文章の推敲にiPhoneを用いて、自分の中の「推敲モード」のスイッチを入れる

書く話。
ブログを仕上げるとき、けっこうiPhoneを使ったりしています。
「仕上げて投稿」を、iPhoneでおこなってるんです。
仕上げに至るまでの文章を書いたりするのは、iPhoneは厳しい。画面は狭いし、文字入力はフリックでキーボードには勝てないしで。
でも、仕上げの段階は、iPhoneは案外向いてるのではないか、と思いました。

書くときのプロセス

先のエントリでも触れましたが、ブログくらいのさほど長くない文章を書く際、次のような段階を経ることが多いです。

  1. はじめのだぁーっと書き出すのはまっさらなエディタにて。
  2. そのあとは、アウトライナーへ投げて、うんじゃかんじゃする。
  3. 最終的に記事に仕上げる際には、マークダウンをプレビューしてくれるエディタへ。

執筆専用ブラウザ、という考え方 – iPhoneと本と数学となんやかんやと

iPhoneが向いている、というか、iPhoneでも全然いけるやんと感じたのは、この各段階の3つ目。「最終的に記事に仕上げる際」。

iPhoneは「読む」端末

なぜ、仕上げの部分だけならiPhoneが向いているのか。
それはきっと、iPhoneは「読む」端末であるから。

日ごろ、iPhoneを見るときは、何かしらを「読む」ために起動させることが多いです。
メールなり、SNSなり、Kindleなり、RSSなり。
対して、短い文章であれば「書く」ことも日常的に行ってはいるのですが、長文を書くのはどう考えたって苦しい。
つまり、iPhoneは「読む」端末であり、「書く」端末ではないということ。
とは言え、「書く」のには適していないながらも、短い文章であれば書くこともまぁできる。
iPhoneはそんな特徴を備えているのではないか、と思います。

ブログの仕上げの段階では、「書く」よりも「読む」ことをよくします。
仕上げまで来ると、だいたいの文章はもうすでに書けているので、文章を読み返し、全体の流れを整えたり、文章を整形したり、誤字脱字を修正したりが主な作業になります。
なので、仕上げの段階は読んではちょろっと修正して、の繰り返し。
書くのは「あ、ここ修正しよう」と思った一部分のみの、短い文章ばかり。読み返すことがメインです。
メールを書いたりツイートしたり、を日常的に行ってるがゆえに、iPhoneにて短い文章を書くことへの抵抗感はあまりないので、細かい修正くらいなら難なくできるでしょう。

つまり、「読む」がほとんどで「書く」がちょびっとなら、けっこうiPhoneは向いてる。
だから、ブログも仕上げの段階に入れば、iPhoneで投稿するまでもっていくことはさほど手間ではない、というか、けっこう快適さすら覚えたりします。
大幅な修正が必要であれば、iPhoneには手におえないので、またPCに戻ればいい。

「推敲モード」になることができる

結城さんのメルマガにて、「推敲モード」の話をされている回がありました。文章を読むときの自分のモードの話です。
それを読んで、「だから仕上げではiPhoneがしっくりくるのか」と合点がいきました。
iPhoneは「読む」端末という認識があるので、iPhoneにて文章を仕上げるときには、自分は自然と「推敲モード」に入ってくれるから、しっくりくるねんな、と。

メルマガでは、文章を読むときのモードとして「勉強モード」と「推敲モード」を挙げていました。
言われるとおり、確かに自分がどんなモードで文章にあたるのかってのはけっこう重要なんじゃないか、という気がします。
同じ読むのでも、勉強する気で読むのか、推敲する気で読むのか。
同じ書くでも、とにかく書き出すのか、人が読めるように書くのか。
ちゃんと切り替えながら文章にあたることが、できあがる文章のクオリティを左右しかねないのではないか、と。
そして、モードによって使うツールを分けることで、その切り替えを容易にできるとも思います。
「これ使うときはこのモード」みたいに、身体が勝手に覚えてくれる。

読み、修正し、読み、整え、読み、調整するのが、推敲モードの役目です。
そして、iPhoneは「読む」がほとんどで「書く」がちょびっとならけっこう得意で、意識せずとも推敲モードに入ってくれる。
仕上げの段階にぴったりなiPhone。
ブログの投稿を、けっこうiPhoneからしているその理由は、iPhoneを使うと「推敲モード」のスイッチが勝手に入ってくれて、文章の推敲がはかどってくれる、というわけだったんです。

おわりに

文章の書き方は、ひとそれぞれいろんな方法があると思います。
そんなに長くない文章であれば、はじめから最後まで一気に書き上げる人もいれば、何度も書きかえながら仕上げる人もいるでしょう。
いずれにせよ、自分が書いた文章を一度も読み返さないままにそのままどこかへ提出する、ということはなく、読み返して修正を加えるという段階を経ると思います。
そこで、読み返し修正するときにはあえてiPhoneを使ってみるってのが、いい風に働いてくれるかもしれません。

では、お読みいただきありがとうございました。

参考

結城メルマガ

「タスクの実行度を上げるために」やったこと

『「タスクの実行度を上げるために」と「過程までをも、ブログエントリに作戦」』の続編となります。

上記記事では、ぼく自身の悩みとして、タスクリストに書いたタスクを実行できず、先送りや削除してしまうことが増えている、ということを挙げ、それの対策を考えるところまでを書きました。
その対策は、次の4つ。

  • 自分への信頼度を取り戻すために、一日の計画を立てる時間を今までよりも十分にとる。慌てず、慎重に、じっくりと計画を立てる。
  • あえて紙に書き出す、というのも有効かも。めんどうくさくてずーっとは続けられんけれども、しばらくたすくまに登録してあるタスクを、手帳にも毎日書き出す。そして、実行したらチェック。
  • はじめは、守りやすい約束ばかりにしておく。
  • ずっと先送りしているものがあれば、より細かく分解して最初のステップだけをタスクとして登録しておく。

この中で、実際にやってみたのが、「一日の計画をじっくり立てる」「細かく分解する」「はじめは、守りやすい約束ばかりに」の3つ。
やってみて特に効果的だと感じたのが、「細かく分解する」と「はじめは、守りやすい約束ばかりに」の2つの合わせ技でした。

2つの合わせ技を用いることで、「新しいブログへの移行」を完了することができました。
また、「一番搾り」の応募者プレゼントキャンペーンに申し込むことができました。

ブログの引っ越しは、3年ほど停滞していたプロジェクト。
やりたいなぁやりたいなぁと考えていたけど、なかなか着手できてませんでした。

一番搾りの応募も、3か月ほど先延ばしにし続けていたこと。
応募者には様々な一番搾りがあたるかも、という、とても魅力的なキャンペーンにもかかわらず、先延ばしにして、応募期限が迫ってきていました。

先送りされがちなタスクの特徴と、その具体的な進め方

「ブログの移行」と「一番搾りキャンペーンの応募」の2つは、どちらも締め切りが明確に定まっていない、いや、締め切りが存在しないタスクです。
ブログの移行なんて、自分が移行したいときにすればいい。「一番搾り」の申し込みも、定期的にいろんなキャンペーンをやっているので、たとえ今回を逃しても、次また申し込めばいい。
こういう締め切りの存在しないタスクは、先送りしてもなんの問題もないので、ついついどんどんと後回しにしがち。
だから、計画に組み込んだとしても、それをずーっと先送りしちゃってたわけです。

そこで、「細かく分解」し、「はじめは、守りやすい約束ばかりに」することで、毎日ちょっとずつ進め、ついにはどちらも成し遂げることができました。

一番搾りキャンペーンの応募

一日の計画を立てる際、今日やることのなかに「一番搾りの応募」というタスクは、ずーっと並び続けていました。
来る日も来る日も。
でも、来る日も来る日も先送りされ続てました。
そんな、タスクリストに並んでいるのに実行できない日々が続き、タスクの実行できない自分への信頼度を下げていくことに。

対策を考えたその日も、タスクリストに「一番搾りの応募」は並んでいました。
案の定、そのタスクをやる気にはなれません。
そこで、「細かく分解する」ことに。
「一番搾りの応募」タスクを複製し、片方は明日の日付に変更する。
もう片方の「一番搾りの応募」を、「一番搾りの応募をするために、はがきにシールを貼る」というタスク名に変更して、1枚でもいいからはがきにシールを貼ろうという気持ちで、応募はがきとシールを準備しました。
これが、「はじめは、守りやすい約束ばかりに」するということ。
「一番搾りの応募」よりも、「一番搾りの応募をするために、はがきにシールを貼る」ほうが明らかにそのタスクを実行しやすい。
自分への約束を守りやすい形にちょっと変更してやったわけです。
結果、はがき2枚分のシールを貼ることができ、その日は終了。一枚でもいいからはがきにシールを貼ろうと考えていたのに2枚分貼れただなんて、万々歳です。

次の日、またタスクリストには「一番搾りの応募」が並んでいます。
やっぱりこれではやる気になれない。
前の日と同じように複製し、片方は翌日に、もう片方のタスク名を書き直し、実行。
その日も2枚のはがきにシールを24枚ずつ貼ることができました。

これを3日繰り返し、はがき6枚に、計144枚のシールを貼り終えることができました。
次の日にもまた「一番搾りの応募」というタスクが並んでいます。
またまた同じように複製し、今度は「一番搾りの応募をするために、はがきを入れる封筒を用意する」と書きかえ、はがきを封筒に入れておきました。
次の日、宛先と自分の住所を記入。
晴れてその次の日、郵送完了。
その日その日に「守りやすいように」「細かく分解」し、一つのステップを着実にのぼっていくように、「一番搾りの応募」タスクを完了させることができました。

ブログの移行

ブログの引っ越しでも、「細かく分解する」のは有効に働きます。
ブログのほうは、あらかじめ分解しておき、それらを一日の計画へと組み込んでいきました。
一番はじめに、「ブログ移行のプロジェクトを立ち上げる」というタスクを設定し、その実行の際、こんなリストを作りました。

  • ブログ立ち上げプロジェクト
    • サーバーを決める
    • サーバーを契約する
    • ドメインを決める
    • ドメインを取得するとこを決める
    • ドメインを取得する
    • WordPressをインストールする
    • テーマを決める
    • ブログ移行しますエントリを書く
    • はてなダイアリーの記事を移行する

そして、毎日10~25分ほどの時間をとり、リストに書かれていることを進めれるだけ進めていく、という方針で実行していきました。

おわりに

これまで停滞していたタスクを二つ、完了させることができ、自分への信頼感もかなり復活しました。
「やりたくなかったら、分解してみよう」って意識が芽生えたこと、それが実際に有効に働いたことは、とてもよかったな、と。

大切なことは、少しでもいいから前へと進めていくこと。
ただ先送りするのではなく、必ず着手して、できなかったぶんを先送りする。
少しでもいいから、前へ進める。
ほんのわずかでもいい。「進んでいる」ってのがすごく重要なんだと気づくことができました。

なんだか最近先送りが多いな。
やろうと思っていることを、ついついやらずに「ないもの」としちゃってるな。
そう感じるとき、なんかに、参考にしていただけたらな、と思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

時間管理のマトリックスを「タスクシュート式」に順応させ、地に足着いた計画と記録を

ぼくは、日々の「やること」を「タスクシュート式」に管理しています。

「タスクシュート式」

タスクシュート式とは、簡単に言うと、

  • 1日にとりかかるすべての「やること」を書き出し、
  • そのすべてに見積もり時間を設定する

ことで、その日にとりかかる「やること」をすべて終えるのは何時になるのかを視覚化する、タスク管理の手法です。
そして、

  • どれくらい時間がかかったのか実績を残し、明日以降の計画に使いまわす

ことを繰り返し、1日の計画の精度を上げていきます。
はじめはとっつきにくいかもしれませんが、慣れればもうこれなしの生活なんて考えられない、というような代物です。
「タスクシュート式」では、その日にとりかかる予定のタスクはすべて書きだされており、基本的には上から順番にとりかかっていけばいい、という状態を、1日の早い段階で「計画」します。
そして、タスクにとりかかるのと同時に開始時間を記入し、完了すれば終了時間と作業メモを残していきます。記録をとっていく、ということです。
記録からタスクをルーチン化するので、計画は日に日に立てやすく、現実に即したものになっていきます。
とは言え、すべてが計画通りに進むわけではありません。1日を過ごしていると、とうぜん割り込みタスクも出てきます。そのときどうするか。
今やっていることを中断し、その下に割り込みのタスクを書き、実行し、またそれまでやっていたことに戻る、というふうに処理します。
計画したタスクと同じように割り込みタスクの記録もとっていく、ということです。
つまり、「タスクシュート式」によってタスク管理をしていれば、「計画的」なタスクと、割り込みなどの「突発的」なタスクの両方の記録が残る、ということになります。
タスクは、「計画的」なものと「突発的」なものに大別できる、ということです。

「時間管理のマトリックス」

みなさんもぼくと同じように、それぞれの、様々なやり方で日々のやることを処理していっていると思います。
様々な方法がありつつも、なんとか喫緊なことばかりに追われず、将来のための投資や備えの時間を確保する目的で、「時間管理のマトリックス」を利用してらっしゃる方もいると思います。
かの有名な「7つの習慣」の、あれです。

「時間管理のマトリックス」では、縦軸に「重要度」、横軸に「緊急度」をとり、4つの領域に切り分け、自分のタスクがどの領域のものなのかを把握していきます。

  • 第1領域:緊急かつ重要
  • 第2領域:緊急ではないが、重要
  • 第3領域:緊急かつ重要ではない
  • 第4領域:緊急でも重要でもない

とてもわかりやすく分類できるので、ぼくはこの「時間管理のマトリックス」を好み、「タスクシュート式」と合わせてタスク管理をしていくことにしました。
そうです、以下の記事を参考にさせてもらいまくったわけです。

7つの習慣×TaskChute2!これでやっと完璧な第四世代の手帳が作れる!! | jMatsuzaki

で、すべてのタスクを4つの領域に分類し、できるだけ第2領域のタスクが増えるようにやりくりするようになりました。しばらくそんなことを続けていると、ある違和感を抱くようになってきました。

「タスクシュート式 × 時間管理のマトリックス」での違和感

1日を計画し、その計画にならって実行していくわけですが、計画の段階ではは、第4領域のタスクなんてないじゃないか、ということ。
わざわざ第4領域の「緊急でも重要でもない」タスクを、その日の計画に組み込もうとは思わないわけです。だって、緊急でも重要でもないんですから。
じゃあ、第4領域はいらないのか?というと、それもちがう。
ついつい必要以上に休憩したり、疲れたりむしゃくしゃして、計画にはなかった息抜きをしてしまった。それはつまり第4領域の緊急でも重要でもないことをしてしまったってことになります。
計画する段階では、第4領域は必要ない。けれども、突発的に第4領域が登場したりする。
だからやっぱり第4領域は必要なわけです。

こんなこともあります。休日の計画を立てているとき、趣味の時間はいったいどの領域に入れるべきなんでしょうか。
緊急ではないので第1領域でも第3領域でもない。重要か?と言われるとそうでもないので、第2領域でもない。じゃあ第4領域なのか?と聞かれると、まぁ確かにそうかもしれない。第4領域を1日の計画に組み込むことも、実際にはある。
けれども。。。

今日は映画を見よう!と「計画的に時間を割り当てた」緊急でも重要でもないことと、なんかやる気でねぇ。。。と「突発的についつい長いこと休憩してしまった」っていう緊急でも重要でもないことと、を同じにしてしまうのは腑に落ちない。
どっちも緊急でも重要でもない「第4領域」やけど、一緒にしたくない。
両者の違いは、計画的か否か。
計画的に過ごすのと、突発的にそうしてしまったのとは分けて考えたほうがいいのではないか。そうだそうだ、わけるべきだ!

ということになりました。

「計画的」と「突発的」の各マトリックス

「”計画的”マトリックス」と「”突発的”マトリックス」に分け、それぞれが第1~第4領域まである、と考える。
全部で8つの領域ができあがるわけですが、それぞれに次のような名前をつけて分けやすいようにしました。

まず、「”計画的”マトリックス」。

  • 「必須」第1領域:緊急かつ重要
  • 「備え」第2領域:緊急ではないが、重要
  • 「浪費」第3領域:緊急かつ重要ではない
  • 「楽しみ」第4領域:緊急でも重要でもない

「必須」”計画された”緊急かつ重要

緊急で重要なタスクなので、必ず実行していかなくちゃならない。から、「必須」。

「備え」”計画された”緊急ではないが、重要

次の本で第2領域に「備え」と名付けており、それがしっくりきたので真似しています。

「浪費」”計画された”緊急かつ重要ではない

ある意味、ここに分類されるタスクを一日のなかからどれだけなくせるか、が大切になってくるように思います。
重要じゃないのに急を要するから計画して実行しなくちゃいけない、なんて避けたい。そこで、「浪費」と名付けて、極力減らすよう意識できるようにしています。

「楽しみ」”計画された”緊急でも重要でもない

趣味とかはここ。緊急でも重要でもないけど、計画的に時間を確保して気分転換する。緊急でも重要でもないとしても、生活を豊かにしてくれる時間ととらえています。
多すぎるのはよくないけど、まったくないのもつまらない。そんな領域。

次は「”突発的”マトリックス」。

  • 「最優先」第1領域:緊急かつ重要
  • 「備え」第2領域:緊急ではないが、重要
  • 「突発」第3領域:緊急かつ重要ではない
  • 「憂さ晴らし」第4領域:緊急でも重要でもない

「最優先」”突発的な”緊急かつ重要

突発的な「緊急かつ重要」なタスクは、他のことをとりあえず全部ほっぽり出して、もう是が非でもすぐに取り組まないといけないので「最優先」。

「備え」”突発的な”緊急ではないが、重要

突発的に緊急ではないが、重要なことに取り組むなんてそうそうないのですが、思わずできた時間なんかに第2領域に着手できたらすごくいい。

「突発」”突発的な”緊急ではないが、重要

重要ではないものの、急を要することが一番多いかもしれませんね。

「憂さ晴らし」”突発的な”緊急でも重要でもない

計画にないのにやってしまった「緊急でも重要でもない」ことは、憂さ晴らし以外のないものでもない。
この領域が増えてくると、一日のバランスが崩れているサインといえるかもしれません。

以上8つの領域に(正確には「備え」は両方一緒なので7つ)タスクを振り分け、自分がどういったタスクを計画し、実行したのか、発生した割り込みはなんだったのかを把握するようにしています。

おわりに

「タスクシュート式」のタスク管理では、「何をするか?」はもちろん大切なのですが、それ以上に「何をしたのか?」や、「どれくらいかかったのか?」などの、”実行記録”が重要になってきます。
記録を残せていることで、より現実に即したイメージで明日を迎えることができるようになります。
だって、今日1日の記録をある程度使いまわすことで、明日の1日ができあがるわけですから。

また、そんな記録が勝手に残っていくのが「タスクシュート式」の時間管理と言えます。
そして、自分の向かう方向性を見失わないために、現実に即しつつもより充実した1日を送るために、ほんとうに重要なことに着手していけるように、計画的なものと突発的なものに分けて「時間管理のマトリックス」を考えることが、ある程度役立ってくれているように思います。

タスクを8つの領域に分類する。これがしっくりくるのはぼくくらいなもので、他の人はなかなかやらないだろうとわかりつつ、ここまで長々と書いてきました。
こういうのって、各々が最終的には自分で考えて、どう日々をやっていくのか模索していかなければいけない。
ぼくの模索の現在進行形が、「実行する・実行したタスクを8つの領域に分けて考えていく方式」ということになります。
こういうのん、考えながら、試しながら進んでいくのん、楽しいので、ぜひいろんな方法を考え、試し、修正しってなことを続けていきたいと思います。

では、お読みいただきありがとうございました。

参考

「タスクの実行度を上げるために」と「過程までをも、ブログエントリに作戦」

日々、問題は起こるものです。

「問題」って言うちゃうとちょっと堅苦しいので、「どうにかならんかなぁ」「どうかしたいなぁ」「うまくいかんなぁ」と思うこと、としておきましょう。

「どうにかしたいこと」があるとき、その解決策を立て、実行し、どうなったか検証し、より良くしていく、、、ってなことをしたりしなかったりすると思います。

で、その模様をここで書いちゃおうかな、と思いつきました。

例えば、最近のぼくのなかの「どうかしたいなぁ」。

「たすくま」というアプリを使い、一日を計画しているのですが、イマイチうまくまわっていない。

実行せずに先送りor削除するタスクが増えているんです。

これ、どうかしたいなぁ。

なぜ、先送りor削除しちゃうのか

一つは、「自分との約束をやぶってもいいしゃーないや」とどこかで感じているっぽいこと。

というのも、先送りor削除タスクは、最近一気に増えた、というわけではありません。

徐々に増え、最近になってその増えかたがひどくなっているっぽいのです。

他に原因はなにかあるかなぁ。

夏休みに入り、これまでとは日中の過ごし方が大幅に変わった、というのもありそうです。

毎年、休みに入ったあたりのときはリズムを崩してしまう。これもどうにかしたいことです。

あ、そうか。

自分との約束をちょくちょくやぶっていて、自分への信頼度が下がってきていた。

それに加えて、日々のリズムが変わり、これまでのように一日を正確に計画することができていないために、無理な計画を立てたり、甘々な計画を立てたりしてしまっている。

結果、先送りor削除タスクが増加していっちゃってる。

なるほど。

どういう対策がとれるか

とれる対策として思いついたのは、

  • 自分への信頼度を取り戻すために、一日の計画を立てる時間を今までよりも十分にとる。慌てず、慎重に、じっくりと計画を立てる。
  • あえて紙に書き出す、というのも有効かも。めんどうくさくてずーっとは続けられんけれども、しばらくたすくまに登録してあるタスクを、手帳にも毎日書き出す。そして、実行したらチェック。

書き出したら実行度が上がるのは、これまでの経験からわかっています。

書き出すと「これする!」ってより強く自分に言い聞かせることができるのかもしれません。

他には、

  • はじめは、守りやすい約束ばかりにしておく。
  • ずっと先送りしているものがあれば、より細かく分解して最初のステップだけをタスクとして登録しておく。

どれも有効な手っぽいので、実際に試して検証していってみようと思います。

また結果については、次回以降にて。

おわりに

そして、このようなエントリを書いたことも、最近まったくブログを書けていないという「どうにかしたいこと」に対して思いついた解決策の一つです。

「どうにかしたいこと」に対し、解決策を考え、検証し、気づいたこと・発見したことを書いていけばいいやないか。

いつもはだいたい最後の「気づいたこと・発見したこと」しか書いていなかったのを、過程まで全部書いちゃおうやないか。

そのほうが筆が進むし、積極的にエントリを仕上げていけるんじゃないか、と。

というわけで、「ブログを書けていない」に対する解決策、「過程を全部書いちゃえ」作戦を、実際に検証していくためにきっかけエントリでした。

では、お読みいただきありがとうございました。

執筆専用ブラウザ、という考え方

まっさらな紙に書いていくのが好きです。
手書きで紙に書くときも、キーボードをポチポチして書くときも。

WorkFlowyが好きです。「好きです」というか、ないといろんなところに支障をきたすくらいには使い込んでいます。
日常のタスクはすべてWorkFlowy上にありますし、メモもすべてWorkFlowyに放り込んでいます。
WorkFlowyでは、文章だって書きます。
文章を書くときも、まっさらな紙に書くような感覚で書きたい、と願うばかりです。

書く場所を変えながら、文章を仕上げていくのが好きです。
書き始めてから一つの記事に仕上がるまで、いくつかの段階を経ていきます。ぼくはどうやら、その各段階によってツールを分けるのが好きみたいなんです。

WorkFlowyを、アウトライナーとして使わない

まっさらな紙に書きたいなと強く願うのは、一番最初の段階、だぁーっと頭の中を書き出していく段階です。
文章を仕上げていくときは、

  1. はじめのだぁーっと書き出すのはまっさらなエディタにて。
  2. そのあとは、アウトライナーへ投げて、うんじゃかんじゃする。
  3. 最終的に記事に仕上げる際には、マークダウンをプレビューしてくれるエディタへ。

という段階を経ることが多いです。
この流れは一方通行なわけではなく、1から2に進み、また1に戻ってくることもありますし、3まで進んだけれどもまた2や1に戻ったりもする。
だから各段階を、なるべくスムーズに行き来したいわけです。

2の「アウトライナーへ投げて、うんじゃかんじゃする」は、もちろんWorkFlowyにて、です。
それを考えると、1の「だぁーっと書き出す」のもWorkFlowyでやりたいな、なんて思いが沸き上がります。
ただ、WorkFlowyは、「まっさらな紙」って感じがしない。
「だぁーっと書き出す」のは、まっさらな紙がいい。そこはもう何がなんでも。まっさらな紙を強く願うのです。
まっさら感をなくすのが、文章の一つ一つの左側につく「●」。
この「●」のせいで、なんだか落ち着かない。
階層化も必要ありません。
だぁーっと書き出したい。その一心なのですから。
つまり、アウトライナーであるWorkFlowyを、アウトライナーとして使いたくないわけです。
こんな感覚、ぼくだけかもしれませんね。

だぁーっと書くとき以外であれば、「●」があってもなにも気になりません。というか、「●」は必要です。
階層化できるからこその、アウトライナーですし、階層構造をシンプルに表現してくれるのが「●」です。
でも、「だぁーっと書こう」というときには、まっさらな紙に向かいたいって思っちゃう。
そこで登場、「Stylish」。
「Stylish」については、たくさんの解説エントリがありますので、そのいくつかを。

R-style » 『Stylish』でWorkflowyの見た目をカスタマイズした

アドオン「Stylish」で「WorkFlowy専用Firefox」に機能を追加する

WorkFlowyにFirefoxやChromeのアドオン「Stylish」を適用してブログエディタとして使う方法

「Stylish」を利用して、「●」を消し、階層もなくし、見かけは一枚の紙に見えるようにしました。
ただ、切り替えるのもめんどうくさい。ぼくは生粋のめんどうくさがりやなのです。
立ち上げるとすぐに、「●」がなく、階層化もされないWorkFlowyが登場してほしい。「一つのアプリ」のように使いたい。
そこで思いついたのが、「執筆専用ブラウザ」というもの。
書こう、と思ったときのみ立ち上げるブラウザ。
ブラウザですが、自分の中ではブラウザではない。エディタです。

FireFoxを「執筆専用ブラウザ」に

ぼくは普段GoogleChromeにてWorkFlowyを使っています。
そこで、FireFoxを執筆専用のブラウザにしよう、と思い立ちました。
FireFoxならStylishを使って、WorkFlowyの見た目を自由にいじることができます。
つねにStylishをオンにしておき、立ち上がるときのウェブページをWorkFlowyにしておけば、起動させてすぐに書きかけの文章を目の前に広げることができます。
こんな感じに。

だぁーっと思いついたことを書き出すときに、すごく重宝します。
だぁーっと書き出したあと、書いたものをうんじゃかんじゃいじりたくなったら、いつものGoogleChromeにてWorkFlowyを開き、階層化したり文章を移動させたりしてやればいい。
「執筆専用ブラウザ」の利点は、書きかけでもなんでもすぐにWorkFlowyへと引き継げるところ。
そりゃそうです。WorkFlowy上に書いているのですから。
データもすぐに保存され、いつでもどこでも見れる安心感があります。
他のシンプルなエディタで書いているときは、書き終わったあとにWorkFlowyへとコピペしなくてはいけません。
で、WorkFlowyに引き継いだものの、またエディタで書きたくなったらコピペがいる。
その手間を省くためだけに、一つのブラウザを利用し、WorkFlowyのための執筆専用にするという感じです。

  1. はじめのだぁーっと書き出すのはまっさらなエディタにて。
  2. そのあとは、アウトライナーへ投げて、うんじゃかんじゃする。
  3. 最終的に記事に仕上げる際には、マークダウンをプレビューしてくれるエディタへ。

WorkFlowyのために「執筆専用ブラウザ」を用意することで、1と2がすごくスムーズになってくれています。それが心地いい。

おわりに

WorkFlowyをガシガシ使っている方は、FriFoxはWorkFlowy専用ブラウザとして使っているかもしれません。
WorkFlowyのためだけに一つのブラウザをインストールし、使う。
かなり贅沢なブラウザの使い方かと思います。
ましてや「WorkFlowyで書く」ときだけ専用にブラウザを使うなんて、もったいない感じもしますが、現状ぼくはすごく気に入ってます。
WorkFlowyをエディタとして使いたい、という方は、ぜひお試しあれ。

では、お読みいただきありがとうございました。

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「はじめまして」と、choiyakiとこのブログについて

はじめましての方も、旧ブログをお読みいただいてた方も、みなさんひっくるめてこちらでははじめまして。
choiyakiともうします。

長いこと、「はてなダイアリー」にてブログを書き続けてきました
「はてなダイアリー」でブログをはじめるとき、右も左もわからなかったぼくは、いろいろとブログのはじめ方の情報を集めていました。
最終的には「はてなダイアリー」に落ち着いたのですが、情報収集中気になったのが「WordPress」なるもの。
いきなりWordPressにてブログをはじめるのは、はじめ方を解説しているサイトを読むと「む、むずかしそう。。。」ってなってあきらめたのですが、いつかは「WordPress」でブログ書くんだ、と思っていました。
そしてようやく、実現しました。うれしい限りです。

新天地で心機一転なんやかんや書いていこうと思います。
ご挨拶として、簡単に自己紹介を。

choiyakiとこのブログについて

@choiyakiとは?

大学在学中から、ずっと数学を教えることにたずさわっています。
どうすれば数学の魅力をインパクトを込めて、わかりやすく伝えることができるのか。
どうすれば「考えること」を楽しんでもらえるのか。
すーっとそんなことを考えながら教える仕事にとりくんでいます。

理想は「数学を学び、数学を伝えながら、家族とともに幸せに生活する」こと。
そんな30歳かそこらの大阪人です。

このブログについて

日々、成長していきたい。
数学を学び、数学を伝えたい。
家族とともに幸せに生活したい。

そのためのツールとして、「iPhone」はぼくにとって欠かせないものとなりました。
「本」を読むことは、趣味以上の意味を持つようになりました。
「数学」は、相も変わらずぼくの興味を惹きつけてなりません。
そして、それ以外の「なんやかんや」も、ぼくの生活を彩ってくれています。

iPhoneと本と数学となんやかんやと過ごすなかで学んだこと、感じたこと、疑問に感じたこと、試したこと、そっからわかったこと、気づいたこと、うまくいったこと、いかなかったこと。
そういうのんを書くことで、誰かの、なにかの役に立てばいいなぁ。
そんな思いの込められたブログです。

おわりに

これまで6年近くブログを続けることができているのは、書くことが楽しいのと、読んでいただけていること。
今後もちらほらと書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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経験を積む、ということについて

経験を積むって、良いことというか、何かを上達していくためには必要なことであるのは間違いない。でも、経験を積むのは、一歩間違うと視野がせまくなっちゃったり、考えが偏ったりすることをまねきかねない。

円を描いていく

あることについて経験していく。何度も実践をし、記録し、振り返ったりしながら、経験自分のものにしていく。イメージは、たくさんの円を描いていくイメージ。
ある実践を通して、円を描いていくことで、経験した範囲を増やしていく。

円の中心が毎回異なれば、円が増えれば増えるほど、経験した範囲は広がっていく。
対して、円を描くと、重なる部分も出てくる。その重なりの部分が、経験を積んだ部分やとする。

円を描けば描くほど、経験した範囲は増えていく。経験を積んだ部分は、より色濃くなっていく。色濃くなった部分に対しては、自分としてはかなりの経験を積んだ、という自負も生まれたりする。
ただ、気をつけたいのは、円を描けば描くほど、経験した範囲は増えるものの、経験を積んだ部分はどんどん狭くなっていく、ということ。
一番色濃い部分は、経験した範囲の中で、一番範囲が狭くなる。

これを常に念頭に置いたまま、経験ってのは積み上げていかなあかんのやろう、と感じる。

色濃い部分に固執することなかれ

少し単純化し過ぎているかもしれない。けど、経験を積んだ部分は、どんどん狭くなっていってしまいかねない、というのは、気をつけるべきところ。
狭くなる、つまり視野が狭くなってしまいかねない。
経験を積むことで、思考が色濃い部分に偏り、頭がかたくなってしまうかもしれない。
経験を積み重ねることは、上達には必要。やけど、その結果招いてしまいかねない、「この分野のことはすべてわかってる」という傲慢さや、「ここはこうに違いない」という決めつけには、十分注意しなくてはいけない。
年を重ねれば重ねるほど、経験は積み重なっていく。短い、数年のスパンではそこまで頭が凝り固まることはないかもしれない。が、10年や20年単位なら、どうやろう。
ものすごく色濃くなっている部分に固執してしまわないか。
そうならないように、「円を描けば描くほど、経験した範囲は増えるものの、経験を積んだ部分はどんどん狭くなっていく」というイメージは、常に持ち続けたい。

おわりに

今回の話は、やっぱり単純化しすぎてると思う。経験値ってのは、そんな簡単に積み重なるものではないやろうし、広がるものでもない。均一にも積み重なってはいかない。
でも、経験を積めば積むほど、実は見えなくなっていってるものもあるかもしれない、ということは、常に念頭に置いておくべきことやと感じてる。
10年後、20年後になっても、常に頭のどこかでは考えていてほしいな。考えてなかったら、頭の中からなくなってしまっていたら、すごくショックかも。
では、お読みいただきありがとうございました。

Evernoteサブアカウント運用その2~iPhoneからEvernote快適に利用する~

長い間Evernoteを利用していて、ノート数が多くなってアプリが重たいなぁ、と感じる方には、サブアカウントを作るという手がありますよ、というのを前回紹介しました。
Evernoteサブアカウント運用その1「運用方法とそのメリット」 – iPhoneと本と数学となんやかんやと
その際、メインからサブへと、必要なノートブックを共有しておくわけですが、一点、少し気をつけないといけないことがあります。それは、共有されたノートブックは、純正アプリは問題なく開けますし、ノートブック内を検索もできるのですが、連携させて利用するアプリは、検索できないものが多い、ということ。少なくとも、ぼくが持っているアプリから、共有されたノートブック内までを検索できるものはありません。

iPhoneからは、新規作成or検索・参照重視

新規にノートを作成したり、ノートに少し書き加えたり、であれば、iPhoneからでも比較的簡単にできます。でも、少しこった使い方をしたり、ってのは、なかなか向きません。自然と、ノートを編集するよりも、ノートの新規作成や、これまでに作成されたノートを検索して参照する使い方が多くなるのでは、と思います。
となると、サブアカウントに共有されたノートブックを検索したければ、前述したように純正アプリを使うしかないわけです。また、純正アプリは、ノート数がたらふくになると動作がもっさりしてしまいます。快適に使うためにも、サブアカウントを取得し、運用するのでした。
でも、ときにはiPhoneから、メインアカウントのほうも検索したいときが出てくるわけです。そんなときには、Evernoteと同期し、ノートを検索し、参照できるアプリを使います。SmartEverやCleverなど、いろいろあるなかで、ぼくのおすすめは「everPost」です。

everPost – Evernoteをお手軽操作。検索してジェスチャー。整理も簡単。
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ

「everPost」で、メインアカウント内を検索する

「everPost」は、Evernoteの検索に特化したアプリです。ひと味違うのは、検索にヒットしたノートに対して、次のアクションをいろいろととれる、というところ。

ノートを純正のアプリで開いたり、ノートブックやタグを変更できたり、リマインダーを追加できたり。ぼくがよく使うのは、「ノートリンクをコピー」です。
ぼくは、Evernoteは基本的に資料や、自分の書いたものをストックしておく場所として使っております。に対して、WorkFlowyというクラウド・アウトライナー上に、日々のメモや、タスクなどを書き付けています。

着想メモをうんじゃかんじゃする場と、一応の完成品をアーカイブする場~メモに対して、今いろいろと考えていることその2~ – iPhoneと本と数学となんやかんやと

そのWorkFlowyに、Evernoteリンクを載せておき、必要であれば参照する、という使い方をしているので、Evernoteのノートリンクを、とても簡単に取得できるのはすごくありがたいわけです。
「everPost」でメインアカウント内の検索を、純正のEvernoteアプリでサブアカウント内の検索を、と使い分けています。ただ、あんまし純正のEvernoteで検索はしてません。メインからサブにノートブックを共有させているので、どっちにノートがあるのかわからないときは、とりあえずメインを検索してやればみつかるので。この点も、共有ノートブックを活用する利点と言えます。

おわりに

メインアカウントから必要なノートブックをサブに共有し、基本的にはサブを
使っていく。この方法だと、サブはメインに含まれた状態で利用できるため、サブ内のノートブックをいじっても、メインからサブに共有してるノートブックをいじっても、相互に反映される。「今はサブを使ってるから、、、」とか考えずに、どちらも利用できるので、すごく便利です。
Evernoteのノートがいっぱいになってきて、ちょっとなんだか重たく、使いにくく鳴ってきたという方、一度お試しあれ。
では、お読みいただきありがとうございました。

Evernoteサブアカウント運用その1「運用方法とそのメリット」

長年Evernoteを使っていると、そこに自分の人生が刻々と刻まれているように思えてきます。一日のログや、撮影した写真や、ふとしたメモ。日常のあれこれを、様々な形で蓄積していける、Evernote。
ただ、そうなると、ノート数も膨大になってきて、「アプリが重たくなってまう問題」にぶつかります。また、「今必要なノート以外のノートが多すぎる問題」も勃発し、望みのノートへのアクセスが悪くなってきてまいました。特にぼくは、EvernoteのノートはiPhoneから参照することが多く、この二つの問題がすごく大きくなってしまうわけです。こりゃまいった。
そこで、どうすれば良い感じに、快適にEvernoteを利用できるのか、あれこれ考え、実際に試しました。そして、一つの解を得ることができました。同じような問題をかかえているEvernote大好きさんには、きっと役に立ってくれる方法だと思うので、ちょっと詳しめに紹介していこうと思います。その方法が、タイトルにも書いてあるとおり、「Evernoteサブアカウント運用」です。

サブアカウント運用の方法

まず、これまで使っていたEvernoteのアカウントとは別に、もう一つアカウントを作成します。これを「サブ」とし、これまで使っていた方を「メイン」とします。
次に、メインからサブに、普段からよく使う、必要なノートブックを共有します。その際、共有の仕方を「編集可能」にしておきます。これで、サブからメインのノートブックが編集できるようになります。
iPhoneのEvernoteアプリで、サブにログインします。これで、完了です。
メインからサブにノートブックを共有して運用する、という形にしておくことで、サブは、メインの一部分として機能してくれます。よく使う、必要なメインの一部分を切り離して利用することができるようになり、「今必要なノート以外のノートが多すぎる問題」解決です。同時に、ノート数もかなり軽減することができ、「アプリが重たくなってまう問題」も解決。もうばんばんざいです。

サブアカウント運用のメリット

サブアカウント運用にするメリットをまとめると、

  • アプリの動作が軽くなる
  • 通信料の節約になる
  • サブの容量制限は、ほとんど気にしなくても大丈夫

アプリの動作が軽くなる

ノート数が山ほどあるときにかぎるとはおもいますが、メインとサブでのアプリの軽快さは、まったく違ってきます。iPhoneアプリは、メインアカウントではちょっと使う気になれない重さなんですが、サブなら比較的軽快に動いてくれます。

通信料の節約になる

ぼくの場合、撮った写真や動画もEvernoteに放り込んでいますし、メモやら、ランニングの記録やら、食べたもののログもEvernoteに保管しています。保管するデータが多ければ多いほど、それだけ通信料もかかります。が、サブアカウントには、ほんとうに必要なノートブックだけ共有させているので、そういった各種のログなどの、すぐに必要にはならないデータは同期せずに済みます。なので、通信料は格段に少ない。通信料って上限があるもんですから、節約できるのはとてもありがたいわけです。

サブの容量制限は、ほとんど気にしなくても大丈夫

メインアカウントからのノートブックの共有という形をとり、ノートの作成はメインアカウントに設定しておくことで、サブではノートを新たに作成する機会はあんまりありません。容量が消費されるのは、メインアカウントのみ。となると、サブの方は無料でも十分に運用していけます。

おわりに

「Evernoteサブアカウント運用その1」と題した今回では、サブアカウントの運用方法と、そのメリットについて書きました。ノート数がとても多くなっている人には、サブアカウント運用はおすすめです。
タイトルに「その1」がついてる、ということは、「その2」があるわけで。その2では、サブとメインの両方をiPhoneから参照可能にしておくことで、どんな情報も引き出せるようにしつつ、必要な情報はすぐ参照できるようにしちゃおう、ということについて書いていこうと思います。
では、お読みいただきありがとうございました。

価値は、増したわけではなく

以前、「文章は、財産」というエントリを書いた。
文章は、財産
それ以来、今まで以上に「文章を書く」ということを大切にしている。それは、ふとしたことをメモする時であっても、ブログを書く時であっても、授業の記録を残す時であっても。
書いた文章が、すべて自分の財産になる、とは限らない。書く内容にもよるし、書き方にもよる。だから、書くことや、書き方には気を払っていきたい。

文章は価値を増す

最近、「マシュマロを、もう一つ」を読み終えた。ブログ、「R-style」を毎日更新している、倉下さんの電子書籍。

とてもおもしろい。「セルフマネジメント」について、具体的な方法は書かれておらず、どういう背景があって、やりたくなくなるのか、コントロールできなくなるのかが存分に書かれてる。で、その文章のほとんどが、ブログ「R-style」から選ばれ、過去のブログのエントリを、順序を新たに編集されたもの。
ぼくは毎日「R-style」を読んでいるので、おそらく本書に登場する話の大半は、過去にブログにて読んでいると思う。読んだことがあるはずなのに、それが、すごく面白い。「マシュマロを、
もう一つ」以外の、「CategoryAllegory」、「真ん中の歩き方」もおすすめ。どちらも、「R-style」からセレクトされた文章から出来上がった電子書籍。
これらを見て、「文章というのは、価値を増してくれるものなのだな」という感想を抱いた。ブログの1エントリとして読むよりも、膨大なブログの中から、あるテーマでひとくくりにし、提供されたものの方が、おもしろく感じる。文章を蓄積していくことで、どんどん価値をましていくのではないか、と。

価値は、見出された

R-style » ブログにピリオドをうつ」にて、ブログを集め、本を作ることについて、倉下さん自身が言及している。「ブログにピリオドを打つ」という表現で。
毎日のブログの更新について、「ダンス」になぞらえて、こんな風に表現している。

これまでたくさん踊ってきました。その日の気分に合わせて、そのときの状況に合わせて。その中には、気に入ったステップ、乗ってくる手の振り方、 カッコイ イ決めポーズなんかがきっとあります。それらを振り返り、一つの曲としてまとめること。言い換えれば「踊る」を「踊り」に変えること。そうした再構成に よって、あたらしい価値が生み出せるのではないか、そんな予感があります。

ブログを毎日更新し、日々踊っている、様々なステップの数々の一部分を切り出し、集めることで、全く違ったダンスを見せることができる。

ブログにのせた文章を本にまとめなおすと、香りが変わるのです。 自由に踊り続けていれば、ときどきジャンプが出てくるかもしれません。そのジャンプだけを集めれば、ひたすらジャンプの連続になります。そうする と、踊っていた中ではわからなかった、それぞれのジャンプの差異が目立つようになります。あるいは、並べ方によっては、ジャンプに違った意味を持たせられ るかもしれません。

日々踊ってきたものから選んでいるところにこそ、「マシュマロを、もう一つ」や「CategoryAllegory」、「真ん中の歩き方」のおもしろさがあるように思う。
「セルフマネジメントについて、本を書いてください」とお願いされて、一から書き始めても、決して「マシュマロを、もう一つ」は生まれない。「こんな内容にするぞ」と定めて、書けるものではない。
ジャンプして、その瞬間のコマだけを連続させると、ずっと浮いているような動画を作ることができる。それは、動画では決してとることはできない。ひとつながりの動画では表現できないものを、一つ一つのコマを切り出し、つなげることで、はじめて表現することができるように、「真ん中の歩き方」や「CategoryAllegory」のもつおもしろさは生み出されたのだろう。
「文章というのは、価値を増してくれるものなのだな」という感想は、少し違った。価値は、別に勝手に増したわけではない。倉下さんが、「ブログに、新たな価値を見出した」。

おわりに

ブログを含む、あらゆる文章は、その見せ方を変えることで、新たな価値を創造する可能性がある。そういう思いを抱くようになった。
ぼくも、ポツポツとブログは書いているし、ブログ以外にも、仕事やメモなど、様々な文章を書いている。一つでも多く、価値ある文章を書いていきたいもんだ。