
名刺カードは、50枚ほどをクリップでとめて、ひとまとめにして持ち歩いてる。
思いついたら、そこに書き込んで、書いたカードはクリップから引き抜く。その引き抜いたカードのやり場に困ることがあったけど、名刺サイズはiPhoneのケースにおさまる。書き終えたものを、iPhoneにしまえる。

iPhoneは常に持ち歩いていることが多いので、そのケースにさえ入れておけば、どこにでも持ち運べる。朝一番に必ずとりくんでる、前日のメモを見返すときにも、カードの見返しを忘れることがなくなった。見返しのときにも、iPhoneは持ってるので。
最終的には、一日に書いた分はまとめて、ボックスへ。


カードの使い方は、「何かしら思いついたら書く」。以上。
なんか思いついたら、書く。タスクでもなんでも。着想でも、スケジュールでも。メモしておかなあかんそうなことは、カードに。
着想を書きおいていくのであれば、そんなに大きいサイズは必要ない。
そう、タスクをメモるにしても、思いついたことをメモるにしても、140文字くらいあれば事足りる。メモるときはそれで十分。140文字なら、名刺サイズが程よい感じ。ぎっしり書けばそんくらいの文字数が書ける。140文字も書くこと自体少ないし。やからちょうどいい。
これは、「知的生産の技術」で語られている情報カードの使い方とは違うけれども、そこで述べられている「規格化」や「くれる」って利点はそのままあるわけで。

小さいサイズのカードは、B6サイズとは違い、一時的にしたためておく場って意味合いが強い。名刺サイズでは、豆論文はなかなか書けない。でも、一時的に書いておく場であれば、名刺サイズで十分。ちょっとしたつぶやきを残しておくのであれば、一文をしたためておくくらいならば、140文字くらいの文章ならば。なんかそれが、心地いい。


じっくり考えたいときは、いつもどおり大きめの紙をひろげればいい。考えようとするときは、野帳くらいの大きさがあってもちょっとせまい。やから野帳を使わなくなっちゃった。
で、実は、考えるときも名刺サイズのカードは使える。考え事して思いついたことを、次々にカードに書いていく。それがなかなかにいいことにも気がついた。
机の上にぶぁーっと広げることができるから。

書いて書いて、机に広げる。と、A4の紙に書き出すよりも、広い面に書いてる感覚になれたりする。着想を書きためる、かつ、発想ツールでもあるということになる。
書きためたメモは、着想に関しては、ときどき広げて眺める。乱雑に机にほうりだしてもいいし、縦一列に並べてもいい。自由。その気になれば制限なく、広げれる。

なんしか、今のぼくには名刺サイズがしっくりきてます、名刺サイズのカードになにやら書きつけては遊んでますって話。

では、お読みいただきありがとうございました。

大阪弁と標準語とメモとブログと

キーボードで書くのとiPhoneのフリック入力で書くの。
話すときの言葉と、書くときの言葉。
口に出してしゃべるのと、声には出さず書くの。

同じ内容を考えてたとしても、考えるスピードや書くスピードは違ってくるように思う。
なので今回、話すときの言葉、つまり、大阪弁でエントリを書いてみようと思い立った。そのほうが早くブログを書ききることができるかな、なんて考えて。
それが、以下の二つ。

普段、何かしら考えごとをするときは「大阪弁」。内容があんまり見えず、思いついたことをだぁーっと書き出すときも大阪弁。つまり、考えるときは話すときの言葉を使う。
それら大阪弁で書かれているメモを見返し、内容を定め、ほかの人が読める形に「仕上げる」ときは標準語。文章を書くぞ、というときは、標準語を意識する。大阪弁ではない。
上記の二つのエントリは、話すときの言葉で書いた。考えたことをだぁーっと書いていくときの言葉で。
じゃあ、二つのエントリは、だぁーっと書き出してそのままブログになったのかというと、やっぱり違う。いつも通り、書き出す段階とブログの形に仕上げる段階に分けて書いてた。


ブログという形で人の前に提出する文章は、ほぼほぼ2回書いている。
まず、あれこれ書き出す。頭の中のモヤモヤがなくなるまで。
「これについて書けそう」と思ってても、ぼくの場合、スラスラと文章が出てくる、なんてことはない。書けそうな気はするけど、モヤモヤしてる、という感じ。まだ頭の中で固まっていない、見えてきていない感じ。
それは、あれこれ書き出すうちにちょっとずつクリアになっていく。
で、だいぶクリアになってきたら、これまで書いた文章を横に表示し、参照しながら書く。つまり、2回書いてるということ。
なんではじめから書き直すことをするのか。そのほうがいいと思うのか。
メモは大阪弁で、ブログは標準語だからだと思ってた。書き出すときは大阪弁で、仕上げるときは標準語だからだと思ってた。
フェーズが、大阪弁と標準語によって分かれているから、仕上げるときには、はじめから書き直したほうが手っ取り早いからだ、と。

大阪弁を敬体に直そうと思うと、なかなかに修正は大掛かりになる。かつ、仕上げに向かうためには、今まで書いた文章を整えていく必要があり、さらに修正は大掛かりに。というか、修正っていうレベルではなくなってくる。
だぁーっと頭の中を書き出していくことでクリアになり、文章の内容、流れはもうほぼ出来上がっているので、大きく構造をいじる必要はない。書き直していって、結果的に大きく構成を変えるときはあるものの、基本的にはできあがってる流れに沿って書き直していけばいい。
ってことで、これまで書いた文章を参照しながら、一から書き直し、仕上げる方法がしっくりくる。そう思ってた。
でも、今回大阪弁で書いてみて、いや、そうでもないなと感じた。大阪弁で書いたらからといって、2回書く必要はなくなるわけではない。早くブログを書ききることができるわけではない。
まぁそうやろうなと、うすうすは気づいてたけど。


大阪弁のブログエントリを書こうと思い、最終的な仕上がりを標準語ではなく大阪弁にしようと思いながら書いていたのに、やっぱり2回書いた。大阪弁を、また大阪弁で書き直していった。結局は、大阪弁や標準語やという区別によらず、「書き出すフェーズ」と「仕上げるフェーズ」に分かれていたほうが、ぼくは書きやすいということ。
でも、いつもと違う感覚もあった。
内容が定まって、ブログ用に仕上げていく段階、いつもは標準語で書こうと思いながら進めるけど、今回は大阪弁で書いた。明らかに、いつもよりも筆の進み具合がよかった。さらさらーっとかけていけた感じ。
大阪弁のほうが、やっぱり書きやすい。文章が比較的すらすらと出てくる感じ。言い換えないで、いつも使ってる言葉、素のままの文章。そのほうが、書きやすい。


メモをできるだけそのままブログに仕上げられんものか、そうできたほうが、ブログを書くスピードは速くなり、更新頻度が上がるのではないか、そんなことを考えてるときもあった。
でも、今回大阪弁でエントリを仕上げてみて、そうは問屋が卸さないことがよくわかった。
たとえ、敬体になおさず、標準語になおさず、大阪弁を大阪弁のままブログの一つのエントリを仕上げようと思っても、もう一度書き直す必要があった。
やっぱり、ブログの一つの記事として仕上げるための、文章を整える作業というか、言葉遣いを修正する作業とかは必要。
ちまちま修正するよりも、一から書いたほうが手っ取り早い。今回も、いつもと同じように手っ取り早かった。
メモとかを集めて、全体の流れを整えて、文章を仕上げていくためには、もうこれは必要なことと割り切っていくのがいい。


一発で文章を仕上げようとは考えない。
けっこうそれが、文章を書く上では大事じゃないかな、と思う。
まずは。
次の文章を頭から出そうとうんうん悩まず、思いついたことをそのまま書いていく。だぁーっと書いていく。書いたことを読み返すと、また何か思いつく。思いついたことをまた書いていく。それを繰り返していくと、はっきりしてくる。頭の中ではおぼろげにしかみえてなかったことが、クリアになっていく。
書き出すのは、クリアになるまで続ければいい。なかなか仕上がらなくても、気にせず。見えてくるまで書いては読み返し、書き足しを繰り返す。
そしてクリアになってから、これまで書いたことを見返しながら文章に仕上げていく。
実はこのブログエントリは、仕上がるまで半年以上かかってたりする。一番はじめのメモを書いてから、半年以上。
そっから折に触れて書いては読み返しを繰り返すことで、だんだんとクリアになってきて、書く内容が見えてきて、ようやく一つのエントリに仕上げることができた。そういう書き方も、あったりする。そういう書き方も、いいですよね。

では、お読みいただきありがとうございました。

余談

2度書くことについては、「書いてから、書く。」と題して、こちらでも書いております。